クレーマー
紆余曲折はあれど、俺の異世界生活で初の仕事となった猫探しは意外な程早い決着が付きそうだ。
発見自体は運が良かったといえるけど、捕獲は容易で、正直こんなに簡単に成功するとは思わなかった。
「それで、後は飼い主の元へ送り届けるだけか」
「ナーゥ」
最大の功労者であるブリッツの肩には、余程懐いたのかクレイジーキャットのタイラント改めてタマちゃんが器用に座っている。
怒らせたら怖い存在として認識でもしているのか。確かに行く手を遮ったブリッツの威圧感は、遠くから見ていた俺でも軽くビビったしな。
「やれやれ、俺は狼派なんだがよ」
「そう言いながらも、そこまで懐かれてるなら嬉しいんじゃない?」
「こっちには見向きもしないのにな……」
ブリッツに首元を擽られて、まさに猫なで声を鳴らすタマちゃん。大人しい分には可愛いもんだ。
和やかに過ぎる時間と景色のなかを歩くこと数分、事前に聞いていたタマの飼い主の家へと俺達は到着した。
ここでタマを引き渡し、後はギルドへ報告するだけ。難しい事は何もない。
「結構、金持ちっぽい家を想像してたけど……普通だな」
この世界にいる猫の価値は知らないけど、目の前にあるレンガ造りの家はあまり大きいとはいえなかった。むしろ両隣の家よりも小さな家だ。
「キョウ、俺も同じこと思ったが間違っても依頼主の前では口にすんなよ。つうか本当にアレだな」
「二人とも、静かに」
ドアのノッカーに手をかけるノワイエに注意され、俺はブリッツと視線だけでお互いにコイツが悪いと言わんばかり向き合う。俺はちゃんと依頼主がいる時は静かにしていようと思ったのに。
「すいません。ギルドから依頼を受けた者なんですが……」
ノッカーを鳴らし、俺達は居住まいを正して待つ。いったいどんな人が依頼を出したのか、やっぱりマダムって感じの人だったり――
「なんだいアンタ達……」
予感はある意味的中、しかしながらその予感は外れて欲しかった。
微かに皺の寄る視線に込められているは、十二分なまでに不信と警戒……いわゆる第一印象から判る偏屈おばさんが出てきてしまったのだ。
「あの、私達は依頼を――」
「人に会ったらまず挨拶だろう? なんだいなんだい、依頼依頼って……そんなに報酬がほしいってのかい!?」
「いえ、すいません。えっと初めまして…………その、お探しのクレイジーキャットを保護したのでお届けに――」
「お届けぇ? 私のタイラントちゃんを物みたいに扱うんだね? まさか怪我なんかさせたりしてないだろうね?」
「それは、その……」
あー、これは面倒くさい人に当たったようだ。異世界にもいるんだな、クレーマーみたいなヤツが。
「大体なんだいアンタ。そんな不気味な仮面――」
「あー、すいません。こちらが依頼にあった猫なんですが間違いないですか?」
「ナー……ナーゥッ!!」
これ以上は見ていられないと、俺はブリッツからタマちゃんを受け取って二人の間に身体を割り込ませる。ってコラ、暴れるなって!!
「あぁ!! タイラントちゃんになんてことを!? ちょっとアナタ!! 乱暴しないで頂戴っ!!」
「いや、俺の方が……って痛っ!!」
「ナー、フシャー……!!」
鋭くなくとも爪は爪。俺の腕の中で暴れに暴れて逃げ出すタマちゃんは、一目散にブリッツの足下へ隠れる。
「タイラントちゃん!! ほら、こっちに来なさい!! タイラントちゃん!!」
「フーッ!!」
「おやおや……随分と嫌われてるようだが? 飼い主さんとしてもう少しペットの躾をしてはいかがです?」
選手交代と言わんばかりに一歩前へと踏み出すのは、我らがチンピラブリッツさんだ。さすが、ガンを飛ばす姿が様になってる!!
「う、うるさいわね!! 家には家の育て方っていうのがあるのよ!! アナタ達に関係ないでしょう!?」
「えぇ、ですので出すもんさえキチンと出していただければ我々としても関係のない事ですから? 口を出したりする気はまったくねぇよ」
あ、最後にちょっと素が出たぞ。
そして偏屈おばさんの顔はといえば、もう真っ赤っかである。あぁ、怖い怖い。
「ブリッツ。もうその辺で――」
ヒートアップする二人の様子を見ていられないのか、止めに入るノワイエだが……その声に偏屈おばさんの表情が変わる。
「ブリッツ……? アンタまさか、『掌返しの緋元』の所の――」
言葉は最後まで紡がれることはなかった。一秒にも満たない一瞬、"辺りの空気が変わった"からだ。
「ッ……!?」
「ミャゥッ!?」
「おい、ババァ……余計な口を訊いてくれるヤツ、ってのはどうなっちまうか知りたいか?」
路地裏でブリッツが放っていた威圧感はあまりにも軽い物だった。全身をピリピリと刺してくるようなコレはいったい――
「ブリッツ、駄目。"決めたんでしょ"?」
そんな居心地の悪い空間に響く声、ノワイエの言葉の意味は解らないけど。ブリッツを止めるには十分な効果を発揮したらしい。
舌打ちを一回……細く長く、そして強く息を吐き出し、ブリッツは前に出た足を戻す。どうやら堪える事にしたらしい。しかし、あんなに怒るだなんていったい――
「……という事は、その子と一緒にいる"アンタの正体"はまさか――」
おばさんの赤かった顔は、気が付けば震えながら蒼白になっていた。
まさか、ノワイエにも何かあるのか? ブリッツのような特殊な二つ名のようなものが……
だが、悲鳴を上げながら家の奥へと逃げ出すおばさんから、情報も報酬も得ることは出来なかった。




