◆盟約
普段よりも静かに夜が訪れる。いつからかチャンネル争いがなくなったリビングのテレビのように、静かに流れる時のなかで私は夫と食事をしていた。
「……やっぱり、静かだな」
「久し振りの二人きりだもの。それに、いつかはこんな日が日常になるのよ?」
珍しく大人しい夫の姿に、似合わないセンチメンタルさを見て私は思わず笑ってしまう。
時間の流れは止められない。遠くない将来の予想図を思い浮かべる。
歳を取り、子供は成長する。いつか巣立ち、私達の下を離れていく。
寂しいようだけど、きっとそこには嬉しい事もあるだろう。なによりも、あの子達の成長を見られるだけでも充分かしら――
「正直に言おう。俺ぁ、もしかして焦ってたのかも知れねぇ……」
「私にとって見れば、猪突猛進なアナタはいつも焦っているように見えるわよ」
「いつもならな。だが、今回は違う」
不明確な言葉でも何を言いたいのか、伝えたいのか、何より知ってほしいのか、それくらい判るくらいには私達は共に歩んで来た。昔なら考えられない、と気付けば私までセンチメンタルな気持ちを抱いてる事を知った。
「仕方ないわ。時間も限られていたし……いざという時の保険だって――」
「判ってはいる。だけどよ、もしもを考えちまうんだ……世界を救った英雄様が情けねぇ」
「英雄だって神様じゃない。それはよく解ってるんでしょ?」
万全を期しても予想外は付きまとう。むしろ万全を期したからこその予想外なんて、どうしようもないのに。
「一人じゃないわ。臥威、それだけは忘れちゃダメ」
「あぁ、お前がいなきゃダメだな。俺ってヤツは……」
「ふふっ、何を今更……本当に、歳を取ったものね」
「まぁ、なんだ。これからも宜しく頼むわ」
大きな身体で小さく頬を掻く姿は、なんだか可愛らしくて愛おしい。お互いに心が繋がっているってこういうことかしら。
「でも、アナタのそんな姿を見たのも随分と久しいわね」
「うっ……」
ついつい悪戯心に火がついたように、私は押さえきれない笑みを口元に浮かべる。獲物を見つけたヘルヴァイパーもかくやといった所か。ふふっ、弄るわよー。
「あれは何時だったかしらね。京平がまだ小さい頃、初めて自転車を買ってあげた時かしら?」
「あぁ、6才の誕生日にプレゼントした時の事件だな……つか、よく覚えてるなそんな事」
「あら、世間ではそういうの、おまいうって言うらしいわよ?」
「ま、またおかしな所から引っ張ってきた言葉か?」
「話を逸らすのは話をされたくないからかしら?」
まったく、なんでこの世界の言葉を彼が知らないのか、こういう所は私にはまったく理解できないわ。まぁ、それはそれとして。
「あの時も言ってたわよね。『俺が目を離した隙にキョウがいなくなった!!』って……あの時は大変だったわよね」
「だってよ。まさか隣町だとは思わなかったぜ?」
隣町を思いつかなかったからと言って、なんで神王国まで探しに行ったのか。迷走っぷりには呆れて物も言えなかった。
「灯衣菜は泣き出すし、鈴音が見つけて来るまでに帰って来たのはいいけど……」
「いやぁ、流石は鈴音だっ!! アイツには足を向けて寝れねぇってもんよっ!!」
「調子のいい……」
お隣にもお国にも迷惑を掛けた大騒動になったというのに。
「こうやって、いつまでも思い出話をしていたいわね。私達」
少しの沈黙から不意に過ぎる寂寥の残滓に、臥威だけはいつもの笑みを浮かべていた。私の好きな強い笑みを。
「過去ばかりじゃねぇさ。これからも、だ。それが"アイツらとの約束"だからな」
「えぇ、だからこそ。今回は他の誰でもない、京平じゃなきゃダメなのよ」
我が子に押し付ける形になってしまったけど。それは悔やむべき事だ。
でも、あの悲劇の後に初めて知った。あの二人の宝である"あの子"を助ける為は他に手立てを見つけられなかった。
何もかも全てが手遅れになる前に。
「何、俺とお前の子だ。次こそ……いや、必ずなんとかしてみせるさ」
「……そうね」
思わず歯噛みをしてしまう。もしかしたら、何かを間違えてしまったのかもしれない。それが何か判らない不気味さが心に影を落としていた。




