違和感だらけの起床
いつの間にか寝ていたらしい。微かに感じる寒気に身じろぎしながら俺はゆっくりと目を開ける。
茜色の日が差す室内は、まったく覚えのない部屋だった。
「は……?」
木製の梁が伸びる天井に、木製の机と上に乗っているランタンのような何か。寝ているベッドは固く、多少厚みのある布は毛布だろうか……ベッドからずり落ちて役目を果たせていないのだが。
いや、そんなことはどうでもいい。いや、よくないけど。
いったい何が起きた。起床ではなく、出来事という意味で。
身体を起こして、自分の身体を見回す。学生服を着ていたはずなのに、シャツとパンツだけだった。寝る時は確かにこの格好なのだが……脱いだ記憶はまるでない。
「え、なにこれ……」
額に手を当てながら、考える。
もしかして、記憶喪失かと思い、自分のプロフィールを思い返す。
名前は佐居京平。歳は16才。誕生日は6月15日。血液型はO型。私立榊沼学園2年B組。出席番号4番。家族構成は筋肉質で頭のネジが抜けたゴリラな父と、背が小さい事を気にしている怒らせたら恐い母と、ある意味母よりも怒らせるとヤバい妹が1人。隣に家族ぐるみのお付き合いをしている紀伊の家族構成は……いらないか。うちはしがない喫茶店だけど、それなりに常連さんもいる店で……
「記憶の喪失は、ないな……」
どこか怪我をしているわけでもないし、ひとまずは安心か。いや、安心できるわけない。
「ってか。本当にどこだよ、ここ」
自分に対する記憶があったとして、少なくともここいる事に対する記憶はどれだけ思い返せど判らない。寝てる間に連れてこられたか。
ひょっとして……思い当たる節はある。これが、これが誘拐というヤツなのか。
だが、どうして?
悪いが店の経営は上手くいってると言えども繁盛とは呼べないから身の代金の線はない。恨みを買うような真似もしてない。馬鹿だけど真っ直ぐな親父と、近所付き合いも良好で人間が出来ているという外面が出来ている母さん。それに……
「紀伊の家が黙ってないだろうし」
仮に恨まれてたとしても、これほどの事が起きる前にあの人達によって闇に葬られるだろう。
つまり、誘拐の線はまったくない。
徐々に落ち着きを取り戻し始めながら、再び幾つかの違和感を覚える。それは自分から伸びる影。
俺が帰った時、確か日没寸前だった。そこからどれだけ仮眠を取ったのかは定かでないが、少なくとも……
「丸一日寝てたわけでもないよな」
意を決して、ベッドから立ち上がる。床はフローリングというより板張りに近いらしい、小さな家鳴りを響かせた。
改めて見渡す室内は、机やクローゼット、空白ばかりの本棚、川の描かれた絵などがある。整然としているというよりも、生活感がないという言葉がしっくりくる。
「もしかして電気が、ない……?」
天井に蛍光灯はなく、テレビは疎かコンセントもない。唯一の照明であろう机の上のランタンは、使い込まれているのか。軽く振ると、燃料が入ってると思われるタンクからちゃぷちゃぷと音がした。
このまま色々調べようかとも考えたけど。俺の視線は、茜色の光が入る窓へと向いていた。真っ白なカーテンが微かに揺れて手招きしているようにも見える。
正直、まだ夢の途中ではないかとすら思う。額から微かに滲む汗、逸る気持ちに高鳴る胸、そのくせに身体は冷たい。果たしてこんなリアルな夢があるだろうか。
夢だという事を望んでも、否定材料ばかりが浮かぶとはどうなのか。
ゆっくりと窓辺へと進む一歩が重い。唾を呑んで、どれだけ時間をかけたのか、俺の手が窓枠の横に触れる。
緊張は一瞬。思い切って踏み出した一歩で俺は窓の正面に、茜色の日差しを正面に受けた。
視線の先、窓の向こう。
そこは、まるで見覚えのない街並みを眼下に、地平線へと落ちる"三日月の太陽"が見えた。