サラブレット(9/5改稿)
「かえ……え? 帰りたいんですか?」
あまりにも予想外だったのか、困惑気味に俺を凝視するノワイエ。それ程までにおかしい事を言っただろうかと自問自答してみる。
Q.ある日、貴方は異世界で目覚めました。どうしますか?
A.帰ります。
いや、確かにおかしいかもしれない。
だが、それは漫画やゲームなどの物語における所謂フィクションを前提に踏まえた話である。現実にいえば、それは拉致と言っても過言ではない。
「とはいえ、帰る手段があるならだけどね」
「でも異世界ですよ!? 見た事も聞いた事もない世界なんですよ!? なんかこう……やってやるぜ!! みたいになりませんか!?」
握り締めた両手を胸の前で、えいやと持って行くノワイエの仕草は可愛らしい物がある。
彼女の言う事も一理ある。そういう考え方もあるだろう。好奇心を擽られないかと言われれば嘘になる。
「なにも今すぐ帰りたいっていった訳じゃないよ。お願いもされたし、ね?」
苦笑して自分の腕を撫でさすりながら、出した答えは控えめな拒否。それでも少なくとも、三日間はお世話になるという約束だ。悠長に構えていられる状況ではないのも確かではある。
「そう、ですか……」
「なんだか期待に応えられないみたいで、ごめんな?」
俺の意志を汲んでくれたらしい、微かに肩を落とすノワイエの姿を見ていると胸が痛む。
「いえ、あの……もしかしてそちらの世界に彼女さんを残してきた……とかですか?」
「ぶほっ」
思わぬ問いかけに吹き出す。まったくどうしてそうなるのか。いや、頑なともいえる俺の態度を見ていればそう考える事も妥当だけど。いや、落ち着け俺。
元の世界に対する未練は、確かにある。恐らく、範囲として非常に狭いだろう。我が家と隣家一つ分。それが俺にとっての未練で……
――私に至らない所があったなら……
――兄さん。
帰還に思い至る大きな理由は、それしかない。家族と、家族みたいな奴の為だ。
「いや、彼女とかじゃないんだけどね。家族ぐるみの付き合いがある幼なじみってだけで、よくよく考えると喧嘩? そんなことしてる最中だったから、さ……」
原因は俺で、俺が向こうを拒絶しているだけなのだから喧嘩というのもおかしいが――
「その人のこと、好きなんですね」
「まぁ、嫌いだったら帰りたいと思わないよ。腐れ縁だしね」
薄暗い天井を見上げたのは気恥ずかしさからか。本人達もいないし、素直にこんな話を出来たのも初めてだったけど、ちょっとだけくすぐったい気もする。
「その気持ち、少しだけ……解ります」
「そういえばノワイエの家族は――」
視界の外にあった寂しげな言葉に、ふと気に掛かる事を口にした。
何気なく、よく考えていたなら、訊くべくもない言葉。
「母も父も既に……」
よく考えなかった結果がこれだ。既に、その先の言葉を言わなかった、言えなかったのは、まだ気持ちが落ち着く所に落ち着いてないからだろうか。
「そっか、ごめん。辛い事を思い出させた」
「いえ……それで、京平さんが帰る方法なんですが――」
話題を戻すノワイエに、また気を使わせてしまったようで申し訳ない。かといって蒸し返すような馬鹿はしない、なんらかの形で詫びはしよう。
「方法はあります」
断言。あまりに簡単に告げられたノワイエの言葉に、俺は一瞬だけ呆けてしまった。
訊いた俺がいうのもなんだが。こういう物は大抵が不明確なパターンが定説ではなかろうか。いや、拉致とか現実的に考えておいてなんだが――
「……もしかして、世界を絶望と恐怖に陥れた魔王を倒せとか?」
「いえ、それはもう昔に倒されています」
魔王は倒されてた!!
よかった。平和って素晴らしい。
「……というか。京平さんもそういう話が好きなんですか?」
「いや、別に……それより他にどうするってんだ?」
意外そうに、少しだけ明るくなったノワイエの声色に反して、俺はなんだかきまりが悪くなって視線と話題を逸らす。
若干ぶっきらぼうに促されながらも、ノワイエは気を悪くした様子もなく言葉を続けた。
「魔王を倒す。というのは強ち的外れな答えではないんですが……魔王を倒した14人の英雄たち。『創生者(フロンティア=フォーティーン)』の内、8名が『来訪者であり、3名が自分達の世界に帰還した。と言われています」
微かに目眩がしそうな単語が並んだが、どうにか気を確かに保つことができた。
英雄側が多い気がしなくもない。というか、半数に近い数が帰ったんなら俺が帰る選択を取ったのも不自然じゃないだろう。いや、なんか偉そうだな。
「残った『来訪者』の方は自分達の国を作るといったり、その冒険をきっかけに結ばれてこの世界に残ったり、旅を続けたりしているそうです」
後者はありそうだけど、国を作るとかまた大胆な……
「というか、随分とまた具体的に広まってるもんだな」
「いえ、わたしの両親やカンナお婆さんからよくその時の事を聞かされていましたから。一般的には名声を嫌ったりする方々もいるので、一部の英雄については名前も伝わってません」
微かな寂寥感を滲ませ、ノワイエの説明はそう締めくくられた。カンナお婆さんが誰かは知らないが、今の彼女の保護者みたいな存在なのか。
それより、ちょっと気になる事がある。
一般的。と言ったという事は、彼女自身をそこに置いていないわけで……何より実体験を聞かされたみたいな言い回しだった。
「ひょっとして、ノワイエのご両親って……」
「はい。あまり公言はしたくないですが、二人とも『創生者達(フロンティア=フォーティーン)』のメンバーです』
おうふ。
バリバリのサラブレットだ。