決断(2/26 修正)
勝手知ったる人の家。
俺も隣家に於いては自宅顔負けに居座る事がある。家族同然の付き合いをしているのが起因しているわけだ、幼少期には一つの家族と勘違いしていたくらいだ。
だが、しかし。
「それで、明日はどうするよ?」
どこから拝借したのか、爪楊枝を加えてどっかりと椅子に座るブリッツを見て思う。これはただの傍若無人だ。
結局、昼食だけではなく、夕食もちゃっかり同伴した不逞な輩だ。逞しい身体つきでも不逞とはこれ如何に。
ノワイエはノワイエで、もう諦める事にしたのか追い返す事をせずにタマちゃんを膝の上に乗せている。しかし、その視線は語っている。早く帰れと。
「明日、かぁ……」
俺はどちらの味方という訳でもなく、呟く。取りあえずの所、異世界生活は明後日まで、今日だけでも良くも悪くも非常に濃い一日だったが……
「俺としては、キョウの行きたいところについて行くぜ?」
「うわぁい、嬉しくねぇ」
「ブリッツ。京平さんもこう言ってますから明日は来ないでよね」
「……嘘だろ? ほら、キョウも冗談言ってねぇでよ」
「あー、いや、うん……冗談、だよ?」
「そこは自信持てよ!?」
いや、頼もしい部分はあるけど。たまに怖いくらいスキンシップ取る所は……ごめん。ほら、今だって詰め寄ってきてるじゃん。近いって。
「ったく、帰ればいいんだろ? でも明日も来るからなっ!!」
退き際を察するのが遅すぎた男は、そんな捨て台詞を吐きながら台所を後にする。と、その気配を敏感に察知したタマちゃんもブリッツの後へ続き……
「ナーッ」
「ってお前、お前はこっちじゃ……ほら、来るんじゃねぇって……はぁ、仕方ねぇな」
ここからは見えないけど、なんとなく声だけでその顔がにやけているのが判る。本当、頼もしいヤツだわ。本来なら仕事を受けた俺が世話するべきなのに――
「あっ……」
不意に声を上げるノワイエが、ブリッツの出て行った場所を見た。そして何かをやらかしたかのように、ため息を漏らした。
「どうしたの?」
「いえ、ブリッツにタマちゃん連れてくるという理由を作らせてしまったな、と……」
あぁ、そういう……それじゃ、明日も騒がしいのか。複雑な心境に俺も遠い目をしてしまう。そして、明日も迫られるのかな……はぁ。
「でも、そんなに避けようとしなくてもいいんじゃない?」
「…………」
何気なく問いかけた言葉に、返る言葉はない。不意に視線を移すと、どこか元気がなさそうに見えるノワイエがそこにいた。
表情が見えないのに不思議だけど、なんでだろう。この雰囲気は何回か感じた、寂しげで、悲しい――
「何か、理由があるのか?」
重ねた言葉にノワイエの肩が小さく震え、その翡翠色をした瞳が此方を向いた。
彼女には込み入った事情がある。それを知りながらも俺は目を向けなかったというのに、今はそれを知ろうとしている矛盾に自分が滑稽に見えてくる。
「……すいません。言えません」
「嘘を吐こうって思わない? 俺は何にも知らないんだからさ」
反射的に出た言葉に、しまったと思ってももう遅い。責めるつもりはないのに、つい棘のある言葉が出てしまった。
でも、いい加減に訳の分からない事ばかりだと俺だって……
「京平さんには――」
俺を見るノワイエの瞳に一瞬、炎が灯ったような気がした。その声が震える意味に心臓が一際強い鼓動を打つ。
怒りにも似たような激情は、しかし次の瞬間には冷め、萎んでしまった。小さく吐き出した吐息は何を諦めたのか。
所詮、俺には関係ない事で、他人が横槍を入れる事ではない。
そう言われてしまっては、俺はもう引き下がるしかない。そう思っていた。
しかし、ノワイエの口から出たのは――
「言えませんよ。京平さんには……」
諦観にも似た言葉。余りにも理不尽に宙ぶらりんな言葉。拒絶よりもガツンと頭を打ちつけられるような錯覚に、俺は――
「なんでだよ。知りたいって、教えてほしいって……力に、なりたいっていうのに」
歯止めの効かない感情、情けない自らへの苛立ちに頭の奥が熱を上げる。
訳が分からないだろ。確かに俺なんかじゃ解決出来ない事かも知れないけどさ。
「言えません。絶対に」
「……そうかよ」
熱を上げる俺とは反対に、ただひたすら静かな言葉を返すノワイエに、俺のなかの何かが冷めた気がした。
先ほどよりも早く、確かな返事に、俺の胸の奥の熱が冷めた気がした。解らない、だけど知ることが出来ない。
これが出来のいい物語なら、無敵の主人公はヒロインを格好良く、救い出したのだろう。
「俺が『ガラクタ』じゃなかったら――」
握る拳のなかに、きしりと軋む音が響く。また錆び付いた鎖でも出て来てしまったか……猫一匹捕まえる手伝いしか出来ない役立たずの鎖が。
「わたしも……わたしも『ガラクタ』です。いえ、役に立たない。本当のガラクタ……」
「え……?」
零れ落ちた言葉に返って来た言葉に、俺は思わず顔を上げた。
果たして、仮面の奥。そこに彼女は何を秘めているのか。どこまでも静かに、彼女の声は続く。
「でも、だけど……ようやく役に立てるんです。その為に秘密にしなくちゃいけない事が沢山あるんです」
独白のように、話す事を許された唯一の事のように、ノワイエはそれだけ口にした。
同時に、俺のなかで一つの事が決まる。それは薄暗い部屋を照らすランタンの小さな灯火のような決意だ。
彼女が言えないのなら、彼女から聞けないのなら。俺は――
『ガラクタ』なりに出来る事をする。引き下がるには、既にもう遅過ぎた。




