ノワイエ救出作戦 ―序―
ディスティーネ中央広場。
それは、この貿易都市最大の広場であり毎月、この世界でいうならば毎座毎に催し物を開くイベント会場なのだそうだ。
天候は快晴。気が付けば、この世界の雨というのを知らないな。それはともかくとして、会場は満員状態。ただでさえ次第に気温が上がり出す時間帯にこの人集り……嫌になる暑さである。
そんななか、俺は何をしているかと言えば――
「異常はあったか?」
「いえ、今のところは……」
「そうか。何かあればすぐに伝えるんだぞ?」
「もちろん、"仕事"だからきっちりするさ」
中央広場のさらに中央。
処刑台の傍に置かれている監視櫓で絶賛潜伏中である。顔バレの心配を解消すべく、変装もバッチリだ。カツラなんて付けたの生まれて初めてだよ。
「しかし、異国の冒険者に頼らなきゃならんとは……そんなに人手が足りないんで?」
「任務中だ。私語は慎め」
白い鎧のおっさん程の甲冑とまではいかないが、鈍色に光るブレストプレートにガントレット、グリーブ。腰から伸びるショートソードにボウガンがひとつずつ。
今日まで見ることはなかった監視達の正装というやつか、騎士というよりも兵士の印象が強い。
「そんな事より、お前こそ大丈夫なんだろうな。俺には丸腰同然に見えるが……」
「ギルドお墨付きの派遣ですぜ? もちろんその意味を理解しての質問でしょうね」
訝しむ視線と疑問をのらりくらりとやり過ごす。というか私語は慎むべきなんじゃないのか? 情報収集するには持って来いなんだけどさ。
派遣といっても、かず姉さんの手回しによる偽物派遣なんだけど。ブラフが効いたのか、兵士は改めて俺を一瞥すると背を向けて警備を再開した。
監視櫓の数は4つ。処刑台を囲むように四方に立つ櫓の上に監視がふたりずつ、背を向けながら周囲を警戒している。
処刑台の周囲にもまた何名かの兵士姿の奴らを見かける。きちんと抜かりなく警備に集中してしまっているらしい、隙らしい隙は見つけられない。今は、な?
どうせ作戦開始までは待機なんだ。と、仕方無しに、せめてもと俺は相方さんの注意を引く事にした。藪をつついて蛇が出ない程度には……
「なぁ、これから処刑される魔女ってどんな奴なんだ? そのくらいは教えてくれてもいいだろ?」
「そのくらいも知らないのか?」
「遠くから来たもんでね。金にさえなればと思ったんがこの有り様、気になるのは同然だろう?」
危ない危ない。いきなり蛇に遭遇しそうになったよ。設定大事、遠くからってのもあながち嘘じゃないけどね。
「奴は我が国の……いや、世界の敵さ。災害の病、死病を蔓延させた忌まわしき人物……"聖女様"とは正反対の大罪人だ」
「え……聖女?」
「え、とはなんだ。それに様を付けろ」
「あぁ、すまない。田舎者なんでね、世上には疎いんだ」
背中越しに注意を受け、俺の設定に田舎者が追加された。俺の田舎では警備に櫓なんて古めかしい物は使わないけどな。
しかし、どういう事なんだ? 聖女が魔女とは別の人物なのではないのか? 俺が知らない情報なだけなのか、それとも――
「静まれ、これより刑を執行する!!」
喧騒を切り裂き、響き渡る声。拡声器も使ってないのにその声は、広場一帯を制するに充分だった。いよいよ、か。
俺から見て左方の広場の一角、そこから中央へ向かう道を歩いて来るのは、白い鎧を纏う男……どうやら奴がこの馬鹿げたイベントの頭で間違いないらしい。
ただ、相も変わらず真っ白な聖騎士様の姿なんかよりも、俺の視線はその後方、黒いローブを身にまとう存在に釘付けになっていた。
「消えろ魔女!! さっさとくたばりやがれ!!」
「散々私達を騙して……この悪魔っ!!」
頭を垂れるよう俯きながら歩く彼女に、ここからでも響く周囲から罵声に、俺の身体の奥底が熱を持つ。落ち着け、と思えば思うほどに、冷静ぶろうとする俺さえも恨めしく思う自分がいる。
飛び交うのは言葉だけではない。何かゴミのような物から石らしき物、それらが感情のままに黒衣の彼女へと向けられ――
「静まれと言った!! これ以上の暴挙は我が道を害すべき物だと判断するぞ!!」
そのひとつ、恐らく彼女の頭部を狙ったであろう何かを白い鎧の男が素手で弾いた。完全に背後の出来事だったにも関わらず、まるで背中に目でもついているのかと思うほど、そして何よりも速い動きに罵声が止んだ。
それは、まさに騎士と呼ぶに相応しい行動なのだろう。俺も思わずして賞賛を贈りそうになるが、即座に自身を叱咤する。
「隊長らしいや、まったく……」
「…………」
どこか呆れがちで、それでいて自慢げな声に俺は改めて男を注視する。かず姉さんから昨晩の内に聞いている。
神王国デウスヘイナード。
『国王直轄近衛聖騎士(パラディン=ロード)』ヴァイス=ウィスタル。
『聖白鎧(ホーリィ=クルス)』
本当に吐き気がするよ。随分格好いいおっさんじゃねぇか。俺達の敵は。




