実験開始
「……どうしたものか」
気持ちは目の前で油揚げを掻っ攫われたに近い、だが途方に暮れてもいられない。
これは仕事失敗になるのだろうか。ドアノッカーを鳴らしても相手が引きこもってしまっては話にならないんだが――
「京平さん、ごめんなさい……」
「どうしてノワイエが謝るのさ? ノワイエの何が悪かったのか俺には全くこれっぽっちも判らないんだけど」
「そ、それは……」
言いよどむノワイエを視野に入れながらも、俺は腕を組んだまま開かれることのないドアを睨んでいた。
俺は今、非常に怒っている。あぁ、それだけは判る。こっちに非があっただろうか、断じて否だと言いたい。
「ブリッツ、こういったケースに遭遇した場合はギルドに相談……でいいのか?」
「穏便に済ませたいって奴なら、な。だが、俺としては……いや、お前に任せるぜ、キョウ」
ブリッツも頭に来てるというのは言わずもがな、タマちゃんも怖がってノワイエの足下へと非難するくらいだ。
もし、その穏便な手段ではない方を選んだ場合、ブリッツは快く協力してくれるだろう。こんな扉一枚、派手にやらかすくらいには容易に想像出来るが……
「それじゃブリッツ、ノワイエを家まで送ってくれるか?」
「え……?」
そのお願いに、ノワイエが不安げな視線を俺に送る。一人で物騒な事をしでかすと思っていたのか、そういう心配はしないで欲しくもあるわけだが。
「キョウ、何かやるってんなら――」
「いや、俺だけで十分だ」
「京平さん……」
仮に事を荒立てた時に何が起きるか。怒りの熱に捕らわれそうになっていても、考えつく。
納得も理解も出来ないが、評判の良くないらしい二人を面倒事に巻き込んでしまっては、世間から謂われなき批判を受けるのではないか、と。
事実、二人を巻き込んだ今のこの状況、そうさせてしまった自分に対して一番腹が立つのだ。だから、ここからは一人で解決してみせる。
沈黙のなかで、ノワイエもブリッツも何か言いたげに俺を見る。当たり前の事だけど、俺にはその全部を理解する事は出来ない。
ただ、出来る事といえば――
「それじゃノワイエ。タマちゃんとブリッツを頼むよ?」
「……はい」
いつか、不安げな表情で俺を見上げる灯衣菜にしてやったように、ノワイエの頭をポンと叩く。なぜだろう、気がつけばそんな事をしている自分がいた。
最後にブリッツへと視線を送ると不承不承ではあるが、頷いてくれた。一緒について来てくれると心強いけど、これ以上世話になる訳にもいかないしな。
「……よし、行くか」
二人を見送り、俺は一人、ギルドへと足を向けた。
◆ ◆
どうやら、俺は選択を誤った。
それに気が付く時というのは、いつも手遅れである。
「オイ、てめぇ聞いてんのか?」
粗暴な声に現実逃避を試みた意識を戻す。俺の周りを囲むように立つのは、三人の男達。いずれも如何にもチンピラですといった様相をしている。
そう、俺は今カツアゲに出くわした。異世界であってもそうでなくても、初めてのカツアゲである。昼前に通った路地裏だったから安心してたらコレだよ。
「いや、俺はここを通りただけなんだけど」
「あぁ? だから通行料払えってんだよ」
ガンを飛ばす男に対して、不思議と恐怖はない。偉丈夫ならぬ異常夫の息子であり、午前中にチンピラから殴殺されて仲良くなったというあまりに特殊な経歴を持つからだろうか。後者は理解に苦しむ内容だよな――
「って、何処行きやがるっ!!」
「いや、通れないなら違う道を――」
「食らいなっ!! 体現しやがれ!!『迅速石投撃』ッ!!」
振り返り様、突然飛んできた拳大の石を避ける。背中を見せたのは間違いだったようだ。
いつから詠唱してたのかは判らないけど、テレフォンパンチ宜しくな投石を避けるのは造作もない距離だ。
それでも心中で警戒態勢を整えつつ、改めて男達を見た。どれも不快感を覚える笑顔を向けてくる、その内の一人がこちらに手を伸ばすように向けている辺り、今の投石はそいつの仕業らしい。
「舐めやがって、次はその澄ました面に当てんぞ?」
まったく、本当に分かり易いチンピラである。同時に、"ありがたく"もある。
どうしてやろうか。懐を弄り、指先に当たる感触を覚えながら、手に取ったそれを床へと転がす。心中で、これをくれた人に詫びをいれながら――
「ほら、これでいいんだろ?」
「「「ッ!?」」」
石畳を転がる一枚の硬貨に男達の視線が向いた。無意識なのだろう、同時に致命的な一瞬だ。
さて、実験開始か。
イメージは、一瞬にも満たない。忌まわしく刷り込まれた記憶を思い起こしてしまうように早く、速く。
冷たい鉄の温度、嘲笑うように軋む音。
赤錆色に塗れたそれは、自由を奪う鎖。
格好良さの欠片もない。
だから、だからこそ、俺が使える力でもある。
「じゃらり……」
その音を口ずさんで手を振るえば、今まさにゴルド硬貨を掴み取ろうとした男の手を、地面から生えるように飛び出した鎖が巻きついていく。じゃらりじゃらりと音を立てて――
「なん……!?」
一回腕を振っただけでは、一人しか拘束出来なかったらしい。まだまだ研究の余地があるようだ。
続けざまに腕を振る度に、男達は赤錆色の鎖に拘束されていく。
いやはや、最初は使い様のない力なのかと思ったけど、意外に使えるものだ。だから『ガラクタ』ってのは勘弁して欲しいよ。
「てめぇ、コイツを解きやがれ……!!」
「まぁまぁ、このまま素通りしようかとも思ったけど……」
強度もあるらしく。男達はのた打つように鎖の拘束から逃れようとする。
危険がない事を確かめて、俺は腕を石畳に縫い付けられている男のもとへと歩み寄った。顔の前に分かり易く平手を見せながら、可能な限り穏やかな表情で。
「な、なんだよ……」
「この手を閉じると、どうなると思う? よく考えるんだ。キツく食い込んだ鎖が肉を挟みながらしまっていくかも知れない。その内に皮膚を破いて、肉を締め上げ、骨を砕いて――」
「やめてくれっ!! そんな酷い事っ!!」
実際はそうなるか判らないけど、俺の生々しい言葉に顔を青くしてこちらに懇願する男。しかし、視界の隅であの投石男がこちらに手を伸ばす姿が見えた……ってヤバい!?
ニヤリと歪な笑みが浮かんだ男の顔。先程より圧倒的に近いこの距離で、先のように石を撃ち込まれたならば――
「ぎゃあっ!?」
咄嗟に顔を庇うように腕を上げる、その直後に路地裏に男の悲鳴が響き渡った。




