その世界の名は
待つこと数分、まさか……とは思っていた。
「お待たせしました」
何食わぬ顔……というより何も変わらない様相でノワイエは対面のイスに座る。恐らく、食事を済ませたのだろう。
「ちょっと聞きたいんだけど、その仮面って取れないの?」
「……今は、まだ」
返ってきた答えは予想とは少し違っていたが、それはそれで複雑な事情があるという事は判った。深入りされるのも好まないだろうという事も。
「そっか。他にも色々と聞きたいんだけど、いいかな?」
ならば、と俺は本題を切り出すべく居住まいを正す。正直、避けられるものならば避けたいが、そうも言ってられないだろうから……
頷く彼女に、何から言えば良いか。一番印象に残っている事がある訳だが……ある程度のクッションを置いておきたい。
「こんな事聞くのはおかしいと思うんだけど、ここってどこなんだ?」
「ここ、は……わたしの家ですよ?」
「違う。そうなんだろうけど……国とか、地名とかを聞きたい」
今度は僅かな間を置いて、ノワイエは真っ直ぐに俺の顔を見ながら答える。
ある意味では、予想通りに。
「国ではありませんけど、ここは交易都市デスティーネ……ですよね?」
「そう、なの……か?」
いや、知らんし。
聞いてるのはこっちなんだが。
「……京平さん。こちらからも一つ、訊いてもいいですか?」
恐る恐るといった様子で、ノワイエは控えめに手を上げた。どうやら気に掛かる事があるのは俺だけではないらしい。
「京平さんは、厨二術が繁栄する世界……神極最終世界という名を知っていますか?」
「…………」
絶句、とはこのような事を言えばいいのだろうか。ノワイエもまた、俺と同じような疑問に至った事もそうなのだが、明確なほどに俺が求めていた言葉が出てきた。
いや、この場合は出てきてしまった。というのが正しい。
聡いという事は有り難い。だが、こちらの予想の斜め上行く回答は突然の冷や水にしては、あまりにも不意で強烈である。
「知らない。俺、俺は……」
額から冷たいが流れる感触と、ぶわりと粟立つ鳥肌に両腕を抱きながら応える。ノワイエは要領を得たと言わんばかりに一人頷いて見せた。
「落ち着いて聞いてください。信じられないかも知れませんが、ここは京平さんがいた世界ではありません」
「そうみたい……だね」
改めて告げられても、俺には取り乱すほどの余裕はなかった。微かな目眩を覚え始めるが、予感は十分にあったのだ。
ただ、それを認めたくなかっただけで。
「ノワイエの方こそ、信じられるのか? 俺がこことは違う世界から来た、とか……」
「えぇ、京平さんがいらっしゃった世界がどうなのかは判りませんが……この世界には、このような事が頻繁ではないにしろ起きたりしています」
前例のある話だった訳か。確かにそれなら驚きは少ないだろう。なによりも話は早い。
「この世界では異世界、または外世界と呼ばれる場所から喚ばれた人々を来訪せし者、『来訪者』と言います。それほどには人々のなかに浸透していますし――」
「そうか。なら、どうしたら帰れる?」
「え?」
「え?」
心なしか、饒舌に話をしていたのを遮ったのは悪いとは思う。しかし、俺の言葉にノワイエは半ば固まり、同じくして俺も固まってしまった。
俺、何かおかしな事言ったのか?