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俺はそれを認めない!!  作者: あげいんすと
『始まりを告げる非日常(トラブル デイズ)』
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空虚

 

 貸し与えられた部屋へと戻るも、俺が眠りに落ちる事はなかった。


 同じ所を繰り返す思考は、決して何かに辿り着く事なく。窓から見える空が目を覚ましたように明るくなり始めても、それは変わらない。


 ドアの向こう、ノワイエが目を覚ましたのか。微かな足音が聞こえて、思考は一時止まる。時計が無い為に時刻は定かではないが、体感的にも早朝か。少なくとも普段の俺なら間違いなく眠っている。



「顔、合わせ憎いよな。本当に……」



 罪滅ぼしに交わした約束を守る為と決心しても、気まずさは変わらない。気まずさの理由を明かすなんて以ての外だ。


 どうしたものか。引きこもっても、昨日のようにノワイエは俺を起こしに来るだろう。それなら、いっそのこと朝の手伝いでも――



「……うだうだ考えるよりマシか」



 そうと決まればと重い腰を上げるが、凝り固まった筋肉が微かに痛い。だけど気が重くても、動けば何かが変わるかも知れないし。



 軋む関節に鞭を打ちながら、階段を降りる。徹夜となってしまった身体は、予想よりも動きが鈍い。注意力も散漫になりがちだから気をつけないと――



「え……?」



 一階に降りたと同時、胡桃色をした何かが視界の隅……台所の入り口付近で動いたのが見えた。


 視線を向けるも、惜しくもその影さえ見ることは出来ず、俺は首を傾げた。


 自分の肘ぐらいの高さで、こう……さらり、とした物。そんな物あっただろうか。まるで誰かの――



「き、京平さん!? もう起きたんですか!?」


 と、視線の先から飛び出すように姿を現したのは白い仮面と長くたなびく白髪、色白素肌に白いパジャマといった……本日は白尽くしなノワイエだ。こうして見ると塗り絵のような白さだ。


 ちなみにパジャマには各所に控えめにフリルが付いており、愛らしいファッションとなっている。仮面さえなければ、本当に……


 さっき見えた何かは、なんだったのか。もしかして寝不足から来る幻覚というやつかも知れない。



「あ、あぁ……何か手伝おう、かなって……」


「私の方は大丈夫ですから……と、いうか眠れなかったんですか?」


 さり気なく断りながら、『目の所、凄いですよ?』とジェスチャーを入れるノワイエに、少なからずたじろぐ。



「あぁ、うん。ちょっとね」


「夜更かしはダメですよ? 食欲はありますか? ご飯が出来るまではゆっくり寝ていてください、ね?」



 ぐいぐいと詰め寄ってくるノワイエに圧されるが、俺も俺とて簡単に引き下がれない。どうせ部屋に戻った所で眠れる筈もないのだから。



「ほら、何かあるだろ? 力仕事とか大変なんじゃないか?」


「む、もしかして京平さん。わたしを甘く見てませんか?」



 出当たり次第な言葉で抵抗する俺に、ノワイエは思うところがあるのか、不満げに言葉を返す。いや、男女差別というわけではないがノワイエの腕を見る限り、力持ちには到底見えない。



「わたしだって、こう見えても結構力持ちなんですよ?」



 訝しむ視線と少しの沈黙が返答と受け取られてしまったらしい。そして、何を思ったのか腕を捲り、力こぶを見せるべくポーズを取るが――



「あ、いや……キレイな腕だね」



 すっきりとしたラインを描く二の腕は、不思議とドキドキしそうなくらい魅力的だ。二の腕フェチではなかったが、良い物を見せてもらったかも知れない。



「あ、ありがとうございます……ではなくてっ!! 京平さんを川から運んでここに連れてくるくらいの腕力は……絶対信じてないですよね、その目は……いいですよ、もう」



 あ、いじけた。


 若干昨日よりもテンションが高かったり低くなったりと忙しいノワイエだけど、何やら気になる言葉があった。



「いや、そんな事はないけど……川って?」



 記憶を呼び起こしてみれば、確か昨夜に丘から見た街並みに川らしい所はなかったような……いや、町外れに川のようなものが流れていたような、いなかったような……



「三日前になりますが、わたしが川沿いにいた時、京平さんが川上から流れて来たんです」


「いや、ないだろ。それはない」



 桃太郎じゃあるまいし、どんぶらこっこと流れてくる筈がないだろ。



「ほ、本当なんですってば!! 言ってるわたしもおかしな話だと思ってますけど!!」

「そ、そうなの?」



 確かに、自宅で寝ていて目を覚ますまでの事を覚えてない訳だけど……正直、どうなんだろう。



「岸に流れ着いた時には呼吸もしっかりしてましたが目を覚まさないので、どうしたものかと思いましたが……」


「いや、連れてきてくれて助かったよ……ありがとう、ノワイエ」


「いえいえ。わたしの方こそ……」



 不意に言葉を切って沈黙するノワイエに、俺も何事かと首を傾げる。



「それにしてもブリッツ、来ませんね。迷惑知らずな彼の事だから、この時間から来てもおかしくないのに」


「っ……そう、だね」



 茶を濁すように急な話の切り替わり、よりにもよってあまり触れて欲しくない話題に、俺は誤魔化すような笑みを表情に貼り付けた。上手く笑えているのか、自分でも判らないけど。



 きっと、もうブリッツは来ないかもしれない。それが自分勝手な希望的観測なのか、単なる予感なのか。自分でも解らない。


 ただ、胸に走る痛みの理由は、何となく判ってしまった。


 俺は、ブリッツの期待に応えられなかった。それが、辛く胸を刺しているのだ、と。


 ここにブリッツという少し騒がしく、結構鬱陶しく、しかし頼りになる男がいた。たった一日にも満たない……男友達の存在が――



「京平さん? どうかしましたか?」


「あ、いや……多分、昨日の仕事に関してギルドに行ってから、来るんじゃない……かな?」


「なるほど……そういえば、タマちゃん預けてますからね。てっきり一緒に行くとばかり思ってましたけど」



 そうだな。


 そんな風に賑やかな今日が始まったのかも知れない。


 異世界三日目は、あまりに静かな朝から始まった。


 

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