その名は
人通りの少ない路地を抜けた先、それはあった。
「ここが……ディスティーネ南ギルドです」
足が向くまま気の向くままではないが、偶然にも俺達はその場所に着いてしまった。
家を出た時は、ここで仕事を探す手筈だったのだから丁度良かったという見方もある。しかし、俺はもう知っている。ここが短い異世界生活に終わりを告げる場所だという事に。
ノワイエもまた、何か思う所があるのか、その声が抑制されているかのように聞こえた。
目の前に建つギルド、大きさ的に言えば隣接する家屋の4倍くらいだろう。正面に広く開かれた門には数人の人々が出入りしている。皮のジャケット、腰に回したベルトに差している長剣、いかにも冒険者な格好をしている者もいれば、薄手のシャツに長ズボンという軽装の街人らしき者もいる。
いや、今更だが俺達の格好がおかしな事には気が付いていた。外套やローブで身を隠している人なんて、あの交易路ですら数える程しかいなかったし。いや、旅人という点で見よう、ならおかしい事はない筈だ。
「何か割の良い仕事が見つかるといいけど……」
「そうですね」
元来の目的なのに、自分の口から出た言葉は白々しく、返ってくる言葉もどこか物寂しい声色だった。
……いや、本当は情が移っているんだとは気が付いている。この世界で会ったノワイエという仮面の少女に、恩を感じている。
出会ってまだ一日と経っていないのにな。
「それと、手続きもやっとこうかな」
「……はい」
だからこそ。
その線引きは必要だった。
役に立たない俺では、彼女をどうこうしようなんて烏滸がましい。
「……京平さん?」
なのに一歩を踏み出す事さえ出来ずにいるのだから、自分が心底嫌になる。
何がしたいんだ、俺は。
「……帰る場所――」
不意に握り締めた手の感触と、街のざわめきに消えてしまいそうな程小さな声が聞こえる。
仮面の少女は、俺を見ていた。翡翠色の瞳にはどんな感情が込められているのか、俺には判らない。
でも、その先の言葉は――
「帰られる場所があるなら、帰るべきだと思います」
――あぁ、言わせてしまった。
理由を、確たる理由を与えられたなら、俺はもう迷えない。
縫い付けられたように動かない足は、その一歩を踏み出す。
繋いでいた手は、いつの間にか離れていた。
ギルドの中は、想像とは若干違っていた。と、いうのも、なんとなく荒くれ者の溜まり場というイメージがあったからだ。
ありがちな初心者虐めでもしそうなチンピラはいない。あるのは吹き抜けのロビーと、両サイドに並ぶのは受付窓口。
市役所か。思わずそう言いたくなる内装だ。利便性が高いのは認めるけど。
「まずはギルドカードを発行します。こういう物ですね」
そういってノワイエが袖から取り出したのは、薄茶色をした免許証のような物。定番といえば定番、これといっておかしな所は見当たらない。
「昨日もお伝えしましたが、京平さんは来訪者なので初回手数料は掛かりません。受付は……えっと、あちらですね」
「ありがとう。じゃあ行ってくるよ」
「はい、わたしは先にお仕事見ておきますので……」
まるで保護者のように便りになるノワイエの案内に、本当に頭が上がらない。しっかりしないとな、本当に。
受付嬢も俺に気が付いたらしい。ジェスチャーで着席を促されても、余裕のスマイルを浮かべる。
おどおどするな。胸を張っていけ。
面接みたいなもんさ。まずは軽く会釈を交わして――
「最終神極世界へようこそ、チュートリアルをお聞きになりますか?」
受付テーブルに頭を打った。




