創世者達
咄嗟には身体が動かなかった。いや、動けなかった。
ひと気のない路地。石畳へと染みていくジュース。そこにいた誰かの痕跡。
それはまるで――
「うっ……」
喉の奥からせり上がる嘔吐感を抑えながら、目の前の光景に重なる情景を必死に否定する。だが、否定する程に脳裏へとこびり付いた情景が鮮明に――
「――ョウッ!! キョウッ!!」
「っ……!!」
誰かが名を呼ぶ声に意識が引き起こされた。いつからそうしていたのか、ブリッツが俺の肩を揺さぶっていた。
「大丈夫か? 顔、真っ青だぜ?」
「悪い。何でもない」
冷たい氷にでも挿げ替えられてしまったかのように冷えて震える身体を動かしながら、俺はそこへと歩みを進める。
「まんまとしてやられたわね……」
「やっぱり、監視してた奴らの仕業ですか……」
周囲を見回すかず姉さんの表情は険しい。追跡をしようにも、運の悪い事に四方に道を伸ばす十字路……ジュース以外のどこにも痕跡はない。
「畜生が、つくづく自分の馬鹿さ加減を恨むぜ」
「反省してる暇なんてないぞ、ブリッツ。こうなったら手当たり次第にでもノワイエを探して――」
足を向け、踏み出す。たったそれだけの事がなぜか難しい。まるで思考に身体がついて来ない……!?
「待って、京平君。無闇に動いても無駄です…ましてやそんなふらふらな身体で何が――」
「助けに行かなきゃ……俺が……」
「キョウ……?」
くそ、動け……!! なんだってこんな時に……これじゃ、これじゃあ……
「また、俺は――」
ぐにゃりと歪み、暗転する視界。
俺の意識はそこで途絶えた。
◆ ◆
「キョウッ!?」
「京平君っ!?」
それはあまりに突然の事だった。
まるで糸の切れた人形のように地面へと倒れるキョウの身体、駆け寄ろうとする俺達の前……いや、"上からそれは来た"。
「若いの。こういう所は本当に親子じゃて……」
音もなく地面へと降り立つ存在に、俺は驚きつつ、同時に"それが"ようやく姿を見せた事に安堵する。
ディスティーネギルド、支部統括。
『創生者(フロンティア=フォーティーン) 参謀』
『亡神』と全世界に尊敬と畏怖を抱かれ、名を馳せた存在。
「"大婆ちゃん"、キョウに何を……?」
そして、俺の曾祖母である人に問いかける。具合が悪いのは判っていたが、キョウのあの不自然な倒れ方は、確実に大婆ちゃんの仕業だろう。
予想は的中、皺くちゃの顔に笑みのようなものを浮かべて肯定した。
だが、人は笑顔だと判断するであろう、その表情は……俺達には悲観している顔に見えた。
「キョウちゃんは何やら昨日から寝ておらんでの。大方どこぞの誰か達に色々背負わされて悶々としておったのじゃろ……」
「そんな事言ったってよ――」
「のうブリッツや。昨夜は言いたい放題言って、勝手に失望して、よく眠れたかの?」
「……」
「たかが聖騎士一匹に臆して、弱い者虐めをする子に育ってしまったのぅ」
「そんな事……!!」
「かずよ。お主はお主で色々と手を回しておったようじゃが……なぜ自分の手で触れようとせんかった?」
「言葉を返すようですが、ギルマス……いえ、カンナ婆ちゃん。カンナ婆ちゃんやオジサン、他のメンバーだって今に至っても傍観に徹しているではないですか……!!」
俺とは違い、俺より長い付き合いのかず姉は大婆ちゃんの前へと強い言葉と共に詰め寄る。
「ワシ等の手でいいんかの? 世界に一時の安息をもたらしたワシ等の手で、これからも、未来永劫。世界の歯車を回し続けて……」
「…………」
「かず、ワシ等の手を借りるという事は……お主の目標を、夢を自ら否定する事ではないかの? のぅ、かずや。臥威に誓った言葉……もう一度言ってみ?」
「……強くなる。貴方達を超える程、強くなって驚かせてやる」
「驚いたの、かず。弱くて、驚くわい」
「っ……うぅ……うぁぁ……っ!!」
まるで自分の事を言われているように胸が痛くなる。だけど、かず姉の悔しさには程遠い……奥歯を噛み締めて、涙を流すかず姉には。
「ブリッツ。この程度の壁を超えられんようでは、あの男には――」
「やめろ。それ以上は大婆ちゃんでも許さねぇぞ」
矛先が向く先に自然と声が漏れた。
発破をかけるつもりだろうが、言われるまでもねぇ。
「ほっほっ、ならば見せてみぃ……この大婆ちゃんを、創世者達を超えてみせよ」
「言われなくても――」
「超えてやります。首を洗って待っていてください……!!」
俺達の誓いに、大婆ちゃんは今度こそ笑みを浮かべて去っていった。
「ブリッツ。こうなったら何が何でも、よ」
「判ってる。やってやろうじゃねぇか」
括ったと思っていた腹を今度こそ、括らせた。




