ファーストコンタクト
俺は、自分が暴力的な人間だと思った事はなかった。ましてや暴力に訴える行為に心のどこかで多少の忌避感さえあるくらいだ。
喧嘩をした事がないと言えば、嘘になる。小さな頃には鈴音や灯衣菜と叩き合いの喧嘩をした事だってある。親父をぶん殴った事は数え切れないかも知れない。
だけど、いつかの歳を皮切りにそういった事はなくなった。そういった場面になっても言葉で解決出来るようになったと思っていたからだ。
今の、今までは。
「いいぜ、来いよ!!」
頭の中が唸るような熱を燃やす。挑発的な視線と態度の男に対して、俺は思う。強く思う。
この男を許さない。
この男を自分の拳でぶん殴り、足で蹴り飛ばす。非常に単純で、本能的な思考である。ただただ、それに従って身体が動く。
――いいか、キョウ。
同時に頭の片隅に思い出されるのは、親父の言葉と思い出の光景。あれは何時だったか。
確か、何かが原因で親父をぶん殴った時だっただろうか。親父は笑いながらどうすればキチンと殴れるか、蹴れるか、効率良くダメージを与えられるかを教えてくれた。同時に、心構えも。
――大切なもんが出来た時、何かを守りたい時、奪われそうになった時、迷わず拳を握れたのなら、戦え。後の事なんて考えるな。
禄に構えもせず棒立ちの男へ向かって、繰り出すのは右の拳。躊躇を置き去りにするように、その傲慢さをぶち壊すように、強く、ただ強く打ち抜く為に……!!
肌を刺す痛み、頭に走る痛みは症状による警告。それを抑え込みながら繰り出す一撃。
「――ッ!!」
気勢を込めた叫びは、雄叫びとも悲鳴とも付かない。
だが、確かに拳の先に衝撃が打撃音とともに伝わってくる。鈍い痛みと痺れは一瞬で――
直後、それは驚愕にかき消された。
「こんなもんかよ。てめぇの力ってのは」
「なっ……」
拳がめり込む頬をそのままに、男は俺を見下すような笑っていたのだ。
不意に襲う危機感。
これ以上、この男の近くにいてはいけない。それを感じた頃には、既に俺の身体は後退を選択していた。
ビリビリと痺れる右手、見れば男の頬もまた赤黒く腫れている。それほどのダメージがあるにも関わらず、男の余裕が俺に焦りを誘う。
「どうした、もう終わりか?」
血の混ざる唾を吐き捨て、男が一歩踏み出す。俺の足は――
「終わりにしてください、だろ?」
「ハッ、そうこなくちゃ……な?」
一歩前へと進んだ。男は何が楽しいのか、無邪気さの垣間見える笑いを浮かべていた。
先の一撃の手応えはあった。だったら同じ一撃をもう一度、倒れるまで続ければ良い話だ。
「2人とも、お願いですからもう……」
ノワイエの声は届いていた、悲しみを込めた声が。それでも、止まったりする事は出来ない。
「悪い、ノワイエ。直ぐにコイツを謝らせて……いや、――」
せめて言葉だけでもと思い、口にしかけた言葉は紡げなかった。
ノワイエがそれを望んでない事が判ったから。だからこそ、本当の理由を探し――
「気に入らないから、ぶっ飛ばす」
親父の教えではなく、自分自身が納得できる理由(答え)が言葉になった。
「ははっ!! 俺は気に入ったぜ、てめぇの事っ!!」
どこか親父を彷彿とさせる笑み、益々気に入らない。それを口にする事はしない。後は行動で示すだけだから――
「ノワイエ、"試させてもらうぞ"!! お前が選んだ奴の力をよ!!」
「っ!? ブリッツやめてっ!!」
獰猛に笑う男が突如として拳を天高く掲げて見せると、ノワイエは何かを知っているのか悲鳴に似た叫び声を上げた。
いったい、何をするつもりだ……?
疑問の答えは直ぐに訪れた。
「体現っ!!『鋼鎧手甲』!!」
響き渡る男の咆哮に従うように、世界が音を立てて変わっていく。
――なんだよ、それ。
その両腕を取り巻くようにガラスを引っ掻く嫌な音と共に、鈍色の線が虚空を疾って"何か"を空間に描く。
それは"籠手"。
「教えてやるよ――」
肘まで覆い隠す塊の絵が重厚な灰色に染まる。 肩口へ伸びる先端が角を思わせる程に鋭く、否が応でも視線を釘付けにさせ――
空気が"砕け散った"。
「『鉄鋼技師』C2、緋元ブリッツ。それがてめぇを潰す男の名だ」
キラキラと陽光を反射させる何かの残滓を振り撒き、両腕に籠手を付けた男……ブリッツは初めて俺の前で構えを見せた。




