心の洗濯
ノワイエの家に関して、俺は未だに未知な部分がある。未だに、といってもここに来て一日と少しくらいか、それにしても貸し与えられた部屋と台所、トイレと裏庭、店舗スペース。半分以上は把握していると思う。
案内された脱衣所は、台所のすぐそばにあった。トイレはその隣。そういえば不可思議な事に水道ないのに水洗なんだよな、あのトイレ。
「ところでノワイエは入らなくて良いの?」
「わたしはそれ程汚れて……あ、いや京平さんの血が汚いとかそういう事ではなく――」
どんな気の回し方だよ。血液なんて結構汚いんだぞ。それこそ、俺の血は穢れて……いや、よそう。なんで自ら発症させようとしたし。
「ブリッツに話がありますから、京平さんの後でいいですよ?」
「そっ、か……なら先に頂くよ」
別に拘る必要のない事だけど。ちょっとだけ心が、もやっとする気がした。
「はい。九流実家が三大境の一つ『溜め息の楽園』ご堪能ください」
「…………」
裏庭に続いて、ここが……?
非常にどやどやしい声のノワイエに寧ろ疲れを感じるんですが。まぁ、自慢の場所を見せるんだからテンション上がるのは解るけどさ。
ドアを開けた先、そこは硫黄の香りが微かに……いやいや、もしかしてそういう事なのか!?
手狭とはいえ、一人なら十分な脱衣所は内装が既に異世界だ。ある意味で。
俺を出迎えたのは、団扇が置かれている竹らしき植物で編まれた椅子に、広めのタオルが掛かる脱衣籠は趣のある竹籠。
風呂上がりはここで涼み、着ていた服はこれに入れろと言わんばかりに脱衣所の片隅に置かれている。シンプルながら非常に心に響く配置だ。
二重に木製の格子が付いている窓は……なる程スライド式になっているらしい。ふむ、これは換気と防犯を兼ねているのか。なる程ね。
フローリングではなく、これもまた竹に近い感触の植物が編み込まれた床。手入れが大変そうなそれは足の裏を気持ちよく刺激する。
まさに銭湯の脱衣所を縮小した。そんな感じか。まさか異世界でこんな場所があるとは。
「……という事は、ですよ?」
なんで敬語になっているかは、俺自身もよく解っていない。いや、物が物なら敬意を払うべきだろう。
曇りガラスの引き戸がカラカラと小気味良い音を立てると、温かく真っ白な湯気に硫黄の香りと木の香り。なだらかにお湯の流れる音が耳に優しい。
木製特有の暖色の壁で囲まれた室内と浴槽、簀の子の床も忘れてはいけない。
間違いない。いつだったか旅番組で見た事がある。
檜風呂だ、これ。
まだ服を脱いでいないから入る事は許されないが、すぅっと息を吸い込む。これが音に聞く檜風呂か。
なる程、確かいい香りだ。
気持ちが落ち着く……
「って……な、ん、で、だぁぁぁぁっ!!」
恐らく、異世界生活最大級のツッコミがノワイエ家の檜風呂に木霊した。
「ど、どうしました京平さん!? 大丈夫ですか!?」
「キョウ!! 入ってもいいか!?」
ドタバタと慌ただしい足音と共に駆けつける二人。俺は疲れが一層増した顔でお出迎え。
「何があったんですか?」
「大丈夫か、キョウ」
「……悪い、少し取り乱した。なんでもない、大声出して本当にすまない」
ノワイエとブリッツの不安げな声と顔で我に返ると、それだけ言って俺は開け放たれた脱衣所のドアを閉めた。
大変、良いお湯でした。
そりゃ、感嘆の吐息も出るわ。楽園ですわ。異世界感ゼロだけどな。




