いつか見た日 (11/8 修正)
見える全てが大きく見えた。
深緑の木々の生い茂る森はどこまでも遠く、枝葉の隙間から差す柔らかな木漏れ日があっても見通すことは叶わない。
それ程に豊かな自然が広がる場所を"俺達"は歩いていた。
――夢、か。
明晰夢というヤツか、但しこれは支離滅裂な夢ではなく、昔の思い出をなぞる夢……回想とでも呼べるか。全部が大きく見える視界に映る小さな手足は、確かに俺の記憶にある姿だ。
これは確か、小学校に上がる前だっただろうか。うちの家族と鈴音の家族で旅行へ行った時の事だった筈。
親同士が古くからの馴染みだとかで、こういった催しは元より、お互いの家で夕食をする事も珍しくない……もはや同じ家族のようなものだと思っている。
「りんねーちゃ、おっきいむし」
「ひ、ひいな……たのむからそれをこっちにむけるなよ?」
当時の灯衣菜も、鈴音を自分の本当の姉だと思っていたらしく。いや、そのスタンスは今も変わっていないか。この頃からよく懐いていた。
「キョウからもひいなに言って――」
「ひいな? こっちの虫のほうがでっかいぞ?」
「にーちゃのむし、おっきい!!」
むしろ、妹を取られんばかりの懐きっぷりは兄として思う所があったのを今でも覚えている。
うん、仕方ないよね。
「うらぎりもの……ぐすっ」
そして、この頃の鈴音は泣き虫だった事も覚えている。よく泣いた、泣かせたのは主に俺だけど。反省は、まぁ……したけど活かされなかったかな。
「だめよ。きょーへー、れでぃーにはやさしくしなくちゃ、だめ」
あれ? そういえば、この時……俺以外に誰かいたっけ。ふたつの家族以外に――
「きょうへー、それとオレがひろったでんせつのけんとこうかんしようぜっ!!」
そうだ。いた筈だ。沢山の大人達と一緒に、何人かの同い年くらいの子供が……
「まって、みんな……」
「おそいぞ、――。まったく、のろまだな」
「のろまじゃないもん!! ――がどんどん先に行くからついていけないだけだもん!!」
いや、もしかしたら。ここから先の夢は実際にあった事ではないかもしれない。なんせ夢だから。
じゃないと、おかしい。今の今まで忘れていたなんて都合が良すぎるじゃないか。だけど……知っている、気がする。
「…………」
「キョウ?」
俺の視線は、子ども達の集団のなかで一番後ろ遅れる女の子を見ていた。
微かに吹き抜ける涼風が白いリボンと一緒に亜麻色の髪を踊らせ。何時泣き出してもおかしくないのに、涙を堪えて前を向く翡翠色の瞳。
俺が忘れていた、知らない彼女がそこにいた。
名前は、あの子の名前は……なんだったか。
「だいじょうぶ?」
「……え?」
小さな俺は小さな手を伸ばして、息を切らせる彼女に声をかけた。木々の隙間を抜けて真っ直ぐに落ちる光のなか、俺を見る彼女に胸がドキドキして――
「いっしょに行こう」
「……うん」
掴んだその手は、柔らかくて、暖かくて、なんだか……こそばゆくて。
あぁ、思えばそれは多分、俺の初恋のような物、だったんだと思う。
「キョウくん、やさしいね」
「……ただのきまぐれだよ」
ふわりと花の咲くような笑顔の彼女に、強がる俺。日差しに焼かれるだけじゃない熱を覚えたあの日。
確かにあった日……あった筈で、抜け落ちていた日。
「そんなことより、早く行かないと遅れるよ。『ノワイエ』」
彼女の名と共に、視界がゆっくりと暗転し、俺の意識は再び落ちていった。