同郷者
がすん、と響く鈍い音に周囲の視線が一瞬だけ集まり、すぐに戻された。痛む顔面と羞恥心に俺の顔はさぞかし赤くなっているだろう。
「わぁ、そういうリアクション。もしかしなくても来訪者の方ですか? しかも比較的最近来られた」
「えぇ、まぁ……よく判りましたね」
事の原因である受付のお姉さんはキラキラと眩しい笑顔で俺を見つめていた。見た目は眼鏡の似合う綺麗なOLと言った風貌か、しかし口調は外見に反して明るく元気である。
「これでもベテランですから、来訪者の方への案内なんて10人から先は覚えてないってくらいにはベテランですから」
「は、はぁ……」
やけにベテランである事を主張するお姉さんに若干引き気味な俺、こういう人に限ってベテランというには実力が足りなかったり……いや、流石に失礼か。
「あっ、分かります分かります。その『なんだコイツ、本当は新米のぺーぺーなんじゃないの? まったく、未来の勇者様に対してこんな受付当ててんじゃねぇよ』的な視線。よぉぉくっ、覚えがあります」
「いや、そこまで思っては……あっ」
半ば肯定的な返事に口を噤んだが、もう遅かった。だが、予想と違い受付のお姉さんの表情はまだ明るい。
「いえ、いいんです。実際によく言われるんですよね。『本当にお前には貫禄って言葉が似合わないよな、見た目はアレだから黙ってればまだ……まぁ、頑張ってはいるよな』って、酷いですよね。私のハートがタフじゃなかったら泣いてましたよ」
「あの、それは非常になんといえばいいか……」
あぁ、これは完全にアレだ。久しぶりにあった近所のおばさんに捕まった感覚。この人からも同じ匂いがするぞ、こっちの事情を無視して話続けるタイプの匂いだ。
「さて、お喋りおばさんだと思われる前にお仕事に入りたいと思います」
「あの、もしかして思考読んでます?」
「いえ、大体いつもと似たようなパターンの視線をいただいてますので……でもおばさんとは思ってないです、よね?」
「それは、まぁ……勿論」
実際に思ってないけど答えを誘導するような質問のせいで返って嘘臭い形になったけど、俺のせいじゃないよね?
ともあれ、ようやくお仕事モードになったらしい受付のお姉さんに一安心か。
「それでは先ず初めに、アナタの異世界生活を安心安全に、ナビゲーターB5の斎藤 一穂が担当させて頂きます。よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします。あの、聞きたい事が出来たんですがいいですか?」
「はい、なんでしょう?」
落ち着きを取り戻せば、確かにベテランなように見えない事もない受付のお姉さんなんだが、俺の興味は最早そこではない。
「受付のお姉さんって来訪者で、もしかして日本人ですか?」
「…………」
ちくたくという擬音すら聞こえるような沈黙に、受付のお姉さんの顔は、ポンと笑顔になった。あ、ヤバい。
「なんだもしかして同郷ってヤツですか? わぁ、わぁ、久しぶりですよ同郷から来た来訪者さんは。え、どこ出身? 見た感じ……学生さん? いやぁ、若いね。実は私もキミと同じくらいの歳にこっちに来てさぁ……大変だったよ。だって私の頃なんて――」
「…………」
「ではまず氏名、年齢、現在に置ける住所、もしくは宿をご記入ください」
「いや、取り繕ってももう遅いですからね!?」
なにこのジェットコースターみたいな人。凄く疲れそうなんだけど。
「はいはい。どうせ私は目覚まし時計みたいなおばさんですよ」
「いや、だからおばさんとは思って……」
「うるさいとは思ってる。と?」
「いや、まぁ……賑やかな人だな、と」
ジトッとした視線から目を逸らしつつ、遠回し気味に正直に応えると小さな溜め息が聞こえた。
「ま、慣れてますからいいですよ。はい、これが用紙。ちなみに製紙技術とかペンとか異世界に夢を持ってたらごめんなさい。ここのギルドではある程度ヴァンデリウム……異世界技術が取り入れられてるから」
「来訪者が作った国ですよね。俺もさっき聞きましたし、トラック走ってるの見ましたよ」
「あぁ、それなら話は早いか。流石にあれはやり過ぎだと私も思うんだけどねぇ……用紙に書く字は日本語でOK、というかそう見えるんでしょ?」
苦笑いする受付のお姉さんの言葉に首を傾げつつ用紙に目を通す。馴染みのあるA4くらいのコピー用紙に書かれている字は普通に日本語なのだが……
「この世界にある異世界人召喚技術も進歩しててね。何世代か前までは最終神極世界で使われる文字を読むのに苦労したらしいわよ?私も主な公用語なら読めるけど地方の奥深くの言語とか読めないし、でも古い年代の来訪者からは『本当に今の来訪者はユトリー並みにゆとってるよな』だなんて言われるんだから。知らんがな、って話じゃない?」
「あぁ、それは嫌ですね」
気のせいか、段々フランクな話し方になっているような気がする。同郷だから俺も嫌な感じはしないけど……
「出来ました。ところで住所とかまだよく解らないんですけど……」
「はい、お疲れ様でした。あぁ、それもそうか。えっと本来ならプライバシーの保護とかあるんだけど……京平君? 記載不備とかで何回も足を運ばせちゃ悪いから色々と私にお任せしてみない?」
名前を呼ぶ受付のお姉さんの声は、どこか色っぽい感じがして……え? 何これ、どういう事? ちょっと怖いんだけど。
そんな不安を余所に受付のお姉さんは、余裕の笑みを浮かべる。冷静でも明るくでもない、どこか優しげな微笑みだ。
「悪いようにはしないからさ。これでもナビゲーターのクラス、しかも頭入り間近のB5なんだから。言ったでしょ? 異世界生活の安心安全って」
「それじゃあ……お願いしま――」
す。と言い切る前に、受付のお姉さんが人差し指を伸ばして制止する。
「はい。先ずは一回。アナタは死んだ」
その声は、冷たい響きで俺の耳に届いた。




