もしかしてだけど
本日二話目
意識がゆっくりと覚醒する。底のない沼のような微睡みから這い上がるように……どこかふわふわとした感覚が心地良く、俺は薄暗い部屋のなかで微かに空いたままの入り口をぼんやりと見つめていた。まだ朝日は登ってない、つまりまだ眠れる、二度寝最高。
どうやら、いつの間にか寝てたようでベットに腰掛けていた俺の身体は倒れ込んでいて、タオルケットが掛けられていた。
ノワイエが来たのか。まったく記憶にはない辺り、随分と深い眠りについていたようで……机の上へと視線をずらせば、やっぱり覚えのない鞄がある。
あぁ、そういえば今日からどこか行くとか言ってたな。思えば初めての遠出だ、いったいどこへと行くのやら――
「ぐぅ……が……」
「……?」
微睡みながらも、次第にはっきりしてくる意識のなか、何かの音が耳に届いた。まるでいびきにも似たその音は、俺の寝ているベットの下……視界に入らない床から聞こえていた。
意識が覚醒に急行する理由には十分過ぎる。俺じゃない誰かが部屋の中でいびきを掻いて寝ているという、あまりにも予想外の出来事だ。思わず硬直する身体、このいびきの主は……いったい誰だ。
恐る恐る、それこそ衣擦れの音さえ殺す慎重さでベットの縁から覗き見る。暗い室内にうっすらと見える人影に心臓が冷たく脈打つ。
ノワイエか? それにしたってなんでこんな所で寝ているのか。ノワイエがこんなおっさんみたいないびきを掻くなんて……いや、それでも彼女の魅力が落ちるかといえば…………マジかよ、ノワイエ。
見なかった事にしようか。例えノワイエが床で寝るのが好きで、おっさんみたいないびきを掻いていたとしても。俺は何も見なかったし、聞かなかった、おかしな夢でも見たんだと思う事にしよう。
「ぐへへ……そんな、駄目だっての……」
「…………」
いびきの次に聞こえた寝言に、俺の思考は止まった。同時にベットから起き上がる、先ほどの慎重さなど忘れるほど豪快に。
「そんな、褒めんなって……キョウ」
「…………」
なぜここにコイツが、いったいどうやって入った。ある意味では行儀良く順番通りな疑問をすべて省略して、俺は未だに心地良い眠りにつく人影に忍び寄る。心中ではただただ、あらぬ疑いをかけてしまったノワイエへの謝罪と、この賊に対する怒りがあるばかりだ。
「んふぅ……だから男のお前とは、付き合えないって……」
「――っ!?」
あまりにも受け入れがたい寝言に、俺の身体が宙を舞う。どうしてやろうかと考えてはいたが、身体が自然と制裁行動に移ったのだ。つい、カッとなってしまったというヤツだ。
スプリングの効かなくともベットの上から飛んだ俺の身体は、十分な落下速度を持ったまま床で眠るヤツへと――
くたばれの意を込めたフライングボディプレスに厨二術査定が入ったかはさて置き、俺は見事にブリッツという名前の侵入者の撃滅に成功した。同じくらいの衝撃ダメージを食らう事まで計算してなかったわけだが。
◇ ◇
ようやく暗い空の端が目覚め始めた頃、俺は痛む身体に顔をしかめながら……台所の床に正座していた。
「……本当、驚いたんですからね」
「本当の本当に申し訳ない気持ちで……ごめんなさい」
室内を照らすランタンの灯を受ける彼女は文字通りに呆れ顔といった形である。心の底から謝罪の言葉を述べつつも、寝起き姿のノワイエという激レアな光景に心臓はドキドキしているのは秘密である。
白く長い髪は、左右でお団子のように纏まり、どこか幼く見える。灯衣菜も左右に括るのが好きだった。ポニテが好きな俺だが、こうして見れば……うん、いいね。
そして、パジャマ。そう、パジャマである。桃色の生地にシンプルな作りの薄手のパジャマ……これがまたヤバい。どうしてこんな破壊力があるのか不思議で仕方ないんだが――
「いえ、京平さんはなにも悪くありません。悪いのは全部ブリッツなんですから」
「うん、まぁ、そうなんだけどさ」
困った顔も可愛らしいノワイエの視線の先には、俺のフライングボディプレスがクリティカルヒットしたせいか、完全に伸びているブリッツがいた。やり過ぎたか、俺も反省をしない訳ではないが後悔はしていない。
とりあえず一応は命に別状はなさそうで、お互いに頑丈な身体でよかったよかった。次もこの手で行こう。
「来るのは分かってましたが、まさかこんな早くから来るとは思わなかったんですが……本当に人騒がせな」
「騒がせたのは俺にも一因があるからさ。本当に……」
「びっくりしましたよ。いきなり家中に響き渡るくらい大きな音がしたと思って京平さんの部屋に入ったら……その、京平さんとブリッツが……床で一緒に寝てたんですから」
「あれ!? もの凄く不本意な光景になってた!?」
「い、いえ……京平さんはブリッツからの過度なスキンシップを嫌がってるのは知ってますから…………嫌がってるんですよね?」
「嫌だよ!? なんで疑問系!?」
俺は至ってノーマルでノンケな自覚がある。例えワイルドな男だろうとホイホイついて行くような危険な真似はしないし。
「ごめんなさい。でもなんだか京平さんって強引にされたら……あ、いえ忘れてくださいなんでもありませんから」
「…………」
頬を朱に染めて視線を逸らすノワイエに俺は言葉を失った。もしかして:腐女子。そんな文字が脳裏を過ぎっては消えていった瞬間だった。
こうして、初の遠出となる朝は始まりを告げる。まったく爽やかさの欠片もない最低な朝だ。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
※作中にでてきたフライングボディプレスは大変危険な行為のため、良い子も悪い子も厨二病患者も真似しないでください。
もうすぐユニークアクセス10000……感慨深いモノがありますね。
数字表記や細やかな部分の修正も随時行っていきますのでこれからもよろしくお願いします。




