表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺はそれを認めない!!  作者: あげいんすと
『始まりを告げる非日常(トラブル デイズ)』
47/99

居場所

 

 かず姉こと受付のお姉さんと別れ、俺は一人、夕方の路地を歩く。出来るだけ人の目がある通りを選ぶのは、心細さとなるべく変な奴に絡まれる事がないようにだ。


 遠くから響く鐘の音は、街の中央から天高く聳える塔から。思えばあの塔はなんなのだろうか。まだまだ俺の知らない事が多い、街の事も、この世界の事も。


 聞こえてくる子供達のはしゃぎ声、夕餉の匂い、長く延びる影、茜色に染まる街並みは見知らぬものでも、郷愁が過ぎるから不思議である。



 俺が初めて自転車で遠くの町へと行った時を思い出す。あれは何才くらいの事だったろうか。どこか遠くに一人で行ってみたかったという理由で、誰にも知らせずに飛び出した事は覚えている。


 冒険心が旺盛な俺だったけど、次第に不安が心に影を落としていった。今のように、見知らぬ世界で過ぎていく時間が怖かったからか。


 帰る道である筈なのにペダルを漕いだ分だけ帰る事が出来なくなりそうで、手押しで歩いたんだ。結局帰り着いたのは夜になってからで、母さんに凄い叱られて、泣いてる俺と一緒に灯衣菜も凄い泣いて、親父が凄い笑っていた。あの野郎……



「……ノワイエ、怒るかな」


 次いで過ぎった予感。ここまで時間が経かるとは思わなかった、これも全部チンピラ共が悪い。


 擦り傷や打撲が出来たくらいだ。よく見れば、服も汚れたり、破けてしまっている。これは不味いかも知れない。帰らないと不味いのに、帰っても不味いとは困ったものだ――



「……"帰っても"、か」



 足が止まり、思考した言葉の違和感が口から漏れ出す。気付いてしまってからでは引き返せない、迷路のような気分だ。


 帰る場所。それがどういった意味合いを持つのか、どうでもいい事かも知れないけど、何故か見過ごしてはいけないような――



「もし、そこの人」


「え……?」



 突然の声に顔を向けると、そこにはローブを纏う老婆がいた。水晶玉を乗せた簡素な机を置き、それはいかにも占い師といった様相だ。



「何やら迷っておるのではないかの? よければ占ってやるがの」


「逆に訊くけど、迷ってない人はいるのか?」



 胡散臭い謳い文句に対して、からかうように言葉を返す。ほんの少しの鳥肌を感じつつも、老婆に促されるままに対面の椅子へと腰を下ろした。



「ふむ、確かに迷わぬ者などそうそうおらぬ。ワシもお主に声をかけるべきかと迷ったくらいじゃからの」


「結構誰彼構わず言ってるもんかと思うけど、この世界……あ、いや。占いなんてあまり見たことないけど、実際の所はどうなの?」



 冷やかし半分に老婆と世間話でもする気軽さで、俺は問いかける。何となく帰るには遅すぎるせいか、こういう時は道草が捗るから不思議なものだ。



「信じるも信じぬも人次第、依存や逃避をせず、気休め程度に受け取るのが一番じゃて……こう言っておけばワシも占いが外れた時に言い逃れの一つとなろうよ」


「押し付けがましくないのは好感持てるけど……普通はそんな事言っちゃ駄目じゃない?」



 不安は伝播してしまう。それこそ迷いが読み取れる占いほど怪しいものはない。


 だが、のらりくらりと言葉を返す老婆は、少なくとも俺から見て詐欺臭い感じは薄く見えた。人生経験の浅い俺から見て、だが。



「お互いに人を見る目が確かなら、腹をさぐり合う必要もないと思うんじゃがの?」

「両想いなら嬉しいね。幾らになる?」


「うむ。となればこの出会いが運命と信じて無料で見てしんぜよう」


「胡散臭い運命には感謝したいね。それじゃ頼もうかな?」



 信用した訳ではないけど、老婆も言った通り当たるも八卦当たらぬも八卦だ。可能ならばノワイエが怒ってるかどうか分かると嬉しい。


 水晶玉に手をかざし、如何にも占ってますと言わんばかりの老婆に、不思議と居住まいを直しながら俺は待つ。



「ほほっ、婆の戯れに付き合う旅の若人よ。そなたの道は困難を極めるであろう、古き盟約は色褪せたが消えず、しかし進む先は茨の道なり。安寧を求めるなら悲劇から目を背け、聞かず、知らずにいるべし、その鎖に巻かれた檻を、安寧と呼ぶのなら……痛みを恐れず、痛みを忘れず、想いに真っ直ぐ向き合って生きるがよい。少年よ」


「……なるほど」



 テレビの星座占いでしか占いを知らなかった俺にとって、まさに本物らしいそれは心を打つものだった。



「ラッキーカラーは白。ラッキーアイテムはパンじゃ」


「一気に軽くなったなオイ」



 それで思い付く人物がいるから不思議だけどさ。ラッキーなら怒ってないよね、大丈夫だよね?



「ほほっ、信じるも信じぬもお主次第じゃ。ついでに、お主の帰りを待つ者は……あっちの方角におるようじゃな」


「……それじゃ、信じてみますかね」



 指し示した方角の先には、ノワイエの家がある。凄いな占いって、これは依存するってのも判る気がする。


 と、帰る前に懐から一枚。未だに使い道の見えない硬貨を机の上に置く。チンピラにやってしまった分と合わせて残りは一枚か。貯金が苦手なのは治すべきだよなぁ。


「婆ちゃん、気分が晴れたよ。今夜はうまい飯でも食うと良い」


「太っ腹じゃの。しかし、気前の良さは美点じゃが……ちゃんと働いて稼いだ金を次の時に貰うとしよう」



 まさかの返金に驚きは禁じ得ない。確かに働いて得た物と呼ぶには違うけど……いったい何者なんだ、この婆さん。



「じゃあ、次があればその時に……」


「うむ。その時は意外と近いかもしれんがの。達者でな、キョウちゃん」



 なんとも不思議な婆さんだ。再び帰路につきながら、夜の帳が降りる街へ――



「…………え?」



 瞬間、背筋がぞっと粟立ち、反射的に振り返る。



 残照の差す路地には、誰もいなかった。


 名乗った覚えのない俺をキョウと呼んだ老婆は、煙のように姿を消していた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ