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俺はそれを認めない!!  作者: あげいんすと
『始まりを告げる非日常(トラブル デイズ)』
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◆ノワイエ救出作戦 ―転―

 

 "それ"の乱入に人々は驚愕を覚えた。


 日の光を嫌う漆黒色の襤褸(ぼろ)を纏う者。先に現れたふたりよりも明らかに不審で、不気味で、邪悪さすらも思わせる身なりは誰もが白き鎧を身に纏う聖騎士と相対する存在と感じさせる。



 その予想は直ぐに現実へと変わった。



 何を思ったか余所を向いた襤褸の存在へと、聖騎士は剣を振るう。真っ直ぐな剣筋が輝きと共に軌跡を描く、魔女の手の者を屠る為に――


 直後、大衆は再びの驚愕を知る。響き渡ったのは皮を裂き、肉を斬り、骨を断つ音ではなく、硬質感の伴う破砕音。



 聖騎士の持つ光輝く剣が砕け散り、霧散する様はどこか幻想的であるが為に、現実として受け入れがたい光景となった。



 聖騎士の剣。


 それは神王国から離れたこの都市の者でも、どういった物かくらいは周知されている。


 罪を裁く正義の象徴である故に絶対、咎人が例えどれほどの強者であろうと断罪を以て贖罪とする慈悲深く、或いは無慈悲な剣。


 その剣が砕けた。ただの棒立ちで迎える事となった襤褸の男を斬れずして、砕けたのだ。


 それの意味する事は、大衆のみならず兵士の胸中を揺るがすには充分過ぎた。



「やはり、あの方は――」



 誰かの呟きだったのかも知れない言葉は、広場にいる者全ての心に残滓として生まれつつあった。



 ◆ ◆



「茶番、だと?」



 野太く響く声は憤怒を滲ませる。鍔元より先を失った剣を震える程に握り締め、聖騎士は燃える双眸で"それ"を睨んだ。


 見窄らしい襤褸は目を凝らせばただの布切れではなく、鎖帷子と似た役割を果たす物である。同時に自身の剣を拒むだけの力を持つ者に心当たりが無いわけではない。


 ――こちらが、あの時の少年か。



 似ても似つかぬ強さだとしても、その根本的な部分は同じだと、相対する聖騎士は感じる。そういった部分では、先の黒衣の鎖使いと拳闘士からも同じ感情を感じた。


 誰かを守りたい。



 自身の身を呈してまで思うその感情はあまりにも尊く、聖騎士の胸中に鋭い棘を刺す。


 聖騎士を志した過去の自身もまた、同じだったのか。これを皮肉と言わずとしてなんというべきか。



「あぁ、茶番だね。馬鹿げてる。アンタ達も、ここにいる全員……ノワイエも、全員馬鹿だよ」



 胸中の痛みより激しく身を焦がす憤怒、奇しくも聖騎士には襤褸を纏う少年の言い分も理解出来た。


 聖女を守る任についていた事さえある自身だ、ほんの少し状況が変われば自身もまた少年と肩を並べていたのだろう。



「貴様がそういうのであれば、そうなのだろうな――」



 だが、今は今だ。


 構えたのは柄と鍔元だけの、到底剣とは呼べぬ物。だが、剣は聖騎士の想いに応える。


「貴様のなかではなっ!!」


「っ!?」


 横薙ぎに振るう一閃。あり得るはずのない剣戟に襤褸の少年、京平はとっさに後ろへ飛び退く。


 じゃらりと処刑台に散らばる襤褸に、京平の身体から冷たい汗が噴き出した。


 刀身を失った剣は今や、その形を取り戻していた。光の輝きこそ発していない刀身の色は、聖騎士の鎧と同じ白。



「貴様がこの場の全てを"否定"するならば、我は"肯定"する。それこそ、我が道……我が信念……!!」


「信念、ね……」



 その圧倒的な存在感は、聖騎士の身体を山のように巨大なものへと錯覚させる。



「手伝ウゼ、オ前ダケジャ手ニ負エナイダロ?」


「一蓮托生、後ハ野トナレ山トナレッテネ」


 京平の両隣へと肩を並べるふたりだが、京平はそれを両手で制して前へ踏み出す。


「せっかくだけど、俺ひとりでいい。このオッサンも、ひとりだしな」


「フザケテル場合カッ!?」


「ヒロイックヲ気取ルツモリ? ソレコソ馬鹿ゲテル」


 人工的な音声に変われども伝わる憤りに京平は振り返る。通じずとも不意打ちに見回れたにも関わらず、京平は背後の存在へと黒鎖のフードの奥で視線を向ける。



「なぁ、君も無謀だと思うか?」


「はい……もう充分です。ですから――」


 悲壮感を漂わせるノワイエの言葉を遮るように、京平は視線を戻す。



「じゃあ約束してくれ、俺がアイツに勝てたら……もう、死のうとしないって」



 背中越しに伝えた言葉。その返事を待たずして、京平は聖騎士の下へと駆け出した。



 ◆ ◆



 "かゆい"。


 痛いくらいに全身に走る痒み、頭痛、目眩、吐き気。どれひとつとして正常とは呼べない状態を自覚ながら、よく動けるものだと客観的に思う俺がいた。


 格好を付けすぎた。本当に馬鹿なんじゃないかと思う。大馬鹿だ、これで負けたら歴史に名を残す馬鹿になれそうだ。



「清々しい蛮勇、感謝する……!!」


「そりゃどうもっ……!!」



 獰猛な笑みを浮かべるオッサンが、俺を迎え撃つべく放ったのは鋭い突き。"修復"の始まった黒鎖の外套に対して斬るのではなく突きを選ぶのは、必然と呼べるだろう。


 一瞬の判断ミスも許されない命のやり取り。平和な国に住んでいた俺がそんな立ち会いに果たして勝ちをもぎ取れるか。自慢じゃないが体育の成績ですら平々凡々なこの俺が――



「『変異、螺旋(チェンジ=ドリル)』!!」



 黒鎖の外套から突き出した右手。


 そこに纏わりついていた鎖が、刹那的に円錐へと姿を変えて回転していく。よくもまぁぶっつけ本番で出来てくれた黒鎖の回転ドリルが聖騎士の剣先と触れる。



「くっ!?」


 接触と共に激しく火花を咲かせた両者の獲物、競り勝ったのは――



「う、おぉぉぉっ!!」



 俺の方だった。聖騎士の剣は螺旋により剣筋を明後日の方向へと逸らされる。


 勢いを損なう事なく、俺の右手がオッサンの胸元へと――



 周囲に飛び散る赤が、俺の頬を濡らす。驚愕する俺の頬に。



「昨日とは違い、見事な一撃だ。だが、惜しい」


 額に汗を滲ませて賞賛の言葉を口にするオッサン。剣を持っていない左手一本で俺のドリルを受け止めていた。


 ただ籠手を嵌めていても、未だに回転するドリルを掴む手から赤い血が滴り、飛沫を上げる。



 反撃は逸らした剣の一撃か。咄嗟に鎖を喚び、オッサンの右手を拘束しようと――


「かはっ……!?」



 腹部に走る衝撃に、意識が飛びそうになる。剣を警戒した俺を襲ったのは、オッサンの膝蹴りだった。



「騎士ともあろう者が泥臭いと思うか? だが、我はこちらも好む質でな」



 繰り出されるのは拳。それも怪我をしている左手で、俺の側頭部を殴打してきた。続く衝撃、剣を使わない徒手空拳が俺を襲う。鎖が衝撃を吸収してくれるとはいえ、一撃一撃が重たい。次第に意識が……薄く……



 負けたくない。



 痛みすら遠くなるなかで、俺はまだ諦めていなかった。


 気まぐれか、剣で斬れば終わるというのにオッサンは拳と蹴りで俺を攻める。



 ――ここで終わるとは言わせんぞ。



 俺ではない声が聞こえた気がした。



 ――聖女様が、彼女が手を取ったのだ。我ではない、貴様の手を!!



 朧気な視界に映るオッサンの顔は険しいまま。歯を食いしばって俺を殴っている。



 ――この程度、聖騎士程度退けられぬお前に彼女を任せる訳にいかぬ!!



 拳から伝わるとでもいうのか。オッサンの言葉は拳よりも重たく俺に突き刺さる。


 まったく、どうかしてる。何を考えてるのか、俺はアンタの敵だぞ?



 ――見せて見ろ。黒鎖の少年よ。ここで終わる貴様ではないのだろう!?



 うるさい。本当にうるさい。


 アンタが俺の何を知っている。勝手な期待はもううんざりしてるんだよ。



 だから。



 勝ってやるよ。オッサン、アンタにな。



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