到着、ソルス領
どれだけの時間、林の中を走っただろうか。いつの間にか木々の隙間から見えるのはノワイエが言っていた小麦畑であろう田園風景。遠くに疎らながらも風車や三角屋根の家々、大きな穀倉が目に留まる。ディスティーネのような無節操さはなく、どの家も似たような作りに見えた。
「……長閑な場所だな」
「はい。わたしもソルス領の風景は好きです」
あれから上手い話題運びの出来なかった俺だが、色んな意味で安堵の息が漏れたというものだ。
「ソルス領は特異な地域でして……あっ、丁度"焼き畑"が始まりますよ!!」
「え……?」
窓の向こう、ノワイエが指を差す方向を見て見れば――
『キシャァァァ……!!』
全長5mはあろうかという立ち木が雄叫びを上げ、左右に伸びる一際太い二本の枝を振り回していた。おや、目がイカレちまったかな?
『舞い散れ爆炎!! 灰燼と帰して豊穣となせ!! 体現せよ!!『粉塵滅火陣』!!』
動く立ち木の近くにいた誰かの声に、立ち木の周囲に何かが舞ったように見えた瞬間、衝撃と熱風を伴う爆発が立ち木を中心として起き、辺り一帯を焦土としていた。
「……ノワイエ、あれは?」
「ソルス領名物、トレントの焼き畑農業です。あぁして領地を狭めようと侵入するトレントを種蒔き前の土壌に誘い込んで焼き払う事によって、灰となったトレントの養分を土に循環させるんです」
そうか。
俺の知ってる焼き畑とは随分と違うんだな……流石物知りノワイエ先生だぜ。
「それとソルス領の人達を怒らせると一国すら一夜にして焼き落ちるという逸話もあるそうなので、ご注意下さい」
「……肝に命じておくよ」
そりゃね。農夫一人があんな戦闘力あったらどんな戦闘民族だって裸足で逃げ出すわ。
「そろそろ領主館が見えてくる頃ですね。ほら、あそこですよ」
よほどトレント焼き畑なる物がお気に召したらしい。上機嫌に声を上げるノワイエに倣って俺も示す方向を見る。トレント焼き畑なんてトンデモイベントを見た後だから大抵の事には驚かないだろう。
窓の向こう、真っ赤な屋根に真っ白な壁の綺麗な四階建てお屋敷があった。学校くらいの大きさといえば分かり易いだろうか。中央には大きな噴水があり、見るからにお金持ちといった様相の家だ。驚くような事は何もない。
「あれ……驚かないんですか?」
「ん、あぁ。まぁ、大きいな……くらいには」
「むぅ、そうですか」
困惑気味に問いかけるノワイエに半ば平然と答える俺。どうやら驚くだろうと思ったのか、トレント焼き畑の前に見ていたら驚いただろうな。
ただ、少し残念そうに声を漏らすノワイエの様子はただひたすらに可愛かったけどな。むぅ、ってもう一回聞きたい。
そして半日の移動が終わり、馬車が止まる。途中で色々とアクシデントがあったせいか疲労感は拭えないな。
「ノワイエ様、京平殿。お疲れ様でした」
馬車のドアが開き、顔を見せるセバ氏に少しだけドキッとする。こんな優しげな雰囲気を持つ御仁が『地獄の番犬』とか物騒な部隊の副部隊長とはね。うん、見えねぇなぁ。
「いえ、セバさんこそわざわざお迎えありがとうございました」
「ほほっ、ご丁寧にありがとうございます。京平殿、慣れない馬車での旅、そちらの座席ではお疲れだったのでは?」
え? と声を上げるノワイエに、余計な事をセバ氏に目で訴える。
後ろ向きに流れる景色というのは、事実慣れない人には慣れない物だ。ノワイエがどうかはさておき、昼飯休憩で少しグロッキーだったなら具合を悪くしかねない。ちなみに幼なじみのアイツは、新幹線で酔っていた。と、話が逸れた。
「正直、少し……でも、セバさんの運転が良かったんですかね? 全然揺れなかったんで助かりましたよ」
「馬車の作りと馬が良かっただけです。そのような世辞など言われても私のおもてなしに、贔屓という二文字は御座いませぬ故……」
ごほんと咳払いをひとつ。老齢の執事の前には見え透いたお世辞だったらしい。少し厳しめの口調で返すセバ氏に苦笑して――
「時として京平殿? 夕食のリクエストはございますかな?」
うわ、このしつじ、ちょろい。
「えっと、セバさんのオススメで」
「ふむ、かしこまりました。それではそのように。荷物はお部屋の方に運ばせていただきます故に」
深々と御辞儀をして去るセバ氏の背中にはなぜだろう。やる気が漲っているように見えた。
「あの、京平さん。さっきセバさんが言ってたのって」
と、失念していた。振り返れば、じぃっと俺を見るノワイエのお姿が。
「いや、流石にノワイエも疲れてたみたいだったからさ。俺も乗り物酔いとかしないし」
「そんなに気を使って頂かなくても……」
「気を使うとか使わない、じゃないんだよ。俺がそうしたかったからそうした訳で……ほら、かゆくなる前に行こうぜ?」
退散だ、退散。ホント痒くなってきたし。
「あっ、もう……だったらお礼くらい言わせてくれたっていいのに……」
背後から聞こえた、そんな拗ねるような声は聞こえないフリをした。気恥ずかしいんだ、察して欲しい。気付かぬままならよかったというのに、ホント恨むぜセバ氏。
そして、これもまた失念していた。俺が忘れっぽいのではない。色んな話で考える所が多かったと言い訳させていただきたい。
「ふぅ、ようやく着いたか。決戦、来たるってか」
一応、秘密裏に聞いた複雑な事情を持つ男、ブリッツは至極真面目な面持ちで領主館を睨んでいた。アレは聞かなかった事にするのが一番か、下手に意識しても変だしな。うん、そうしよう。
口からヨダレの跡を残す男、ブリッツはどうしようもなく格好悪かった。




