衝突
天気は快晴、時折吹き抜ける風は、祭りの時にも似た匂いを運んでくる。今更ではあるが、薄手のローブは通気性が良いらしく着心地は悪くない。
でも、目立つ事には変わらないようで、すれ違う人はみんな俺とノワイエを怪訝な表情で見ている。不審者じゃないですよ、という意味も込めてフードから頭を出して――
「こ、こんにちわ」
「えっ?」
すれ違う人に挨拶してみた。もうノワイエの家の近くだし、御近所付き合いは大切だ。……と、そんな行動にノワイエが軽く驚きながら俺を見る。まさか挨拶が出来ない子とでも思ったのか、いやそんなわけないか。
「…………」
しかし、そんな懸念を抱く間に人は無言で過ぎていく。俺の言葉が聞こえなかったのか、おかしいな。
「京平さん、ちょっと――」
「アンタ、見ない顔だね。冒険者かい?」
ノワイエが俺の袖を引くと同時、道端から掛かる声に目を向ける。目元がキツい感じのおばさんが、こっちを見ていた。
「そう、そこのアンタだ。買い物が目的ならこんな所に来ても意味はないよ」
「お気遣いありがとうございます」
言葉の節々に険のあるおばさんに、少しだけ警戒感を強めて返す。こういうタイプの人はちょっと苦手で、上手く避わしたいものだ。
「どうせアンタらも。"処刑"を見に来たってクチだろ? 宿がまだ決まってないならこの先を行った辺りにあるから覚えておきな」
「……処刑?」
適当にスルーしようとは思ったが、気になる言葉につい足を止めてしまった。あまりに穏やかな話ではなさそうな感じしかしない。
俺の問いかけに、おばさんは道の一角を睨み付けながら口を開き始める。
「あぁ、近々"魔女"が処刑されるのさ。長年アタシ達を騙して生きていたような厄介者さ。まったく忌々しいね、胸も空くってもんだよ」
「……そうなんですか」
それは呪いの言葉でも吐いているかのようだった。少なくても、聞いていて気分の良い物じゃない。当事者ではないから思うところも変わるのだろうけど。
「行きましょう。京平さん」
「あぁ、それじゃ俺達はこれで」
ノワイエに急かされて俺は脱出に成功する。ナイスアシストだ、ノワイエ。ああいうタイプは世間話大好き人間でキリがない。どこぞのお姉さんは明るかったからまだいいけど、あのおばさんはなんかダメだ。
「まったく、親が――」
まだ何かブツブツと呟いてるよ。怖い怖い。こんな事なら声を掛けづらい不審者よろしくフードを被っておけば良かったか。
「ごめん。まさか絡まれるとは思わなかったよ」
「いえ……」
適度に離れた辺りで苦笑すると、ノワイエも控えめにそう返す。空気が悪くなったような気もするが……あんな話の後だ、無理もないか。
「お昼が終わったら猫探しか、見つかるといいけど」
「えぇ……」
何だろう。少し足早に歩くノワイエとの無言が辛く感じてしまう。何か気にでも障ったか。非常に息が詰まりそうになる。
ともあれ、あと少しで家に着く。休憩がてら気持ちをリフレッシュ出来れば――
「あ……」
「……ん?」
不意に立ち止まるノワイエに俺の足も止まる。何があったのかと視線を辿ると、それは店の前にあった。
若い青年……俺達とそんなに歳は離れていなさそうだが、少し柄が悪そうに見える。俺とノワイエにまだ気が付いていないのか、店の前でイライラしたように――
響いたのは、打撃音。
「くそったれが……」
吐き捨てた言葉と共に、男はノワイエの店の壁を殴りつけたのだ。
直後、俺は駆け出していた。
瞬間沸騰。そんな言葉が頭の片隅に浮かんだ。だが、そうもなるだろう。
「何してんだよ、お前……」
「は? お前、誰だ?」
歩み寄ると、男は俺より背が高く、体格も良い。だけど、少なくとも親父よりは小さく見える。いや、アレが偉丈夫ならぬ異常夫なだけだ。
「お前がやったのか。こんな酷い事……」
「京平さん、待ってください!!」
追いついて来たノワイエだが、俺は止まれそうもない。頭の奥で熱がどんどん上がっていくのが判る。ノワイエの店をこんな風にした奴が目の前にいて、何も思わない訳がないだろう。
男はノワイエの姿に一瞬だけ目を開き、俺を見る。何かを観察でもするかのように、ようやく一言。
「だとしたらなんだ?」
「ノワイエに謝れよ。そんな当然な事もわかんねぇのか?」
眉間に寄るシワをそのままに、お互いに一歩前へと睨み合う。
「2人とも!! やめてください!!」
そんな俺達を引き剥がすように、ノワイエが間に入る。ノワイエは悔しくないのか、こんな事をされた奴を前にして――
「退いてろ、ノワイエ。"お前には関係ない"」
「っ!!」
男がそう告げてノワイエを突き飛ばした、その瞬間。
「てめぇ……何してやがる!!」
俺のなかで何かが切れた。




