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俺はそれを認めない!!  作者: あげいんすと
『始まりを告げる非日常(トラブル デイズ)』
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異世界の現実

 

 喧騒が遠くなる。


 俺の目の前には、先ほどまで笑顔だった受付のお姉さんが座っていた筈だ。



「ギルドまで来れた幸運に感謝する事ね。ひよっこ」



 今、そこにいる人にその面影は見当たらない。鋭い視線、暗い闇を孕んだような冷たい声に、俺は困惑する。



来訪者(ヴァンデラー)っていうのはね?便利な道具なのよ、どうしてか解る?」


「それは……来訪者(ヴァンデラー)の方がこの世界にある厨二術を強く使えるから、ですか?」



 突然の豹変に、上手く思考が回ってくれない。それでもどうにかノワイエから聞いた内容から応える事が出来た。



 だが、その答えに対する反応は、俺の予想だにしないものだった。




「マイナス100点。おめでとう。キミがこのまま外に出たら数日後には死んでるか、奴隷になってたわよ」


「え……」



 何が間違っていたのか。俺はなんと言って、この人からこんな答えをもらったのかすら解らなくなりそうだった。


 その様子に、受付のお姉さんは深い溜め息を吐いて言葉を続ける。



「分かり易く教えてあげる。キミの目の前に一億円が入ったバッグがあります。どうする?」


「……拾います」



 まるで幼い子供に物を教えるような問い方には苛立ちを覚えない訳ではない。それでも今度は間違えないように――



「じゃあ、一億円が入ったバッグは? どうする?」


「バレないように処分するか、隠して……」



 そこでようやく質問の意図に気付く事が出来た。俺の様子に頷いて、受付のお姉さんは更に続ける。



「キミが最初に応えた事は、このバッグには一億円が入ってます。どうぞ取れる物なら取ってくださいって貼り紙をしているようなものなの。なんの防犯対策もしないままね」


「だけど、そんなの俺は――」


「それって被害者の事情で、被害者の視点でしょう? それともキミがいた街ではお金の入った財布を落としたら、みんながみんな丁寧に拾って届けてくれていたの?」



 ぐぅの音も出ないとはこの事か。間違いなく、この人の言っている事は正しい、それは覆しようもなければ必要さえない事だ。



「最近になって統計が取れて来た事なんだけど、数日中に死亡、もしくは奴隷になってしまうという来訪者(ヴァンデラー)っていうのは多いのよ。確認されているなかでは、まともに生活している来訪者(ヴァンデラー)との対比でいえば……生存率20パーセントという所かしら」


「そんなに……」



 確認されていない部分がどれだけなのかは判らないけど、予想もしなかった現実に額に冷や汗が伝う。



「大体がゲーム感覚だったり、無知、無謀なのが理由ね。それに……大丈夫? 顔が青いけど……」



 余程酷い顔だったのか。不意に言葉を止めた受付のお姉さんが俺の頬に手を伸ばす。



「驚かせてごめんなさい。でも、キミの事が心配だったのよ。私も辛い経験をしてきたから……だけど、もう心配いらないわ」


「あ……」



 頬に触れた手の温もりに、あぁ……この人は、わざとキツい物言いをしていたんだな、と――



「ハニートラップ。大抵の来訪者(ヴァンデラー)はこれで堕ちるわ」



 ぺしん、と額を打ったのは、先程まで差し伸ばされていた手だった。



「意外に初心(うぶ)なのね。本当に大丈夫?」


「性格悪……」



 頬を一撫でして笑う受付に、囁かな反抗と呟くと、更に笑われた。なんなのこの人。


「それでは京平君。キミはこれからどうしたい? どうするのがいいと思う?」



 粗方からかい飽きたのか、両手を組んで問う受付。そんな事決まってる。



「帰ります」


「ふぇ?」



 座ったままのだから退席という意味ではない事くらい、彼女も判ってるだろう。しかし、間の抜けた声には、ちょっとだけ気持ちが晴れた。



「帰界の申請って出来るんですよね?」


「あ、いや……出来ますけど、誰からか聞いたんですか?」



 余程予想していない言葉だったのだろう。受付は視線を泳がせながら顔を寄せる。そこには先程までの性悪さはなかった。こっちが素なのか、それなら悪かったかもしれない。


 あまり公にしたくない話なのか、俺も少し前に出て話を進めてみる事にした。




「ノワ……こっちで初めて会った子なんですけど、ギルドに言えば大丈夫だって」


「……京平君。キミってもしかして凄く幸運の持ち主? 一億円落としたのに全額届けてくれてるようなモノだよ、それ。え? なにそれもしかして金持ちの家に拾われた?」



 少なくともノワイエは優しいし、俺に一億円の価値がない事は判ってるつもりだが……そんなに驚く事ないと思う。



「どうなんですか?」


「いや、可能だよ。でも、あれだよ? もし、さっき私が脅かした事を気にしてるようならもう大丈夫だよ? ギルドは安心安全っていうのは嘘じゃないし……そりゃさ、私も良かれと思ったとか老婆心とか言いたくないけど、脅かしたからにはキチンと京平君の担当になって努めようと――」



 あ、この人もアレだ。良い人だ。



「なんですか年上に向かって、その優しい目は……そして、まるでオジサンみたいに私の頭を叩いたりするんですか? 『かずっちは相変わらずぽわぽわしてんなぁ』って、そう言われないように伊達眼鏡を買ってきてもらったんですし……あ、ちょっと試して叩いてみてください。強く叩いたらダメですよ?」


「何を言ってるんだアンタは……」



 怖い。この人怖いよ。


 ドン引きしているのが伝わってくれたのか。我に返った受付のお姉さんは、コホンと咳払いを一つ。何事もなかったかのように近くの戸棚からファイルを取り出すと、ペラペラと捲っていく。



「帰界の手続きですが……うーん、今日の手続きとなりますと――」


「やっぱり結構かかります?」



 そうだよな。紀伊家じゃないんだし、国外、増してや異世界なんて当日には無理だろう。一週間か、異世界だしもっとか――



「明後日とかでどうですか?」


「……は?」



 これには、俺も唖然とするしかなかった。



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