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俺はそれを認めない!!  作者: あげいんすと
『始まりを告げる非日常(トラブル デイズ)』
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責任と覚悟と

 


 何が起きたのか、判らなかった。



「ダジルッ!! しっかりしろダジルッ!!」


「腕が、オレの腕がぁぁ……っ!!」



 目の前にあったのは、血を流したまま歪に曲がった腕を抱くようにうずくまる男と、駆け寄る二人の姿。


「てめぇ、やりやがったなっ!!」


 まるで透明な壁を隔ててみるような光景のなか、一人の男が俺の頬を殴って、それが初めて現実なのだと解った。



「っ、ごめ――」



 石畳に転がされながらも反射的に出ようとした謝罪の言葉は、続くように腹部を足蹴にされた事で空気と共に吐き出される。


「くそったれがっ!! やっちまえ!!」


「鎖を出す暇を与えるなっ!!」


「このっ!! このっ!!」



「やめっ……て……ぐぅっ!!」


 いったい何故。拘束はいつから解かれたのか、何も判らない。ただ、暴力に晒されながら必死に痛みに耐えるよう身体を丸めるだけしか出来ずに――



「貴方達っ!! 何をしてるんですかっ!!」


「くっ、ギルドのヤツかよ!! 行くぞ!!」


「この野郎っ!! この……っ!!」


「ダジルッ!! 早く来いっ!!」



 全身に響く痛みと塞ぎ込んだ視界、混乱する思考が助かった事への安堵を理解する。同時に胸の奥が酷く熱くて痛くて……



「キミっ!! 大丈……えっ?」



 差し伸ばされた手と、聞き覚えのある声に俺は顔を上げるのが怖かった。ある意味では暴力を受けるよりもずっと、怖かった。



「……京平、君?」



 そこにいたのは、ギルドの受付をしていたお姉さんだった。



「っ……!!」


「あ、ちょっと待――」



 痛みに悲鳴を上げる身体を無理やり動かして、逃げるように走ろうとする俺だったが、もつれる足は言う事を聞かずに……盛大で無様なまでに転ぶ。それで、何かに諦めがついた。



「くそっ、くそぉ……っ!!」



 心底嫌になる。何も、かも。何も、かもだ。上手くいかなくて、泣きたくもないのに涙が視界に広がる青い空を滲ませる。


 惨めで、無力で、弱くて、あまりにも弱くて。


 知り合いがすぐ傍にいるというのに、俺は癇癪を起こした子供のように泣いた。



 ◆ ◆




 どれだけそうしていたのだろうか。茜色に染まり始める今になっても壁に背を預けて座り込む俺に、受付のお姉さんは何も言わずに隣に立ったままでいた。



「……笑っちゃいますよね。格好悪くて」


 あまりにも何も言ってこないからなのか、俺の口からそんな言葉が漏れた。それがまだ震える声で、もう本当にままならない。



「…………」


「どうして、何も言わないんですか。どうして、ここにいるんですか。どうして、どうして――」



 一度零れ落ちた言葉から堰を切ったように俺の口は閉じるのを止めない。壊れた蛇口のように、止められない。



「どうして、助けになんて……来たんですか?」



 馬鹿だと思う、自分でも。いったい何を言ってるんだと。男の癖に情けないと――


「ぶふぉっ……!!」



 初めて聞こえたのは、叱咤でも慰めの言葉でもなく、空気の漏れ出すような音だ。


 まったくの予想外。だから思わず視線を向けると、そこにはお腹を抱えて笑う彼女の姿があった。



「あ……いや、ごめん。ぷっ、く……」



 何がおかしいのか。そんなに面白いのか。無意識に振るった腕を理解しても、もう遅い。


 夕日に照らされる鎖は、受付のお姉さんの身体を拘束するように――



「だから、ごめんってば」



 埃を叩くように、鎖をちぎって払い落とした。しかも、笑いながらである。



「なんで……」



 チンピラを一時は締め上げるくらいの力があった筈なのに、どう見ても彼らより力のなさそうな女の人にあしらわれる様に、戸惑いは隠せなかった。



「これがキミの厨二術? 鎖とはまた特殊なモノを……もしかしてそういう趣味でも?」


「これしか使えないん……だよ」



 悪戯に笑むこの人に果たして敬語を使うべきか、迷いながらも不器用に答える。すると受付のお姉さんは少し驚いたように目を見開き――



「自分の力を軽々しく明かさないの」


「うぐっ」



 避ける暇もなく頭を……よりによって、たんこぶの上を叩くものだから軽い勢いでも結構痛かった。



「あら、ごめんごめん。ほらほら痛いの痛いのとんでけー」


「っ、馬鹿にして……そんなので治ったら……」



 ……治ったよ。


 唖然とする俺に、受付のお姉さんはしたり顔で見てくるから腹立たしい。



「ちなみに、この手のなかに京平君の痛みがあります」


「そんな馬鹿な、何を言って――」



 流れるような手つきで俺の肩に触れる受付のお姉さん。直後に激痛がそこから走り……ってマジでかよ!? 痛い痛い!!



「今のは、何言ってんだこのババァ頭沸いたか? という視線を向けた罰です」


「被害妄想でいたぶるのやめてもらえませんかね!?」


「では、こんな美少女にいたぶられてご褒美過ぎると?」


「いや、それはない。痛い痛いごめんなさいごめんなさい!!」



 ぐりぐりしないで!! 打撲とたんこぶがくっ付いてるんだから、やめてあげろください!!



「馬鹿馬鹿しいけど、これが厨二術なのよ。子細は企業秘密ってね」



 指先を口元へ、軽くウインクしてみせる姿は確かに可愛いと言っても過言ではないけど。



「……ちなみに脳みそに一点集中させる事も可能ですよ」


「なんなんだよアンタ!? 面倒くさいなもう!! 黙ってたら可愛いって話なんでしょ!?」


「やっぱり私はそういう印象なのかしらね。よよよ……」



 あぁ、もう……!! 本当に面倒くさい人だな!?



「あぁ……そういえば、猫探しの仕事どうです? 直接関わると不味いですがヒントでも――」



 ぽんと手を打って仕事モードになったのか、ある意味で俺がこうなった理由も含めて話をする事にした。


 いや、猫は捕まえたけど依頼主が機嫌を損ねたからどうするかを聞きに行く所とまでしか言わなかったけど。



「……依頼主をボコボコにしてませんよね?」


「それがいいなら、ってところでもあります」


「うん、よく我慢しましたね。後は私に任せなさい……」


「いや、なんで指を鳴らしてますかね? どこに行くんです?」



 笑顔なのに圧力を感じるんですけど。もしかすると物理的に何かをしに行くんですかね。



「大丈夫。ギルド職員ではありますが、今日は午後から非番なので大丈夫……減給くらいなら覚悟してますよ」


「いや、お気持ちだけで結構です」



 結局ダメなヤツじゃないか。そういえば、ノワイエとブリッツの知り合いだったか。さっきの厨二術らしき力をみるに心強いけど。



「仕方ないですね。じゃあちょっと真面目に事情でも聞きに行きますか」


「え? でも午後から休みじゃ……」


「休んで後から面倒になるより、出来る内にやるタイプですので……」



 格好いいじゃないの。鳥肌立っちゃいそう。申し訳ないけど受付のお姉さんがそういうなら、任せるとしよう。



「お願いします。それと……すいませんでした。色々と……」


「元気が出たなら良し。反省出来る事があるなら尚良し。オジサンやギルマスの受け売りですけどね」



 そう言って苦笑する受け売りのお姉さんや、やっぱり格好いいと思える。ブリッツがかず姉と呼んで慕うのも解るかも知れない。これは俺もそう呼んでしまう日が近そうだ。


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