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俺はそれを認めない!!  作者: あげいんすと
『始まりを告げる非日常(トラブル デイズ)』
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その名前

 

 微かに強さを増した風が草原を波立たせる。強い月明かりを微かに反射させる葉が揺れ、仄かに香る草の匂いに気持ちは申し訳程度には落ち着く。



「なぜ、ノワイエがそんな目に遭おうとしているかといえば……二年前、全世界に蔓延した奇病が始まりだ」



 高ぶりを抑える為だろうか、どっかりと岩場に腰を落ち着けながらブリッツは街並みを見ながら言葉を紡ぎ出した。



 最終神極世界(ラグナレクエンド)全土に発症した奇病により、数え切れない人が命を落とした。感染した者の数とほぼ同数の死者を出した奇病、それは文字通りに死の病として世界を恐怖と悲しみに陥れる。



 ノワイエの両親もまた、その病に冒されて覚めることのない眠りについたという。


「ノワイエ自身もまた、病に冒された。致死率99,99%の難病に、な……」


「それは……」



 果たして生き残ったというべきなのか、両親だけでなく、知り合いだっていただろうに……



「それを知った人々は、ノワイエを奇跡の聖女としてアイツを崇め始めた。どうかしてると思わないか? 病が殺し尽くした後になって、ただ生き残っちまっただけで、世間はアイツに何を背負わせようとしているのか……!!」


「…………」



 ノワイエは、きっと断らなかったのだろう。それだけの精神力があったのかさえも判らないけど、心に出来た深い傷を癒やす事なんて出来そうもないだろう。



 そんな俺の予想は奇しくも当たった。奇跡の聖女として、ノワイエは神王国デウスヘイナードで来る日も来る日も人々を癒やした。俺にやってくれた厨二術もその際に至ったらしい。


 苦痛を訴える人々の声に耳を傾け、癒やし、また次の苦痛を聞く。どれだけ癒やしても癒やし足りない人々の苦痛と、癒してもらえない苦痛を抱える日々。それを地獄と呼ばずして何というのか。



「初めから俺達は反対していたのに、自分に出来る事があるなら……ってよ」


「なんかノワイエらしい……会ったばかりの俺がいうのも何だけどさ」


「一座前、ノワイエと再会した時は……なんていうか、その姿を見た瞬間、俺も気が付けばノワイエを連れ来た神王国の騎士をぶちのめしていたよ」



 ひとざまえ? ひと月前とかそういう解釈か? それにしても、怖いもんだな。俺もその場にいたら同じ事をする自信があるけど。



「神王国からの話ではよ? この女こそ奇病の原因である。魔女の血で神王国を汚すのは許されざる事、よってこの地に魔女、『存在せぬ(ノーバディ)』の処刑という誉れを与える……ってよ。キョウ、落ち着け」


「……悪い」



 気が付けばブリッツを殴りそうになっていた。代わりといっては何だけど行き場のない拳を自分の手のひらに打ちつける。痛いほどに、痛いほどに苦しくて、やりきれない。



「ノワイエは、何をした? くそったれが……」


「……っ」



 震えるブリッツの身体に思わず視界が滲みそうになり、俺は空を見上げた。悔しいくらいに綺麗な星空さえ、今なら憎めそうな気持ちだ。



「初めこそ、誰も信じなかった。ノワイエを知るヤツは特にそんな話に聞く耳も持たなかった。だけど、ノワイエが言いやがるんだよ。自分が病を呼び起こした、憎むべき存在だってよ」



 そして、人々は信じてしまった。


 死の病から生き残ったという存在を奇妙な生き物として、認めてしまった。



「俺やかず姉、大婆ちゃんは何回も以前と同じように接しようとしたんだ。奇病なんかが発症する以前と同じように……だけど――」


「ノワイエはそれを拒んだ、か……」



 あれで頑なな部分があるノワイエだ。だからこそ腑に落ちない部分も出てくる。



「でも、それなら俺はどうしてノワイエの近くにいさせてもらえるんだ?」



 親しかった人との関わりを捨てた彼女が俺に手を差しのばす理由が判らない。いったい、なぜ……



「"覚えてないのか?" キョウ」



 風が止んだ。同時に草の囁くような音達も、一切が静寂に満ちた。


 何を、そんな言葉さえなぜか俺の口から出てくる事は叶わない。



「そこにある石碑の前で、俺達は会ってるんだよ。キョウ」


「ブリッツ……?」



 俺の前に立つブリッツが、徐に懐から取り出した物は……一枚の写真だ。


 写真なんて物がこの世界にあるのか。そんな些細な疑問も、確かな月明かりに映し出された写真の前に霧散する。



「ノワイエは犯人じゃない。だから、俺は奇病に関して調べたんだが……そこがひとつの噂が出ている事が判った」


「なんだよ。これ……」



 写真を持つ手が勝手に震える。そんな事がある筈ない。これが本当なら――



「キョウ、しっかり聞けよ。お前は"初めから関係者"なんだからよ」


「っ……」



 不意に胸ぐらを掴まれる。そこにあるブリッツの目は、声は……怖かった。何より怖かった。



「奇病だの、死の病だの言っていたが……初めから名前が、そいつにはあるんだぜ?」



 覚悟をしていた筈だった。


 だというのに、目を閉じたかった。耳を塞ぎたかった。



 手にしていた写真が地面へと落ちる。



 この石碑を前に写されたと思われる集合写真が。



「『災害の病魔』って名前がな」



 親父や母さん、隣に住む周治叔父さんやセリア叔母さんが写真には写されていた。


「奇しくも"お前の親父と同じ名前"だな。佐居 京平」


「嘘、だろ……」



 幼き頃の俺と灯衣菜、鈴音もまた写真に写っていた。



 ブリッツの言葉が真実ならば――



 『佐居 臥威の病魔』



 ノワイエの両親を殺したのは……




 俺の親父、という事になる。



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