表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺はそれを認めない!!  作者: あげいんすと
『始まりを告げる非日常(トラブル デイズ)』
7/99

望まれる物を望まない者

 

 さて、と改めて彼女の後ろ姿を眺めながら。俺は思案する。


 彼女が、俺と過去に知り合ったノワイエであるのか? 彼女の反応から答えを導く事は叶わなかった。



「……後は仕上げに――」



 怪しげな後ろ姿から聞こえる声と、漂い始める匂いに俺のお腹が切なげな鳴き声を上げる。後少しの辛抱だから我慢なさい。


 淀みのない所作で調理をする後ろ姿から解る。調理実習で見られるような危なっかしさと比べるまでもない、実にスムーズな手付きで棒を振りかざして――



 ん? 棒?



「始まりの時より共に在りし叡智の灯火よ。祝福と恵みを……体現せよっ!!『猛る炎(アルデンス=イグニス)』!!」


 直後、室内が紅蓮の炎で赤く照らされた。

 いや、火勢は彼女の手元だけと小規模ではあったが……フランベというには生温い勢いだ。お陰様で驚きのあまりに座っていた椅子からひっくり返る羽目になった。



「お待たせしまし……どうしたんですか?」


「ど、どうしたもこうしたも……」



 出来上がったらしい何かを皿に移して戻って来たが、椅子の陰に隠れる俺を見る。端から見れば警戒心剥き出しの猫にも似ているのだろうか、それ程の愛嬌があるとは思わんが。



「今の、なに?」


「今の、と申しますと?」



 椅子に座り直す俺に、丸テーブルの上に皿を置き白い仮面は小首を傾げる。一見してどこかシュールではあるが、声と相まって俺より愛嬌がある。


 いや、愛嬌の有る無しはひとまず置いて置くとしても、だ。



「なんか、その……なんだ? 棒を振り上げて、魔法? みたいな……」



 ふつふつと腕に浮かぶ鳥肌をさすりながら、言葉を選ぶ俺。仕方ないとはいえ、こういった時に都合の良い言葉が出てこないのは困ったモノだ。



「魔法なんて上等な(わざ)じゃないですよ。わたしのなんてごく普通の『生活厨二術』のひとつに過ぎませんって」



「あー……」


 俺はどうやらお世辞でも言ったらしい。手をパタパタと震わせるのは照れているのだろう。だけど、対する俺の目は死んだ魚のそれになっていた。


 もう、色々と理解させられたし、目を背けるのも限界に近い。俺の心も身体も色々限界だ。



 こりゃ、異世界ですわ。



 というか、よりにもよって何だよ。『生活厨二術』って……



 目眩と共に遠退く意識。


 重力に従い、前のめりに倒れる身体。


 結果、丸テーブルに顔面を強打。



 それにより意識は回転するコインの表裏のようで、ある意味で運良く、ある意味で運悪く。我に返る事が出来た。



「京平さん!? 大丈夫ですかっ!?」


「痛ぁっ……ごめん。大丈夫、じゃないかも」



 幸いな事に顔面が痛かった以外、料理が台無しになる事もなく。近寄ろうとする彼女を手で制して居住まいを軽く正す。



 考えるな。今は何も考えてはいけない。


意識はまだ荒波に揺られる船のように不安定で、ゆっくりと呼吸を繰り返して気持ちを落ち着かせる――



「…………」



 閉ざした視界の向こう、彼女が不安げにこちらを見ている気がした。申し訳ない反面、可笑しいような気持ちになる。



「……うん、これで大丈夫かな」



 こういった症状が過去になかった訳じゃなかったにしろ。思いの外、早く回復に至れた。心配する彼女の為にも早い回復を望んだが、強がりを言わずに済みそうだ。


 それにしてもまったく、頭が痛い。色んな意味で。


 ただでさえ理解を超える出来事が解決を待たずして、次から次へと雪崩れ込んでくるのだから。



 ――くぅ、きゅるる……



 今度は何だ。


 俺の腹から鳴った苦情とは違う、可愛らしい音を視線で辿れば……



「あ、いや……違いますよ?」



 まだ何も訊いてないのに、お腹に手を添える彼女が挙動不審に何かを否定していた。


 相変わらずシュールな光景で、ちょっと可愛く見えるから不思議だ。これまで悩んでいた自分が何だか馬鹿馬鹿しくなってくる。



「キミは食べないの? なんか凄く美味しそうだけど」


「え……? あ、ありがとうございます」



 丸テーブルの上にはパンの入ったバスケット。ふわりと香るハーブの掛かった焼き魚。二品しかないけど贅沢を言える立場じゃ……



「あっ……」


「ど、どうしました!? もしかして魚とか苦手でしたか!?」


「いや、その……俺、代金とか持ってないんだけど……」



 食べてないからまだセーフ? いや、作ってもらった時点でアウトだろう。どうしよう、無一文だぞ俺。


 思わず冷や汗が流れる俺に対して、彼女は仮面の向こうでゆっくりと息を漏らす。 それが溜め息なのかなんなのか、判断が付かない。



「お金は入りませんよ。どうせあっても使いませんから……」


「え……?」



 どういう事? 金持ちって事……でもないと思う、失礼ながら。そういう文化? 謎だ。



「まぁ、そういう事ならありがたく頂くけど」


「はい。どうぞ召し上がってください」



 どこか弾んだ声なのだが、果たして白い仮面の向こうにある表情までは窺えない。


 ほんの少しだけ見慣れ始めた仮面の少女に見られながら、俺は趣のある木製のフォークに手を伸ばした。 


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ