きっかけ
何が起きたのか、あまりに突然の出来事に俺は困惑する他ない。口のなかにあった野菜炒めの味は、もう跡形もなく。
今はただパンの美味さだけが残されるのみ。それは……そう、まるで祭りの後が微かに残る公園の寂しさのようだ。
美味いといえば、美味いのだが――
「やはり……お口に合いませんでしたか?」
「え……? あ、ううん。そんな事はないけど」
俺の様子に思うところがあったのか、不安そうな声のノワイエには首を振って応える。
「ノワイエ、確かに腕を上げたようだな……再現なんかするもんだから不安になったぜ?」
「うん……ありがと、ブリッツ」
いつの間にやら二切れ目を手にするブリッツはご満悦といった様子。対して俺はまだ一口しか口にしていない、これじゃ不安になるのも無理はないか。
どこか気落ちしているようにも見えるノワイエは、不意に俺を見つめる。どこか、思い詰めているように。
「京平さん。正直に言ってください……この料理は美味しかったですか?」
そこにある感情全てを読み取る事なんて出来なかったが、判ることはある。世辞の言葉ではなく、文字通りに正直な言葉を求めているのだろうと。
なら、俺も応えるべきなのだろう。居候の身で偉そうな事を言えるべくもないのだが。
「パンと野菜炒めは……うん、美味しかった」
「そうだよな。いつの間にこんな美味いパンを焼けるようになったんだよ」
「……そう、ですか」
俺の答えに、賛同するブリッツの答え。そこに隠れている答えを理解したのか、ノワイエは俯いて呟いた。
「おいおい、なんでそんなに落ち込む必要があるんだ? 俺もキョウも美味かったって言ってるじゃないか」
「ブリッツ。この料理のどこが美味かった?」
まだ気が付かないブリッツに、ノワイエがいる手前ではあるが俺は訊く。事実、俺の考えている事が正しい答えかどうかは判らないけど。
「だから言ったろ? パンが美味かったって」
「確かにパンも美味かった。じゃあ間に挟まった野菜炒めは?」
「そりゃ……キョウも美味かったって――」
「あぁ、野菜炒めも美味かった。でもこの料理は何だ?」
度重なる問いかけに、それまで沈黙を保っていたノワイエが顔を上げる。
「……野菜のグランバニッシュです」
「そう、野菜のサンド…………サンドイッチじゃねぇのかよ!?」
なんだよグランバニッシュって、やたら滅多に強そうな名前だな。あぁもう、話が拗れる!!
「サンド、イッチ……?」
「あー、俺の世界ではこういったパンに何かを挟んで食べるのをサンドイッチとかハンバーガーというんだけど……それはいい、まずその話は置いておこう」
これだから中途半端に認識がズレ込む異世界は困る。そんな愚痴を胸中でこぼしながら咳払いを一つ。
「これは一つの料理として、というよりもただもう美味いパンなんだよ、ブリッツが言ったように。これなら野菜炒めとパンを別々に食べた方が良いかもしれないって事だ」
「確かに、そう言われてみれば……でもよ? これは美味かった、それだけでいいんじゃねぇか?」
「……それでノワイエが納得出来るなら、問題は何もないだろうけど」
そこで脳裏を過ぎったのは、昨晩のノワイエの様子だった。
初めこそ不安はあったが、作った物を俺に一心不乱なまでに食され評価され、彼女は本当に嬉しそうだった。
「ノワイエは、うすうす解ってたんじゃないか?」
「……はい」
頷き、肯定するノワイエの声は、どこか悔しそうに聞こえた。
「でも、俺としては――」
「……?」
改めてサンドイッチを口に運んで咀嚼する。何だかんだ言ったものの……
「美味い飯には変わりない。ブリッツも言ったようにね」
「はい……ありがとうございます」
仮に不味かろうと喜んで食べる所存ではあるが、ノワイエに限ってそれはないだろう。それくらいには彼女の料理の腕を信じ切っている俺なのであった。
「でも、どうして再現……だっけ? そんな事をしようと思ったの?」
「あぁ、それは俺も気になってた」
さり気なくサンドイッチの皿に手を伸ばすブリッツより早く、皿に残された最後の一つを確保しながら俺は疑問を口にする。
野郎、俺達が話してる間にもバクバク食いやがって……
「そ、それは……今のわたしなら出来るかもしれないと思った訳で――」
俺が思うに、もし同様の工程で厨二術を行使していれば、このサンドイッチは更に美味くなっていただろう。
そんな事をするメリットとはいったい……こっちは再び厨二掛かった言葉を聞かずに済んだわけで……
…………ん? 聞かずに?
「あ……」
不意に浮かんだとある閃きに、俺は思わず声を上げていた。




