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俺はそれを認めない!!  作者: あげいんすと
『始まりを告げる非日常(トラブル デイズ)』
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追憶

 

 それを見た瞬間に浮かんだ感情は、"恐怖"。


 厨二病アレルギーという体質を抜きにして、痛いほどに肌を刺す圧力はそれでいて視線を逸らす事を許さない程の存在感を持っていた。


 籠手とは本来、腕周りを守る鎧だ。


 しかし、ブリッツのそれは違う、それだけではないという確信があった。



 鎧ではなく、"武器"なのだ。



「呑気に棒立ちなんかしてると死ぬぜぇっ!!」



 間合いを詰めるスピードこそ、重厚な籠手の為か速くはない。


 しかし、俺はその姿がまるで迫り来る山のように大きく見え、圧倒されてしまっていた。



 何かをしなければ。



 何を? それすら判らない。まるで足の裏を縫い付けられたように身動き一つを取る事も出来ない。



 ブリッツの拳が迫る。灰色の塊が俺目掛けて唸りを上げて――



 ――終わった。



 全てが遅かった。


 抵抗も、悲鳴も、後悔さえも。



 ――これは確かに、死んだな。



 どこか客観的な諦めだけが、身体の緊張を解した。



 ――だけど。



 灯がともる。 拳はまだ届かない。


 不意に走馬灯が駆け巡る。



 ――兄さん。



 灯衣菜の笑顔が見えた。


 こんな俺でも慕ってくれた妹の呆れたような、いつもの笑顔が。



 ――京平。



 母さんの優しい声が聞こえた。


 何時まで経っても親父にベタベタで、だけど俺達をしっかり育ててくれた声が。



 ――キョウ。



 親父の……あまり見たくない笑い顔が見えた。


 縁起でもない事この上無い。馬鹿で、馬鹿で、馬鹿で……しかし常に強い笑みだ。



 ――あぁ、諦めたくない。



 光が見えた。


 拳はもうすぐ傍に在る。



 走馬灯はまだ巡る。



 映し出すのは俺の前を歩く"彼女達"の姿。



 振り返ると同時に、風になびいた"白と黒の髪"。



 ――キョウ。



 まったく、有り得ない光景だ。



 ――京平さん。



 出会った筈のない二人の優しく暖かい声は、光のなかへと消えた。



 ――まだ、俺は――




「まだ終われな――」



 言葉は紡がれる事なく、胸に衝撃が突き抜けた。


 反転する視界、青空が、灰色の石畳が、街並みの景色が次々と移り変わり――



 どさり、と。 間の抜けた音に、俺の視界は黒に染まった。



「あ、え……? マジかよ……」


「あ、あぁ……京平、さん……京平さんっ!!」



 激痛なんてもんじゃない。 悶絶すら出来ない激痛、もはやどこが痛いかとかではない。灼熱が全身に満遍なく走り渡るようだ……



「おい……なんで、防御も何もしねぇんだよ……」


 視界は暗いまま、目も開けられない。 どうやれば目が開くのかすら判らない。まっ黒で、痛みしかない世界。痛くて、熱くてどうしようもなく仕方ない……このまま死ぬのか。



 ――死ぬ? これが? このまま?



「大丈夫ですか!? 京平さんっ!! 京平さんっ!!」



 一際強い痛みが、誰かの叫び声と共に襲いかかる。 痛みは既に痺れに近く、身体から熱が逃げていくのが判る。


 もう指先一本すら動かせない。それどころか自分の身体が今どこにあるのかも、解らない。



「嘘だろ、だってコイツ。あんな、おい……なんだよ……冗談だろ?」


「京平さんは、まだこの世界に来たばかりで……っ、厨二術なんて使えないんですよっ!! それどころか――――」



 いよいよ声が、遠くなる……全ての感覚が、暗い闇へと消えていく。



 ――俺が、終わる。



「――……?」


「――っ!! ――っ!!」



 ――あぁ、こんなんじゃなかったのにな。



 これからって時だったろ?



 漫画みたいに得体の知れない世界に跳ばされて、なんか凄い力に目覚めたりとか……するんじゃないのか?



 はっ、それなんて厨二展開だよ。


 ……そうか、死に際には辛い症状さえ意味がなくなるのか。それは助かる。



 結局のところ、俺にご都合な展開は無理だった。厨二病アレルギーだし。



 でも、嫌いじゃなかった。 厨二病も。



 ――なら、使えばいい。



 使えるかな? 俺なんかに。



 ――使えるさ。 俺なら……



 確かに使えるはずだ。



 ――だって……



 だって俺は……



 …………



 黒く、暗い、闇のなか。


 いつからあったのか、一冊のノートがあった。


 黒のなかに浮かぶノートは、角が潰れて丸くなり、日に焼けた表紙には、いつか零したジュースの跡がある。



 そう、俺はこのノートに覚えがあった。


 昔、俺がまだ―――だった頃に家にあったノートだ。



 そっと手を伸ばして、ノートを取ろうとする。しかし、何かの軋む音がそれを阻もうと手を縛り付けていく。 じゃらり、金属感を伴う音が……



 いつから、どこにあったのか。錆色の鎖が腕に巻きついていた。



 ――っ、届け。



 それでも俺は腕を伸ばす。 鎖は腕に食い込み、締め上げる。荊の棘にも似た鎖が俺を邪魔していた。



 ――届け……!!



 どれだけ力を込めたのか、震える指先がノートの一端に触れた。



 古ぼけたノート。


 過去の俺が書き足したノート。


 今の俺が捨てた過去。



 今、それに触れた。



 黒い闇の世界は、本から溢れ出た淡い光に照らし出されていく。



 そこに広がっていたのは温かく、懐かしい光景だった。

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