交わす言葉
明後日といえば、ノワイエとの約束とも合っている。出来過ぎとも思える話に俺は目をパチパチと瞬かせる事しかできない。
「帰界に関しては、ある種の機密事項扱いとなっているんですよ。それに今の最終神極世界情勢にも色々ありまして、特に来たばかりの希望者に対しては優先的に帰界を受理する事になってまして」
「……もしかして、戦争利用とか?」
「それならまだいい方です。でも意外に頭の回転は悪くないようですね」
「それはどうも。でも、明後日っていくら何でもすぐ過ぎじゃないですか?」
そんなに不味い事が起きているのだろうか、この世界に。
「ギルマス……ギルドマスターの都合が合えば明日にでも出きるんですが、もしかしたら三日後になるかも知れないですが」
「それにしたってだと思いますけど、そんなに簡単に出来るの?」
「そこは腐っても……ゴホン、伝説の『創生者(フロンティア=フォーティーン)』ですから。あっ、『創生者(フロンティア=フォーティーン)』というのは――」
「魔王を倒した英雄様ですよね?」
なんという魔王かは忘れる事にしたけど。
「えぇ、知っているなら話が早いです。かく言う私も――」
「まさか……」
にやりと意味深な笑みを浮かべる受付のお姉さん。ノワイエの両親もそうだったらしいし、ギルドマスターといい、そんなにこの都市に密集して――
「オジサンの担当でした」
「なんだよ、それ」
叔父さんの担当? それともオジ = サンという人の担当? おっさんという意味合いにしても意味分からん。
「ここだけの話なんですけどね。私、『創生者(フロンティア=フォーティーン)』のリーダーやメンバーと知り合いなんですよ、こういったら印象悪いですけどね。何だかオジサンと京平君の面影がどこか似ているんですよね。名字も同じだし」
「おっさんと面影似てるとか言われても嬉しくないわ」
やっぱりおっさんって意味か。同じ名字とか言われても、俺はおっさんにはならないぞ。まだ何十年かかかるわ。
クスクス笑う受付のお姉さんの目は、俺を見ているようで、きっとおっさんを見ているのだろう。やめろ、そんな温かい目で俺を見るな。
「っと、どうにも歳を取るといけませんね。それでは京平君、帰界手続きという事でいいですか?」
「あ……はい、一応それで。あと仕事とか見ていこうかなって」
「お金とかの心配なら私が出しても……いや、そういうのじゃないか」
何を考えているのか。うんうんと頷く受付のお姉さん。なんだか調子が狂わされっぱなしだ。
「それならキチンと説明した方がいいかな? 仕事はこっちで簡単な斡旋する? 日雇いで稼ぐなら――」
「あ、いや。俺を拾ってくれた子がちょっとそこの方で見てくれてるらしいん、で……」
拾われたとか少し切ない説明の仕方だけど。
振り返りながら、そのノワイエの姿を探そうとする俺だが、その必要はなかった。
「おい、なんだアレ……」
「やめろ。関わらない方がいい」
恐らく、そこが仕事が張られた板なのだろう。通路の真ん中に等間隔に置かれた板から距離は離れていてもノワイエの格好は非常に目立っていた。そこを通る方々も彼女を見て距離を置いている。
「じぃ……」
板の合間から俺を見る白い仮面で黒いローブ姿なんてノワイエしかいない、よな……超怖いっ!! 昼前なのにホラーだよ!?
「あれって……」
「えっと、彼女がそうなんですけど」
流石の受付のお姉さんもノワイエの姿に言葉を失ったらしい。いや、あんな風でも凄く優しいんですからね。
「……京平君。本当に帰界するの?」
「え? あ、ノワイエ……彼女の事が怖いからとかそういう理由じゃなくてですよ? 実は俺の方に問題がありまして……」
真剣な表情のお姉さんに、俺もなんと応えてよいやら。ん? そういえば。
「お姉さんはノワイエの事知らないんですか? 彼女の、その……両親とか」
「もちろん知ってるわよ。彼女の事も、あの人達の事も…………」
何やら深い事情がありそうなんだが、話すつもりはないのか。しばらく受付のお姉さんは黙ったままだった。
「あの……」
「OK。そういう事なら、私しかキミにできない事があるわ」
そういって懐から何かを取り出して、俺に握らせる。堅い感触に手を開くと、そこには金色の硬貨が三枚。え? なにこれ。もしかしてこれがゴルド硬貨ってヤツ? 確か一枚が千円相当に当たるから……いやいや。
「前言を色々撤回します。キミの役目は帰る日まで、彼女をエスコートする事。斎藤一穂から佐居京平への指名依頼です。尚、今回の依頼は前報酬性となっており、依頼主はどんな事になっても報酬の返還を要求しません」
「あの――」
「お願い。頼んだわよ。キミだけは……」
睨むように、しかし悲痛な面持ちの受付のお姉さんに対して、俺はただ頷く事しか出来なかった。
何も出来なかったとしても、そうしなければならない。そう思ったからだ。




