老紳士と語る
ソルス領主の私物であるらしい馬車。その性能に俺は驚きを隠せずにいた。
手綱の伸びる先、そこには微かに赤みを帯びた栗毛色の馬が、仲良く二頭並んで悠々と馬車を牽く。思えばトラックが横付けされても驚かない馬だ、目的地へ向かう姿に頼もしさを感じる。
そして舗装されてはいるのだろうけど砂利の目立つ道を走っているのだが、振動を殆ど感じない。セバ氏の腕か、馬車の作りか、快適な走りを実現していた。
すっかり登った太陽に目を覚ましたように晴れ渡る青い空の下、微かに吹き抜ける風に波打つ草原を見ながら、俺はといえば――
「なる程、厨二病アレルギー……ですか」
「えぇ、これがなかなかどうして面倒の種なんですよ」
心を開いてくれた(?)セバ氏に俺の事情を話していた。実際は隠すべき事なのだろう、かず姉さんからも自身の弱味に繋がるような事を話すなと言われたのに。
「老婆心ながら京平殿。そのような事を軽々と明かすのは関心しませんな」
と、考えていた事と同じ事を諭されてしまう辺り、反省しないとと思うんだけどね。しかしながら、老婆心を説く老爺とはこれ如何に。
「軽々しく言う相手は選ぶつもりですよ。それが失敗だった時は自分の見る目がなかったという事で」
「世辞を言ってくれているようで、しかし先に面倒の種とされている身としては複雑な気持ちですな。但し、失敗の責が向かう先が貴方ばかりではない事も一考する事をお薦めします」
「はは……手厳しいもんだ」
好々爺とした笑みを浮かべるセバ氏に俺は頬を掻く。これが年の功か、敵う気がしない。
「そういえばセバさんって、クラスとかランクどうなんです?」
敵う敵わないで思い出したが、セバさんの事を名前しかしらない事に自然とそんな疑問が口から出た。
まぁ、隙の見えない所作から途方もなさそうな気はするんだが……
「不明確である事も、時としてひとつの武器足りえるのですよ。守るべき者もおります故に」
口元に指先を当てながらのウィンクは不思議と様になってる。かゆくなるくらいに。
ともあれ、なる程と相槌を打ちながら、またしても煙に巻かれたような気がした。事実不用意な詮索はされたくないのだろう。ランクは強さが指標化されている物でもある。
それが未知数なら警戒させる事が出来るわけで――
「私に関してはいずれ、知るかも知れませんね。それまでお友達の件は保留とさせてくださいませ」
「あー……」
返事としては良くないだろうけど、なんとなく理解した。少なくとも、ただの執事じゃなさそうだ。それも常人は引くようなレベルらしい。
「時に京平殿。噂によると彼の神王国の聖騎士を退けたそうで」
「え? あぁ、まぁ……」
あまりに唐突な話題運びに、俺は自分がどんな表情をしているかすぐに判らなかった。
「未だに因縁冷めあらぬ関係と見受けますが、奴の事をあまり恨まないで頂きたいのです。親の贔屓目という訳ではないのですが……」
「恨んでなんか――」
眉間に寄っていた皺を手のひらで押し付けながら、反射的に返そうとした言葉を飲み込んだ。
本当に恨みはないか?
ノワイエを処刑しようと、殺そうとしたあの男を。
「恨みはない、と?」
「……ないですね。気に入らないオッサンだとは思いますが」
結果論として、処刑は防いだし、あのオッサン自身にも思うところはあった。甘いだろうか。
だから気持ちの着地点はひとつだ。気に入らない、正直今でも顔を見た瞬間に手が出る自信がある。年上? 知ったことか。気に入らないから気に入らないのだ。
思い出しただけでも腹が立つ。親父への苛立ちとはまた別腹だ。いや、デザートか。
特に厚かましくノワイエの作ったご飯をご馳走になった後の事だ。
◇ ◇
『聖女様。今回の件を改めて審議にかけ、然るべき対応を取らせて頂きます為、我々は一度、王都へと帰還します』
『……解りました。では、わたしも直ぐに支度をしますので――』
『いえ、聖女様は此方に残って頂きたい。今の王都にいるより安全である筈でしょう。なにより、無実と証明せねばならないのだ、ならばこれが今の私に出来る手向け……』
『必ず、生きて再び会える事を……絶対ですからね?』
『鎧と剣を王都に捧げた身ではありますが、この身に誓って……』
端からこんな騎士と姫みたいなやり取りを見ていたわけだが……勿論、ブリッツから羽交い締めにされてだ。
おかしいだろ、これ処刑人と被害者の会話なんだぜ? 離してブリッツ、そいつ殴れない。
『……キョウヘイよ。黒鎖の少年に伝えておけ。次は完膚無きまでに叩き潰す、と』
そして、事も、あろうに、したり顔で、このセリフである……!!
なに? 俺がノワイエに隠したいって察してると? 余計な気回し大きなお世話だ。でも、ありがとう。
『あぁ、判った。どこかで会ったら伝えておくよ。ついでに言っとくかい? 挑戦者から再戦のお願いだ、ってよ』
『……ふっ、その意気だ。期待している』
視線が火花を散らすとはこの事か、一々格好つけおってからに。まったく、お肌に悪い。かゆくなっちゃう。おいブリッツ、そろそろ離して、痒いのに掻けない。
◇ ◇
「京平殿。本当に恨みはないので?」
「……そんな顔に出てました?」
不安げに繰り返される質問に、結局納得のいく答えを返すことは出来なかった。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
2月14日はふんどしの日。
それ以外には何もなかった。




