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俺はそれを認めない!!  作者: あげいんすと
『始まりを告げる非日常(トラブル デイズ)』
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◆ノワイエ

 

 静かな夜。


 格子窓の向こう側から見える蒼月(ルナ=ブルー)から零れ落ちる光を受け、わたしの心は落ち着いていた。


 明日、わたしという存在は処刑される。だというのに、抗う事も、それでいて諦める事も心の内に存在しない。



 わたしの死を望んでいる。



 世界の人々が、怨みを、悲しみを以て望んでいる。その無念がわたしの死で報われるのならば――



「随分と大人しい者だな、明日には亡き身であるというのに」


「やはり、普通はもっと取り乱すもの……なのでしょうか?」



 静寂に響く声に振り返ると、鉄格子の向こうに白き鎧を着た騎士……ヴァイスさんがいた。


 わたしがまだ聖女と呼ばれていた時、神王国でわたしのお付きをしてくださっていた方。再びこうして顔を合わせるのは何時以来でしょうか、精悍な顔付きは変わらず、だけどどこかやつれているようにも見えた。



「そう、だな。大抵の輩は恨み言を吐き、醜悪なまでにもがくものだ」


「そうなのですね。貴方もわたしのそんな姿を見たかったですか?」



 単純な疑問を口にした筈なのに、なぜか返事は返ってはこない。



「っ……なぜ、なぜ"御逃げにならなかった"……!!」



 不意に鉄格子を掴みながら苦渋に表情を歪ませるヴァイスさんに、わたしの胸に小さな痛みが走る。


 どれだけ外見を勇ましく、言動が厳しくても……この方の内面を、わたしはもう知ってしまっていた。神王国で独りだったわたしに優しくしてくださった方を……



「わたしは、魔女です。世界の誰もが忌むべき存在、死の病を蔓延させし凶人……咎人なのです」


「ならば、なぜあのような少年の手を取り一時でも逃げる素振りを見せたのか。今の貴女の考える事が、その仮面の奥に隠された表情が……私には、解らない……!!」



 今にも泣きそうに震える声に、わたしは自分の軽はずみな行動を後悔する。わたしが生き足掻こうと思い返したばかりに、この方を苦しめた。




 ――あぁ……やはり、わたしはダメな子だったんだ。




 偶然にも出会う事の出来た"彼"と囁かな思い出を作ろうしたのは、間違いだった。


 でも、ほんの少しで良かった。この身体に残された彼女の心に触れたかった。最後の最後に彼女が求めた日々を、彼への想いを知りたかった。



 わたしの作った料理を誉めてくれて、嬉しかった。その姿に心が震えた。


 微かに残された彼女の記憶をなぞるように、手を差し伸べてくれて、嬉しかった。その姿に罪悪感を覚えた。


 ブリッツに殺されてしまった時、胸が引き裂かれるより辛く、悲しかった。何よりも、悲しかった。


 街を歩けて良かった。彼と肩を並べて、同じ場所を歩けて嬉しかった。


 服を作れて良かった。彼女の夢を叶えるにはあまりに見栄えしない服だったけれど、彼が喜んでくれて嬉しかった。


 料理を誉めてくれるだけでなく、認めてくれた。


 わたしの家になかなか戻らない彼に、不安ばかりがよぎった。


 秘密ばかりを抱えるわたしを、赦してくれた。どうしようもなく卑怯なわたしを見逃してくれた。



 もう、充分だ。彼との日々に、わたしは満たされた。



 あの時、思い出の場所へと彼を連れて行こうとした時に、それが解った。そこで突然駆け出し始めた彼の隣に見えた"彼女の幻"に、わたしは理解した。理解してしまった。



 やっぱりわたしは、ノワイエになれなかった。と……



 笑顔を浮かべて走る彼の、京平さんの隣で、同じ笑顔を浮かべるノワイエに……わたしは追い付けなかった。



「本当に、どうして逃げようとなんてしたんでしょうね」


「……貴方が願うのであれば――」


「ダメですよ。ヴァイスさん、そうなったなら……貴方と貴方の家族に迷惑がかかります。わたしはそれを望みません……もう、願いません」



 神王国でわたしのお世話をしながら、彼は言っていた。ようやく子供が産まれる、と……誰よりも何よりも幸せそうな顔で。


 それを壊すくらいなら、わたしの道は他より無い。



「聖騎士ヴァイス。貴方の成す正義に、神々の幸多からんことを……なんて、聖女の真似事なんてもう遅いですけどね」


「何よりの至言。身体と魂が朽ち果てる時、地獄へと向かうであろう私には勿体なき言葉であります……!!」


「……必ず、わたしを殺してくださいね。世界の為に」




「……承知した。憎しみと悲しみの犠牲者よ。貴女の事は忘れぬであろう、全ての者が忘却の彼方に消し去ろうとも……我らだけは必ず、忘れぬ……必ず……」



 怨嗟にも似た言葉を残して、ヴァイスさんは去っていく。白き鎧の背中をわたしはいつまでも見送った。



 ◆ ◆



 太陽(ソル)の光が青空にどこまでも伸びる。あまりに良く晴れたこの日に、わたしは死ぬ。それはなぜか非常に勿体ない気がした。


 世界の災厄たる魔女が処刑されるのですから、暗雲立ち込める感じにはならなかったのでしょうか。



「出よ。魔女、貴様はこれよ、り……!?」



 予定の時間になったのでしょう。牢屋の前に立つ方が格子戸を開け、わたしの顔を見て驚く。



「なん、で……貴女が……」



 そうか、もしかすると……この人は何も知らされてなかったのかも知れない。



「あの、えっと――」


「隊長は、知っているんですか!? どうして我が国の恩人である聖女様が――」


「騒がしいぞ。狼狽えるでない」


「ですが……」


「貴様達は見ているだけで良い。処刑は我が成す」



 何をどこから説明すべきかと悩みましたが、廊下の向こうから現れたヴァイスさんが一蹴してくれました。やっぱり、わたしは余計な事をしてしまったらしい。



「……最後に、御顔を見られて良かった」

「そう言ってもらえれば、わたしも安心です」



 冷たい廊下を歩きながら、ヴァイスさんはそう呟いた。



 最後が始まる。わたしの最後が。



 廊下から差す光にわたしは、また一歩踏み出した。

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