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俺はそれを認めない!!  作者: あげいんすと
『作り笑顔と陽の姫君(ソル プランサス)』
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悲しいアクシデント

 

 しかしながら、とセバ氏の話を反芻しながら訊かずにはいられない事があった。



「親の贔屓目と言いますと……?」


「えぇ、奴……ヴァイスは私の息子でして。いえ、息子だった。というのが今となっては正しいのですが……」



 深い皺の刻まれたセバ氏の表情には哀愁とでもいうべきか、簡単に踏み込む事を躊躇わせる何かがあった。俺としても知らなかったとはいえ、かの聖騎士への嫌悪感を悟られたのも互いの口を紡がせる理由には十分過ぎる訳で。



「……お優しいのですな、京平殿は」


「……はい?」



 二の句も告げられぬ俺へと向けられたのは、好々爺とした笑みと予期せぬ言葉だった。優しい? 無遠慮な詮索も出来ず、身の丈に合わない同情も出来ない俺にセバ氏は何を思ったのだろう。


 訝しささえ滲ませる俺の視線を受けて、前方に顔を向けたままの老紳士は小さく笑う。嘲笑とは違う、老齢たる余裕のある笑い声が、地を回る車輪の音と良く馴染む。


「失礼、京平殿の思慮深さと素直な所。私としても僭越ながら好感が持てる人物だと思いましてな? 老いぼれの戯言だと聞き流してくださいませ」


「いや、自分が解りやすい人間だとは嫌という程判ってるつもりですが……」



 言う人が言えば、深読みする馬鹿という事実をこうもポジティブに言われれば不思議と不快ではない。しかし、それを直そうと思っているかと言えば難しいのである。


 少しばかりの気落ちをする俺に、セバ氏は、京平殿と呼び掛けた。



「この爺は、まだ貴方の事を一握りしか知り得ませぬ。そこから正直申しますと、貴方という存在はまだ未知数。こうして落ち着いているように努めておりますが私もまた、計りかねておるのです……知らぬとはいえ、この爺と友になろうと言ってくる貴方を」


「……」


「っと、話が過ぎましたな。歳を取るとどうにもいけないようです」



 そう言って笑むセバ氏にどんな言葉をかけるのが適切なのか。人生経験の浅い俺に判るはずもなかった。



 涼しげな風の吹く馬車道に変化が現れ始める。右手を流れる小川、眼前に広がるのは林。どうやら目的地はここを抜けていくらしい。



「少し早いですが、この辺りで昼休息としましょうか」



 馬車を停め、御者台から降りるセバ氏を見送って俺はひと息吐く。


 慣れない馬車に因るものか気疲れからさて置き、背筋を伸ばせば小気味良い音が身体のあちこちから響く。動いてないのに疲れたよ。



「お疲れ、キョウ。お前も大変みたいだったな」


「ブリッツか……」



 聞き覚えのある声に安堵する自分がいる事に気付く。別にセバ氏といるのが辛い訳じゃなかったけども……



「というかお前も、ってなんだよ。ノワイエと一緒なのに疲れたとか」


 御者台から降りて地面を踏みしめれば確かで頼もしい感触。うむ、やっぱり慣れない馬車より足で立つってのはいいな。流石にこれまでの距離を徒歩とかは勘弁なんだが。

 

 からかい半分で失礼な事を言ったブリッツに詰め寄ると、確かに疲労の色が見える。どうしたというのか。



「いや、ノワイエが悪い訳じゃないんだが……気持ちの整理がな」


「ほぅ」


 珍しく歯切れの悪いブリッツに、俺は神妙な面持ちで、内心ニヤニヤしていた。何だかんだチンピラ然としているコイツだが、結構ウブな所があるようだ。



「なんつうか。来るべき決戦の前に挑むような、果たして俺の力は足りるのか、アイツに通用するのか……みたいな」


「お、おう……」



 憂いを帯びるブリッツの言わんとする事は判るが、可能なら言わんままでいて欲しかった。かゆかゆ。



「一応ノワイエにも相談してみたんだが、途中から寝ちまったみたいでな。ここに着く前に起きてはいたが、馬車酔いしたらしくて――」



 俺の行動は速かった。


 ブリッツが話し終えるより先に馬車の荷台部分へと走り、中に誰もいない事に大いに焦りを覚えつつも辺りを見回す。



「……いたっ!!」



 目的の人物は河辺にある岩に手を突きながらしゃがんでいた。傍らには不安げなセバ氏。



「ノワイエ、大丈夫か……!?」


「き、京平さぁん……」



 これほど彼女の弱っている姿を見たことがあっただろうか。弱っている声を聞いた事があっただろうか。いや、ない。



「酔い止めの薬草を処方しましたのでご安心を……京平殿、この場を任せても?」


「え、あ……すいません。大丈夫です」


「御迷惑をおかけしました。セバさん」



 丁寧に一礼して馬車へと下がっていくセバ氏を見送り、俺は改めてノワイエを見た。


「ノワイエ……」


「厳しい……戦いでした……」



 白い肌は可哀想に、うっすら青くなってしまっている。微かに震える手を取ると冷たい……くそ、俺がもっと考えて行動していれば。


 後悔に苛まれる俺に、ノワイエはぽつりぽつりと事の原因を話し始めた。



「ブリッツには悪いと思いながらもここに着く途中まで眠った振りをしたんですが、それでも聞こえて来たんです……」




『やっぱりもう少し鍛えてから会った方が良かっただろうか。いや、出来る事はやった筈。うまく出来る筈さ、大丈夫……大丈夫だブリッツ、お前はやれば出来る。それより手土産は喜んでくれるだろうか。残念ながら俺はあまり得意じゃないんだが……かず姉セレクトに間違いは、間違いがあるんだよなぁ……比較的外れないだけで、だがここぞと言うときに外すのがあの人だ。いや、だが、でも、しかし、イヤ待てよ……』




「本当に、辛い時間でした……」


「ごめん、ノワイエ。本当にごめん……!!」


 まさかそれ程だったとは、ブリッツに悪気がないから質が悪い。せめて、休ませてあげよう。後半戦は俺が引き受け……られるだろうか。

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