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俺はそれを認めない!!  作者: あげいんすと
『始まりを告げる非日常(トラブル デイズ)』
6/99

非現実的現実

 

 予想を斜め上行く光景に、言葉が出ない。皆既日食とは似て非なる欠けた太陽というのは違和感を覚えるが、気味の悪さよりも綺麗だと思えてしまう。


 それは、茜の空の下に広がる街並みにもいえた事だった。欧風の三角屋根の家が目立つけれど、レンガの平たい屋根、トタン張りの円錐形の屋根、瓦屋根、果ては藁葺きの屋根まで。高さや色あいを含めると、どれ一つとして同じ家は見当たらない程だ。


 和洋折衷どころの騒ぎではない、ごちゃまぜ、雑多と呼ぶべき街並みが……人々の力強さみたいな物を感じさせる。



「すげぇ……」



 溢れ出した言葉は月並みで、それ以上の言葉は無駄でしかない。ここが何処かとか、そんな事を忘れてしまいそうになる風景だった。



「――。――――」



 恐らく、きっと夜景や日の出の時もまた違った顔を見せるのだろう。芸術とかよく解らない俺でさえ感動を覚えたのだ。鈴音も驚きくらいはするはずだ。



「―――せ。――えー」


「……?」



 あまり気にかからなかったけれど。何かが聞こえる、位置的にこの窓のすぐ下辺りか?

 今更ながらだが、どうやら俺のいる建物は二階建てらしく、聞こえてくる声……いや、これは歌か? それはこの部屋の真下から聞こえているようだった。



「……行ってみる、か?」


 不用心かも知れないけど。どのみち、このままでいる訳にもいかないのだ。


 別に聞こえてくる声から、それが女の子らしいとかは全く関係ない。


 微かに暗くなり始める室内から出るべく。俺はドアへと手を伸ばす。鍵はかかっていなかった。


 部屋の先は薄暗い廊下があった。俺がいた部屋と同じ部屋があるらしく、そこからはひと気を感じない。いや、気配を読むなんて出来ないけど、何となくこの階には誰もいない気がする。


 突き当たりの下り階段を、そろりそろりと降りるとドアのない部屋から明かりが漏れていた。



「――レシャスデーイズ。イェーー」


「っ!?」


 聞こえる声が鮮明になった瞬間。俺の足は回れ右をするように階段を上り始めた。


「熱い魂燃やせー、燃やせ燃やせー」



 なんというべきなのか。少女のものと思われる声が、その……歌っているのだ。


 アカペラなのに音程が安定してるなぁ、とか澄んだ声だなぁ、とか若干アニメ声っぽいなぁ、とかそんな事を考える人もいるだろう。



 だが、しかし。


 だが、しかしである。



「漲る血潮に震えるマイソウル。拳に乗せて叫べ熱い魂燃やせ燃やせー」


「…………」



 なんて、酷い歌詞だ。


 ノリノリで歌う声の主には悪いが、これは酷い。


 おかげで、というか腕にびっしりと鳥肌が立っている。

しかし、酷いもんだ。



「俺のハートは終わらない。インフィニッハー…………」



 ……終わったのか? インフィニッハーってなに? やたら発音が流暢っていうか、インフィニッハーってかっこ失笑かっことじ。


 よし、もう存分に歌っただろう。逃げたい気持ちを堪えて待ち構えて、俺は少女がいるであろう部屋へと――



「あの、すいま――」


「終わらないハート燃やせ燃やせー」


「まだ続くのそれっ!?」


「ひゃあっ!?」



 まさかの続投に流石の俺もつっこまざるを得ない。そのせいで驚かせるような形になってしまっ……た……



「「…………」」



 お互いに視線を交わしながら、幾ばくかの静寂が室内に降りる。



 俺は、唖然としていた。



 荒唐無稽な出来事ばかりだが、この光景もまた予想だにしていなかった。


 目の前には、黒いローブを見に纏い、白い仮面を付けた白髪の何者かがいたのだから。 



 不審者。


 言葉にするとあまりにも簡単な単語だが、実際は単語ほど単純ではない。



 室内を照らすランタンの温かな光が照らす白い仮面は、目の辺りに微かに開いた菱形の穴しかなく、艶のある白い髪はサラリと腰まで流れている。


 背丈は俺より低いか、黒いローブは腕や腰回りに巻かれたベルトにより絞められ、だぼついた印象はない。機能的には黒装束といった感じが近いのだろうか。暗殺者とか言われても違和感がない。 



「あの、いつからそこに……?」



 黒い不審者から、戸惑いと少なからぬ怯えの滲む声が静寂に満ちていた室内に響く。確かにいきなりツッコミを入れてしまったのは不味かったかもしれない。



「ち、ちょっと前から……かな?」



 声から女の子だろうと判断し、とりあえず少しだけ砕けた口調で返すことにする。事実、これで中身がおっさんという可能性はないだろう。ないはずだ。



「いえ、大丈夫です……けど、ということは聞いちゃったんです、よね? その、わたしの鼻歌……とか」


 仮面ごと視線を落としながらもじもじと俯けば、なんともまぁ、不気味だ。可愛らしい声と一緒に流れる白髪が揺れ具合は絶妙なのに、その外見のせいで奇妙にしか見えない。


 というか、鼻歌というよりガンガン歌ってましたよね? なんて野暮な言葉が喉から出掛かったが、どうにか抑えて俺は迅速に思考を巡らせて言葉を選ぶ。



「えっと、熱くてかっこいい歌だったね……」



 選んだ挙げ句、自分で言っておきながらも酷いフォローだと思う。燃やせとか連呼してたとはいえ、これは酷い。


 歌が好きなんだねとか、綺麗な声だったねとか、今更思い浮かぶからなおのこと質が悪い。



「……本当、ですか?」



「え? あ、うん……」


 しかし、反応は予想外に良さそうだ。追い討ちとか皮肉と取られてもおかしくないのにも関わらず。


 ただ、パッと顔を上げ、ずいっと一歩前へと踏み出された瞬間に後退りしなかった自分に拍手を送りたい。もう奇妙を通り越して恐怖に差し掛かっているのだ。



「あ、ありがとうございます」



 柔らかく響く声に、胸がドキドキする。


 声とはミスマッチな外見は、懐から刃物を取り出してもおかしくない。もしかして俺はずっと幻聴を聞かされてるのかも知れないのでは?




「そう言ってもらえると頑張って歌詞を作った甲斐があります」


「まさかの自作っ!?」


 明かされた事実に、思わず突っ込んだが仕方のないことだろう。あの色んな意味で致命的でインフィニッハーな歌詞を考えるとか、マジでかよ。




「そうなんですよ。あ、それよりお身体の方は大丈夫ですか?」


「あぁ、えっと……大丈、夫? そういえばここは君の家、でいいのかな?」



 ひとまず外傷はないけど、状況が未だに掴めないのは問題だ。言葉は通じるようだけど、彼女(?)が親切らしいのは救いだと思う。



「そうです。えっと、なんと言えばいいか……貴方が川で――」



 ぐるぐる、ぐるぐるぐぅぅぅ……



「…………」

「…………」



 何やら戸惑いがちに表情を曇らせた彼女の言葉を遮ったのは、獰猛な獣のうなり声……ではなく、空腹を告げる俺の腹。



 物凄く空気を読まない胃袋でごめんなさい。


 仮面ごしに、じぃっと向けられる彼女から視線を逸らす。この頬が熱を持つのは羞恥以外の何者でもないだろう。



「えっと、細かい話は後にしてご飯……食べます?」


「あ、いや……」



 渡りに船もいい所だが、こんな旨い話があるのだろうか、飯なだけに。 その外見から毒でも盛られるんじゃないかと思うのは俺の考え過ぎだろうか。



「どうぞ遠慮なさらずに、元々その予定で多く作るつもりだったので」



 断れば貴様を料理してやる。どの道殺されますやん。いや、そうは言ってないけども。


 結局断ることも出来ず、微かに頷いてみせると彼女は嬉しそうに身を弾ませた。



「それでは、そちらに座ってもう少しだけ待っていてくださいね?」



 正直、見ず知らずの名前すら知らない男に対して親切過ぎやしないだろうか? 疑惑と不安が高まるなか、白い長髪を揺らす彼女の背中を視線で追いかける。



「そういえば、名前とか訊いてなかったよね?」



 咄嗟に出た疑問は、とても重要な事だ。 お互いに名前を知っておく事は何もおかしくなんてない筈だ。待ってるだけじゃ、気まずいってのもあるけど。



「そうですね。そういえばわたしもあなたが目が覚めたら訊こうと思ってたんですよ?」



 小さな丸椅子に座る俺に、彼女は振り返って微笑みかける……多分微笑んだはずで――



「えっと……わたしは"ノワイエ"っていいます。 九流実ノワイエ。 数字の九に流れる実で九流実、それとカタカナでノワイエです。 誕生日はパルセノスの15。 年齢は17でクラスは恥ずかしながらシュナイダーのD5でして……」


「…………」


「……? どうかしましたか?」



 疑問の声に、俺はいま自分がどんな顔をしているのか、判らなかった。



 ノワイエ。



 彼女は自身の事をそう呼んだ。


 微かな残滓のような記憶が、その名前に1人の少女を思わせた。


 しかし、記憶にある彼女の髪は、目の前の彼女とは違う。



「いや、気にしないでくれ……」



 きっと、人違いだろう。御都合主義じゃあるまいし。そんな事があるとは思えない。


 微かな残滓のような記憶が、その名前に1人の少女を思わせた。



 とにかく、だ。



 色々と理解に時間がかかりそうな自己紹介から、彼女は九流実ノワイエという名前らしいとだけは判った。


 だからひとまずは良しとしよう。 次は俺の番だな、えっと……



「俺は佐居 京平。 佐々木の佐に居住の居で佐居、京都の京に平和の平で京平。 誕生日は6月15日。歳は同じく17歳。 クラスは2年B組……かな」


「…………」



 彼女、ノワイエからの反応がないまま沈黙が降りる。 気のせいで済ませようとした勘違いだったが、もしも彼女ならば俺の名前も知っているはずで――



「佐居、京平……さん、ですか」



 呟きにも似た声だったが、それがどこから聞こえたのか。判らなかった。


 今まで話していた彼女から他ならないという認識さえなければ、第三者の存在を疑ったであろう。



 それ程までに、小さく溶け崩れていった声は弱々しく聞こえた。



「あの――」


「すぐに、出来ますから」



 疑問を紡ごうとした言葉は、何事もなかったかのようで。気のせいだったのだろうかと思わせた。


 会って間もない間柄で、心の機微なんて判るはずもないだろう、と。

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