暗雲来たりて
『決断』内容修正
少し早い昼食を休憩を済ませ、馬車へと乗り込む。厄介者の処遇に関してはセバ氏が請け負ってくれる事になった。当然、二人一緒という事にそこはかとない不安を覚える訳だが……
「ほほっ、案ずる事はありませんよ京平殿。ブリッツ様とは一度ゆっくりとお話ししてみたいと思っておりました故に」
柔和な笑みと共に告げられる言葉に、奴を押しつけてしまう事に対する罪悪感が少なくなった訳で――
「なぁ、ノワイエ?」
「どうしました?」
対面式に並ぶ二人掛けのソファ、その斜向かいに座る彼女へと俺は馬車が再び走り始めてからの疑問を口にする事にした。
「あの二人、やっぱり仲悪いんじゃないか?」
少なくとも、俺には気配を読むとかそんな真似が出来る訳じゃない。ただ、丁度俺の真後ろ、馬車の先頭から漂うそこはかとない圧力を感じている。
声や物音が聞こえないのは防音性が高いからか、思えば俺も前に座っていたときにブリッツの声とか聞こえなかったし……
「それは……その、むしろ問題はブリッツの方にあって――」
「なんとなくそんな気もするけど……」
ブリッツとセバ氏を見ていればそれは判る。けど、同時に解らない事がある。あんな成りをしているブリッツだが、筋の通らない事はしない筈だ。
いや、初対面で殴殺されたのが俺だ。わりかし本気でブリッツの事なんて解らない……!!
「絶対に誰にも、ブリッツにも言わないと約束してくれますか?」
頭を抱える俺に届いたのは、あまりに予想外な言葉で、思わず顔を上げればノワイエが神妙な面持ちで俺を見ていた。
何かと秘密にしたがる……というわけではないが、少しばかり頑固なところがあるノワイエだ。話さないと決めたら話さない彼女がどうして?
「内緒にして、くれますよね?」
「も、もちろん。誰にも言わないし……というよりも話すような人もいないから大丈夫だ」
自分で言ってて悲しくなる程の狭い交友関係に、ノワイエは一瞬だけ目を丸くして、気まずげに視線を逸らした。そのなんとも言えないリアクションはやめていただきたい。
「ご、ごほん。では、お耳をお借りしていいですか?」
改めて座りを正すノワイエの口振りに、俺も苦笑しながら耳を寄せる。それはなんだか少しだけ、くすぐったくなるようなシチュエーションで――
「昔、帝国軍特殊工作部隊『冥府の番人』の副副隊長をしていたのがセバさんでして、その部隊長に……ブリッツのお母様が殺されたんです」
…………
「そして、その部隊長というのが――」
「待とう、ノワイエ。一旦ストップだ」
どっと吹き出る汗を拭いながら、一度ノワイエから頭ごと耳を離す。
え? ある程度覚悟していたとはいえ、あまりにも事情が深刻過ぎないか? 嘘だろ? というか処理しきれない量の情報があったんだけど!?
「す、すいません。京平の身体の事を忘れてつい……」
「いや、そういうわけじゃないんだけど。ちょっと予想外過ぎてね……とりあえず、そうだな」
混乱しそうな頭をクールダウンする必要がある。おかしいな、本当ならノワイエと二人っきりで目的地まで和やかに過ごす筈だったのに。
「つまり、ブリッツにとってセバさんは親の仇の部下だ、と……」
「えっと、そうですね。ですが、セバさんも部隊から抜けてしばらく経っての事でしたし」
まったく以て血生臭いというか、気が重くなる話だ。しかも忘れてはならないのが、目の前にいる彼女の両親を死なせた原因の可能性であるかもしれない男の息子が俺という複雑さ。本気で嫌になる。
「ブリッツも、セバさんを恨んではいないと言ってはいるんですけど……」
「正直、すんなり受け入れられる関係でもない、と……」
「はい……」
俯きながら返事を返すノワイエに、俺は話題を変えるべく思考を巡らせる事にした。
◆ ◆
――この景色を疑念でもって見上げる日が来ようとはな。
高く聳える白亜の城塞、難攻不落をその存在で示す我らが王都の門を見つめながら、我等は長きに渡る任務の終わりを感じた。しかし、兵達は誰もがその事を安堵する者などいなかった。
「隊長。本当に一人で報告に行かれるのですか?」
「諄い。我等は任務を失敗した訳ではないのだ。そこに責を咎められる謂われなどない」
全く、滑稽な物だ。この門から出発した時、皆が皆、一様に自身の任務への誉に目を輝かせていたというのに、今ではまるで戦場から落ち延びた兵のそれにしか見えないとは。
「ヴァイス様。念には念を、何名かをこのままカタラーナ様の護衛へ着くことを御容赦ください」
その事の意味を、そこへと至る思慮の深さに、指示無くしては動けぬ一兵卒の成長に思わず笑みが浮かんでしまった。
「ならぬ。あれも我が伴侶となった時点で覚悟を決めている。余計な気回しはいらぬ」
「……愚考をお許しください」
「ただ、あれはあれで勘が良い。既に手を回しているか。既にここにはおらんかもしれんがな」
「は……?」
呆けた顔は一瞬、御冗談をと無理矢理な苦笑いを浮かべる兵を一瞥し、ようやく止めていた足を門へと向ける。
こちらの姿を確認したらしく、そこから現れる番兵、その様子に違和感を覚えた。
「隊長、何か様子が……」
「よい。聖騎士ヴァイス、ここに帰還した。我が王への報告をしたい」
槍を携える番兵達は、物々しい雰囲気を隠すことなく穂先でもって示していた。見れば城塞の小窓からは、弓兵か。少なくとも手厚い歓待になりそうだと笑みが浮かんでしまった。
「き、騎士ヴァイス。自ら姿を現すとは殊勝な心掛けじゃないか!! 貴様には今、反逆者の容疑がかけられている!! 大人しく投降するならば命までは――」
「小物風情が随分と高見から物を言えたではないか。この程度の青瓢箪を揃えて我が命を取れると? 浅慮が過ぎて冗談にも聞こえん」
「く、来るな!! 手を後ろに組んでその場に伏せよ!!」
「これは異な事を、逆賊を捉えるのは騎士の勤め。言葉で説くのは神父の勤めであろう?」
一歩踏み締めて進んでいる訳だが、彼我との距離は縮まる所か開くばかり。いつからこの国はこうなってしまったのか、嘆かわしく思うばかりで――
「聖騎士ヴァイス。任務御苦労であった」
不意に響いた声は、人垣の向こうから。次第に割れていくそこに立っている存在に思わずして目が細くなった。
照らす日さえ穢す程に黒く、どこまでも黒いフルプレート。両腰に差している諸刃の双剣。そして、邪竜の頭部を思わせるヘルム。この国が聖王都だという事を唾棄するかのような様相に、なによりこの存在がここにいる事実は驚きに値した。
「帝都の番犬が、なぜ聖王都にいる」
「答える通りはない。貴様が受け入れるのは敗残兵の如く惨めな投獄か、もしくは――」
静かに、だが確かな重圧を込めた声が響く。目の前に立つ男に勝つ術を見出すには何もかもが、あまりにも突然過ぎた。
「安らかな、死だ」
我が父であった男の上官。
『冥府の番犬』隊長であり――
『創世者達(フロンティア=フォーティーン)』ナンバー2『死神』
緋元 グランツという存在は。




