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俺はそれを認めない!!  作者: あげいんすと
『始まりを告げる非日常(トラブル デイズ)』
32/99

体現

 

 

 ノートが見せたのは、色褪せた光景だった。


 色褪せた空の下、色褪せたブランコ、色褪せた滑り台、色褪せた砂場、全てがセピア色に染まる世界。


 一人の幼い少女が俺の前にいた。



「にーちゃ、ずるいよ……」



 拗ねたような声で、つぶらな瞳は今にも感情の雨が降り出してもおかしくない。



 幼き日の灯衣菜がそこにいた。 いつも元気に揺れる二つくくりにした髪は、なんだか不機嫌そうに垂れ下がっている。



「は? なにがだよ?」



 自然と返した声は幼き俺の声。 灯衣菜からの謂われ無き非難に、少し不機嫌そうに返した声。



「むてきとか、ズルい。 『えいきゅーばりあ』とか、ズルい。あと『むげんさいせい』とかも、ズルい……」



 俺の返事を皮切りに吐き出される文句。幼い子供特有ともいえるように次第にうねりを上げる波に似て、感情が高ぶっていく。


 


「それじゃ、ひいな……かてないよ」


「いいんだよ。 だって、むてきだからなっ!! ひいなは、かつひつようがないっ!!」


「むぅっ、ずるいずるいずーるーいーっ!! ひいなだって、ひいなだってかちたいのにぃっ!! ふぇ……うぅぁぁ……」



 結局我慢出来なかった感情のお天気は大荒れ、地団駄を踏んで泣き喚く妹に、俺がいつものように折れるのだ。



「じ、じゃあ1回だけ、なっ!? いいだろ!? 1回だけ1回だけ!!」



 そう……いつも、負けるのは俺だった。



「ぐす……いいよ? 1かいだけだからね? やくそくやぶったらひどいからね?」



 この辺りだけを聞けば、いったい兄妹で何をしてるんだと思ってしまう辺り、俺も大人になったんだろうな。


 鳴いたカラスがなんとやら。初めから全てが計算し尽くされたように泣き止んで笑う灯衣菜は、ごほんと偉そうに咳払いを一つ――



「それではにいさん。 さいしょでさいごのふっかつです。 もうつぎにしんだらおわりだからね」



「はいはい」




 機嫌を取り戻してくれた妹の笑顔は、見ていて気持ちがいい。 兄としての贔屓目無しに、灯衣菜は昔から可愛いと思う。


 これはまだ俺の事をにいさんと呼び始めたばかりで、感情的になるとにーちゃ呼びになるという貴重かつ絶妙な時期だ。




「えっと、ふっかつのじゅもんは……あった、なになに」



 そして俺の視線は、1冊のノートへ落とされた。セピアに色褪せた世界で唯一、古ぼけたままで色の抜けないノートだ。



「いま、まさにきえんとするいのちよ」


「だめだよ、にいさん。 ちゃんとかんじょうこめなくちゃ、あそびだからってふざけちゃダメだってパパが――」



 あぁ、この頃から何かにつけてうるさかったな。これが将来、自分に甘く、俺に厳しく、世間に優しい灯衣菜になるんだ。



 大切な家族。たった1人の妹だから、俺もキチンとした兄でいようとしたし、この時はいることが出来ていたと思う。



 色褪せたが世界が終わりを見せる。



 少しずつ、少しずつ消えていく。



 消えていくなかで、灯衣菜のリクエストに答える声だけが残された。




 


 今、まさに消えんとする生命よ。



 漆黒たる闇に消えんとする焔火よ。



 冷たき底へ朽ち果てんとする我が身よ。



 廻る陽の輝きが如く、輝き賜え。



 不死たる鳥が如く、燃え賜え。



 世の理を覆す力で以て、蘇り賜え。





 ――"体現せよ"。




 『輝死廻世(リバイバル)




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