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俺はそれを認めない!!  作者: あげいんすと
『始まりを告げる非日常(トラブル デイズ)』
57/99

沈黙と強がりと

 

 食欲はあまりなかったが朝食を取り終えた一時の間、俺は中庭ではなく、まだ台所にいた。なぜか、ノワイエもだ。


 そして、静寂。


 ある意味において、それは穏やかな時間だといえよう。台所を微かに吹き抜けていく風の音、そこに乗せられて聴こえる鳥の囀り。安らぎの象徴ともいうべきBGMだろう。



 だが、俺の心境に安らぎはない。



 静寂というより、沈黙。


 何か言うべきなのか、されども何を言うべきなのか。長く空回りを続ける思考に噛み合う言葉を俺は見つけられないでいた。


 俺が駄目ならば、ノワイエからとも思っているのだが……対面に座る当の彼女もまた、窓の外へと視線を逸らしながら物思いに耽っているようだった。それが暇そうな雰囲気でない事だけが救いか。



 何も知らずにいた昨日であるならば、状況は変わったのだろうか。知って尚、未だに信じられない俺がいる。




 目の前に座る仮面の少女は処刑される。



 予想ではなく、断言ともいう言葉で知らされて尚、実感に乏しいのは当たり前だ。今もこうして俺の目の前で彼女は生きているのだから。



 止めるべきで、止めなければならない。


 例え、ノワイエ本人が認めていたとしても、だ。



 そうした気持ちの上であっても、俺の口から声は、言葉は出なかった。



 ノワイエ、処刑されるんだって? そんな事させないから、安心して。



 そんな台詞が自棄になる思考から浮かぶ。アホか、誰が聞いても色んな意味で頭がおかしい奴の言葉だ。不安しか感じないわ。



 ノワイエ、ここから逃げよう。



 続いてはこちら。一見良さげでも、どこに行くというのか、ましてや監視の目を抜けられる保証なんてない。処刑予定の人間を生きて捉えるような奴らでもないだろう。


 考えるだけでも鳥肌が、うぅ……さぶいぼさぶいぼ。



「京平さん?」


「……え?」



 思考に没頭してしまっていたらしい。いつの間にか、ノワイエは俺を見ていた。同時に沈黙が終わった瞬間でもある。



「何だか難しい顔をしてましたけど、どうかしたんですか? それにその腕……」


「いや、少し……考え事を、ね」



 せっかくの話題ではあるが、言葉を濁すしかない。絡まった視線を外して、下へと落とす。咄嗟に隠したそこには、両の手が微かに震えていた。



 言い知れぬ不安。なぜか思い出すのは、ブリッツの……あの表情。



『期待外れだよ』



 散々意気込んでおいて、いざという時に尻込みしてしまった俺をブリッツはそう言い捨てて去っていった。


 そう、去っていったのだ。



『もうあれと関わるの止めようぜ……』


『あぁ……あいつ、ちょっと気持ち悪いからな』


『悪いけど、もう少し離れてほしいんだけど……』



 俺の症状を知り、気味悪がって遠ざかった"みんな"と同じように。



「大丈夫ですよ」



 震えの治まらない手に、誰かの手が触れた。



「何があったのかはわからないですけど、大丈夫……」



 冷え切った手から伝わる温かさと、何の根拠もないであろうおまじないのような言葉。


 不思議と、それだけの筈なのに……震えは治まった。



「昔、わたしが泣いたり怖がったりした時……お母さんがこうしてくれたんです」



 俺の横にしゃがみ込むノワイエから響く声が、優しく、ゆっくりと染み入ってくる。



「別に、泣いてなんか……」

「大丈夫ですよ。泣くことも、怖がることも、当たり前のことなんです」



 恐ろしい程に甘美な囁き。そこへ身を委ねることなく、そう思うのは俺の強がりから来るのか。



「じゃあ……ノワイエも、怖いのか?」



 思わずして口から出て来た言葉に、自分でも驚いてしまう。同じくして、俺の言葉が予想してなかった物だったのか触れている温かな手が微かに震えた。



 あまりに不意で、不明確な言葉なのに。


 その挙動だけでも充分かもしれないけど、俺はノワイエを見る。そこにある彼女の翡翠色の瞳を――



「わたしにも、よく判りません」



 唐突に触れていた手が離れ、立ち上がるノワイエは、くるりと俺から背を向ける。


 彼女の瞳は俺の視線から逃れるように、代わりにゆっくりと流れる白髪しか捉えることが出来なかった。



「京平さん。少し、お時間頂いてもいいですか?」



 少しだけ小さく見える背中ごしに聞こえた声に、俺のなかの不安が再び影を落とす。



「……あぁ、いいよ」



 断れたら良かったのに、そう思ってしまった自分に、頭の何処かでは呆れてしまう。本当嫌になる。



「実は……一緒に来て欲しい所があるんです」



 その言葉はお願いというよりは、俺には懇願しているように聞こえた。

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