表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺はそれを認めない!!  作者: あげいんすと
『始まりを告げる非日常(トラブル デイズ)』
55/99

失望

 

 思考が止まる。音が聞こえるのではないかというほど脈動する心臓、反して流れる血は氷水に代わってしまったかのように冷たく、感覚が遠退いていく。



「どうやら……勘違いじゃねぇ、みたいなだな」



 目眩さえしそうな現実のなか、ブリッツは呟く。どこか苦しげに、そうであって欲しくなかったかのように。



 俺も、何か言わないといけない。何を? 不器用な呼吸しか通ってくれない喉は、声を言葉ごと失わせていた。



「初めて名前を聞いた時にピンと来たんだがよ。どうしてノワイエがお前を置いてるのか、どうにもそこだけが解せなくてよ」



 あぁ、仮にも両親を死なせた人物の息子と一緒にいられるのか。食事を振る舞い、住む場所さえ提供して……



「ノ、ノワイエは……知らないのか?」



 耳に届いたのは、あまりに弱い声で、あまりにも情けない言葉。それが自身から出た物だと判ったのは、ブリッツに睨まれてから。


 つい先ほどまで誰より頼りになりそうな面影は、恐怖で塗りつぶされてしまっていた。



「知ってなかったら、お前は救われるってか? 知らずに、昔に会った懐かしい人だから、ノワイエは優しくしてくれるってか? 情けねぇ面しやがって……」


「そんな事……」



 『失望』


 温度のない視線を切って、ブリッツは背を向けて歩き出した。俺を置き去りに、興味を無くしたかのように――



「期待はずれだよ。お前なら、って思ったんだがな……ぶっ飛ばす価値もねぇ」



「っ……!!」



 その言葉に込み上げる感情の名前は、解らない。ただ、力の入らなくなった身体は、地面に膝を付いたまま動く事を忘れてしまう。



「あ、あぁ……ああぁぁぁぁっ!!」



 一人残された俺はただ、行き場のない感情を意味のない叫びとして吐き出すしかなかった。


 どうしようもなく、どうかなってしまいたかった。ただ、どうしようもなく、どうかなってしまいたかった。



 ◆ ◆



 それからの記憶はない。


 ただ、俺の視線に映るのは、壊れた店構えの建物だ。どうして、戻って来てしまったのか。どうして、ここに来てしまったのか。



「あ……」


「っ……!!」



 そこに立つ人の姿を見た瞬間に、竦んだ足は駆け寄ろうとしたのか、逃げ出そうとしたのか、何も果たすことが出来なかった。



「京平、さん?」


「…………」



 数時間前と同じ様に、店の前で佇んでいたノワイエに、俺の心だけが変わっていた。安堵さえ覚えた彼女の声さえ、今は怖いのだ、怖くて仕方がない。



「どうかしたんですか? 部屋にいないので驚きましたよ?」


「……ごめん、なさい」



 責めるつもりなど欠片もない優しい声色が、胸を裂く。


 いっそのこと怒って欲しかった。待ってなんかいないで、このまま忘れて欲しかった。



「なにか、あったんですか?」


「…………」



 俺はこれまで自分でも情けない、情けないと思っていた。しかし、今この時ほど強く思った事はない。


 彼女の優しさに漬け込みたくない癖に、彼女の両親を殺した男の息子だと明かす事も出来ない。中途半端に覚悟を決めたつもりの自分が、滑稽以外の何者でもない。



「ここにいても仕方ありませんから……なかに入りましょう? ね?」


「…………」



 優しさなんて向けないで欲しい。


 主人公になれない俺は、結局脇役ですらなく、キミの仇とも呼べる存在なのだから。



「……約束しましたよね?」


「え……?」



 唐突の問いに、枯れた声で返してしまった。仮面で唯一見る事の叶う瞳が悲しげに揺れているような気がした。



「まだ、私と一緒にいてくれますよね?」



 懇願だった、紛れもないそれは。罪滅ぼしに交わした約束を口にする彼女が何を考えているのか、俺には判らない。



「……それで、いいのか?」



 この後に及んでまだ弱い自分に、ノワイエは頷く。まさか、知らないのか。


 傍に置こうとしている俺が、キミにとって何者なのかを、知らないのだろうか。



「もちろんですよ。京平さん」


「……わかった」



 その姿はなんだか眩しくて、胸の痛みが消えてしまいそうだった。


 弱さを溶かし、隠してくれる。そんな無償の優しさに報いる事を、彼女に従うより他に、頼るより他に俺にはなかった。




 ただそれが、ノワイエへの罪滅ぼしになるならば、俺はこの罪悪感という痛みを抱えたままでいるべきなのか。


 弱さ故の迷いは晴れぬまま、俺はノワイエと店へと足を踏み入れた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ