生活基盤 (7/23改正)
改めて言質は取れた。
限られた期間ではあるが、しっかりとした生活基盤がある内になんとかしないといけない。自立とまでは行かなくても、だ。
「とはいえ、俺が出来るような事なんてあるのかね?」
「厨二術を使わない仕事、ですか……」
顎に手を当て悩む姿がなんだか様になっているノワイエ。君だけが便りなんだ。何から何まで本当にごめんなさい。
「……ギルドに行ってみますか?」
待つこと数秒。もっともらしい答えがノワイエの口から出た。
曰わく、クエストと呼ばれるお仕事を斡旋してくれる場所なのだそうだ。ギルドに登録する為に3シルバかかるそうなのだが、来訪者は特例として免除されるらしい。
無一文で放り出された彼らだが、この世界の人よりも大きな力を持っている場合が多い為の措置らしい。
3シルバくらい直ぐに稼いで来るのだから、ちょっとくらい融通を効かせて恩を売っておきたいというヤツかね。
「はい、ノワイエ先生」
「せ、先生……なんですか? 京平さん」
機嫌良さげに返事をしてくれるノワイエ。何でも答えますよという意気込みがよく伝わってくる。仮面で表情が見えないのに、表現が豊かというか、分かり易いというか。
「シルバっていうのは、この世界の通貨の名称でいいんですか?」
「世界共通とはいえないですけど、多くの国で使われてるメジャーな通貨ですね」
晴れ渡る空の下、ノワイエ先生はそこまで言うと突然、少し待っていてくださいと中座。何が始まるのだろうか。
「お待たせしました」
小脇に板状の物を抱えて戻って来たノワイエは、それをテーブルの上にドンと置く。
紺色の板に、白い何かの欠片。小さいながらも覚えのある黒板とチョークである。それにジャラジャラと硬質的な音をさせる袋もある。
「現在、この交易都市デスティーネは勿論のこと、広く使われているのがこのアイン硬貨です」
そう言って袋から取り出したるは、十円くらいはある鈍色のコイン。
「続いてアイン硬貨1,00枚分と同価値なのがシルバ硬貨、シルバ硬貨10枚分と同価値なのがゴルド硬貨。あとは一般的に出回ってはいませんがミスリル硬貨や記念硬貨であるハルコニウム硬貨などがあります」
説明を交えながら、カツカツとチョークで黒板に文字を書いていく。シルバ硬貨はアイン硬貨よりも少し小さな銀色をしていた。ゴルド硬貨は手元になかったようだ。
1,00アイン = 1シルバ
1,000アイン = 10シルバ = 1ゴルド
100ゴルド = 1ミスリル
ほう、分かり易い。1アインが1円の基準として、1シルバが百円、1ゴルドが千円、1ミスリルが十万円となる。これはありがたい話だ。
「余談として、この通貨名称は硬貨の材質に由来するとされます。偽造などは重罪となるので注意をしてください」
「やるつもりはないけど、こんな簡単な作りならいくらでも偽造出来そうだよな」
1シルバ硬貨のつるりとした表面をなぞりながら、もしかしたら上手くやれば働かなくても……なんて考えが過ぎらなかったわけでもないが。
というかゴルドが金貨なら一枚百円とかヤバいな。お土産に一枚くらい持って帰りたいかも……
「それもそうですが、実質的に不可能とされています。硬貨を作る際、特殊な資格を持つ方々の厨二術が込められていますので、資格のない人が作るとすぐに判ってしまいます」「便利なもんだな」
出ました厨二術。だからといって反応するようなレベルではないのだが。
「次に、基準として例に挙げるならば、わたし一人が1日分の生活するのに必要な価格は……大体3シルバくらいになりますかね」
「なるほど」
1日300円か。そう考えると結構物価は安いのかも知れない。
「あと、一応これが我が家にある硬貨なので無くさないようにしてくださいね?」
「あぁ、気をつけるよ……」
テーブルの上に置かれている硬貨を丁寧にノワイエへと渡す。お金の管理はしっかりしないとダメだよな――
袋へと戻された硬貨が、ちゃりんと軽い音を立てたのを聞いた瞬間。非常に嫌な予感がした。いや、もしかしたら気のせいなのかもしれない。
「ノワイエ? その袋にあるお金が全部って言ってたけど……その、大丈夫なの?」
「何がでしょうか?」
疑問を疑問で返すのは構わないんだが、俺の懸念は最早、ノワイエの持つ九流実家の全財産にあった。
最初に見た時は判らなかったけど、あの袋に入ってるのは……それ程でもないように見える。しかも、ゴルド硬貨は持ってないと言っていたばかりで――
「大丈夫ですよ。ちゃんと6シルバと15アイン入ってるのは確認してますから……この袋だって穴も空いてませんし」
「…………」
うんうんと頷いてみせるノワイエだけど、俺は言葉を失った。
615円。それが彼女の全財産だというなら、あと2日は生きていけるだろう。
ただし、俺を入れたら1日で……ほぼ無一文だ。
「ノワイエ。今すぐギルドに連れて行ってくれ、可能なら即金な案件を見つけよう」
「え? え? どうしたんですか?」
危機感が乏しいのは気付いていないからか、俺の言葉にノワイエはオロオロと戸惑って、改めて袋の中身を見て、俺の顔を見て……
「あはは、頑張りましょう。わたしも手伝いますから」
乾いた声で笑うのだった。
しっかりした生活基盤だと思っていた時間は、あまりにも短かった。