ノワイエ救出作戦 ―救―
いつの間にか意識を失っていたらしい。
微かに感じる寒気に身じろぎしながら俺はゆっくりと目を開ける。
茜色の日が差す室内、ここは……そう、ノワイエから貸し与えられている部屋だった。間違っても誰かの汚部屋ではない。
「は……?」
木製の梁が伸びる天井に、木製の机と上に乗っているランタン。寝ているベッドはやはり固く、多少厚みのある布は毛布はベッドからずり落ちて役目を果たせていない。
いや、そんなことはどうでもいい。割と本気でどうでもいい。
すっかり日の傾いた窓の向こう、俺がまだ知らぬ塔の鐘が遠くで鳴り響く。
あれからどれだけの時間が経った? 昼前に広場で処刑が始まって、聖騎士のオッサンと戦って――
「おっ、目が覚めたみたいだな。キョウ」
記憶を掘り返す俺に、開かれたドアの向こうからブリッツが姿を現す。あまりに呑気な口調に俺はベットから跳ね起きて一気に詰め寄る。
「ノワイエはっ!? ノワイエはどうしてる!?」
「第一声がそれかよ。まったくお前らしいというか何というか――」
「無事なんだな? オッサンに勝ったんだからノワイエは助かるんだろ!?」
「あぁ、もううるせぇうるせぇ!! ノワイエなら下に――」
その言葉が言い終えるのを待たずして俺は廊下へと駆け出した。本来ならあれだけの怪我や症状に見回れたというのにも関わらず、俺の身体は痛みを訴える事もなく意志の赴くままに廊下を抜け、階段を駆け下りていく。
不意に嗅覚へ感じる匂いはノワイエが作る料理か、台所へと目的地を定めた俺は勢いをそのままに駆け込み――
「ノワ――」
「これが聖女の作りし料理……!! まさに神の領域か……!?」
見覚えのあるオッサンの夕餉という珍妙な現場に遭遇した。
「な、なな……なんで……!?」
「む、貴様か。我と同じくして倒れたらしいが……ふっ、随分と長い眠りだったな。それより聖女よ、良ければお代わりを頂こうか」
理解出来ない。意味不明過ぎる。なんでコイツがここにいて呑気に飯なんて食ってるんだ!?
「まったく、神の領域なんて大袈裟ですよヴァイスさん。余り物で作った粗末な物ですし、そんな――」
と、オーブンの方から現れた少女の視線が俺を捉える。白い髪をした、翡翠色の瞳の少女。その表情は今やハッキリと驚きに彩られているのが見えた。
「あ、えっと……ノワイエ。だよな?」
「っ……あ、う……はい。京平さん」
視線を忙しなく泳がせながらも応える少女、ノワイエがそこにいる事に俺は深く安堵の息を漏らした。
しかしながら、俺から続く言葉はない。まったく何を言っていいのか、どう言えばいいのか。それはノワイエも同じようで、台所にはオッサンの飯を咀嚼する音しか聞こえない…………おい。
「なんでアンタは普通に飯を食ってる!! ここはノワイエの家で、アンタはノワイエを殺そうとした奴なんだろう!?」
上手く回らない口を俺なりに精一杯動かした。そうだよ。何食わぬ顔で何食ってんだよ!!
「京平さん、これはその――」
「僭越ながら聖女とは旧知の仲、とでもいうべきか。いつか食事を振る舞うという約束をしていてだな」
「出てけっ!! ノワイエ、塩だ。塩持って来い!!」
「京平さん、お願いですから落ち着いて聞いて下さい!! それと塩はディスティーネでも高価で……」
頭痛い……なにこの状況。オッサンひとりいるだけで既に疲れ果てるとか。なんなの。
「まぁ、そういう事だ。今はどちらかといえば聖騎士としてではなく、聖女の知人としてここに――」
「いい加減にしろ。お前、自分がどれだけおかしな事やってるか判ってるのか?」
「京平さんっ!! ですから話を――」
「とうっ」
「あいだっ!?」
と、不意に後頭部に走る痛みに振り返れば、呆れ顔で俺を見るブリッツの姿が――
「何しやがるブリッツ!!」
「まぁ、落ち着けってのも無理があるのは解る。お前が起きるまでそのポジションに俺がいた訳だがな……しかし、こうしてみると俺の方が落ち着くわ」
「何を訳の判らんことを――」
「魔女……いや、聖女の処刑は"延期"となった。我はそれを伝えに来たのだ……小物達よ」
その言葉に驚き振り返ると、いつの間に持ち込み着込んだのか。オッサンが白い鎧姿で俺とブリッツの前に立っていた。こうして間近で見ると、その身体の大きさに威圧される。体格なら親父といい勝負かもしれない。
それより聞き捨てならない単語に、俺はオッサンを睨み付けた。
「延期だぁ? 冤罪だってのに、中止の間違いじゃないのか?」
「……我としても延期にするのがやっとだった。そこは謝罪しよう」
てっきり食い付いてくるかと思ったが、オッサンが取った行動は予想外の物だった。
大きな身体で膝を付き、頭を下げる。それが出来うる精一杯の誠意だと言わんばかりに――
「頭を上げて下さいヴァイスさん。処刑の事だってわたしが言った事なんですから」
「年端もいかぬ少女に全ての罪を擦り付けようとしたのだ。それは本来ならば我や国だけでなく容認しようとした世界の罪……しかし、世界が求めているのもまた事実なのだ。あの災害の病魔による気持ちの落とし所を……」
「…………」
まったく居心地の悪い空気だ。背中越しに感じるブリッツの視線が痛いくらいに解る。
災害の病魔。ブリッツの話によると俺の親父が原因かもしれないという事を、このふたりは知っているのか。
「証明出来ればいいんだな?」
「なに?」
俺の問いにオッサンが顔を上げる。まったく、耳が悪いのか察しが悪いのか。狙ってやってるとしたら俳優にでもなれるんじゃないか?
「ノワイエが災害の病魔とは無関係で、違う何かが原因だって証明出来れば……延期なんかじゃなくて、取り下げられるのかって訊いてるんだ」
「それは無論。だがしかし――」
「駄菓子もお菓子もあるか。だったらそれを見つけてやるってんだ」
もしかしたら……それこそ、もしかしたら親父さえも関係ない事が原因って可能性があるんだ。なら俺がやることは決まっている。
「強いな。お前は……そんな事を考えられるとは、先は小物と言って済まなかった。改めて名乗ろう。我が名はヴァイス=ウィスタル。黒鎖の少年よ、お前は――」
「コクサノショウネン? ハハッ、ヤダナ、ナニイッテンノ?」
この白オヤジ!! ノワイエはあれが俺だって知らないんだぞ!? バレでもしたらどうするんだっ!!
「京平さん、どうかしたんですか? 顔色が――」
「キョウヘイ……か。ふむ、屈強な兵士を思わせる良い名だ。偶然とはいえ我と引き分ける者に見合おう」
「やめろよ痒くなる。っておい、オッサン。アンタあの時、負けを認めなかったか? ブリッツ!! お前だって見て……なに笑ってやがる!!」
「お前、本当に面白い奴だな……くくっ」
まったく、なんだってんだ。
何はともあれ、やる事は決まった。
ノワイエの無実を証明する。ついでに親父の無実も。
その為にどうすればいいのかは、まだ判らないけど……これから見つけていけばいい。
「引き分けだなんて、俺は認めないからな!!」
日常は終わり、俺の非日常が始まりを告げた。
第一章
『始まりを告げる非日常(トラブル=デイズ)』
完
◆ ◆
「まさか、依頼を受けてくれるとは思わなかったわ。ありがとう」
「ふん、別に依頼なんて受けてないわよ。ちょっと暇つぶしに出向いた先で偶々気に食わない奴がいた。それを撃つか撃たないかはアタシの勝手でしょう?」
「ツンデレ乙、ゴホン。経緯はどうあれ、貴女の尽力がなければあの時、ブリッツは死んでいたかもしれないわね」
「ブリッツ? 誰よ、その犬みたいな名前の奴。あんなのが死んだ所でアタシには関係ないわ。あんな奴……」
「ふひっ……失礼。少々興奮しました。それで今回は当ギルドにどのようなご用件で?『陽の姫君(ソル=プランサス)』」
「無理に繕わなくていいわよカズホ。それに用件なんてひとつしかないでしょう?」
「最新のドルチェに関しての情報であれば、終業後に宜しくお願い致します。もちろん奢ってください減給処分の身にはあのお菓子が遠い……!!」
「ちょっ、離しなさい。いい歳したレディが泣くんじゃないわよ鼻水!! 汚い!! 離せぇぇっ!! 判った!! 判ったから離してよ!!」
「……計画通り」
「まったく調子のいい……それより、話を逸らすんじゃないわよ。来てるんでしょ?」
「え? あ、いや。そんな下世話な話――」
「撃つわよ? げ、下世話な話って何よ」
「で、誰が来てるっていうの?」
「勿論ひとりしかいないじゃない…………キョウヘイよ、キョウヘイ。来てるんでしょ?」
「そちらの依頼はドルチェ3回分になります」
「うっわ、躊躇いもなく売ったわね。ありがと、カズホおねーちゃん?」
◆ ◆
第二章
『作り笑顔と陽の姫君』
◆ ◆
あとがきが乗っ取られた!?
そんな事はあります。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
ようやくリメイク第一章が完結、展開は少し早足ながらの流れでしたが如何でしたでしょうか?
ちなみに最後の序破救は序破急を弄ったものなのでミスじゃないんだから勘違いしないでよねっ←
これからも宜しくお願い致します。
挿し絵がそろそろ追加貰えそうです。
次回からイラストレーターの都月様が好きなキャラなので胡麻擂りしながら頑張りたいと思います
そしてブリッツ×京平のイラストの扱いに困惑してますがどうしたらいいでしょう……載せます?後悔しないです?




