二話 シツレン
「『失恋した貴方の心とかを癒します☆ 恋愛の精霊、シツレン』ねぇ」
日曜日の早朝。
住宅街の真中。
そんな所で叫びながら会話するのもアレなので(ついさっきも叫びながらドア開いたりしたし)、俺はこの訪問者を自宅に入れていた。
卓袱台を挟み、互いに床に直に座っている。
そして今、先程この訪問者――シツレン、とやら――から取り上げた名刺を読み上げている。
精霊。
アニメやらラノベやら漫画やらの中ではよく聞く単語。
逆に言ってしまえば、三次元では滅多に聞かない単語。
しかも、恋愛の、だ。
アホかと。
「にしても、よく出てくれましたね?」
「ドアを壊されたくは無いし、三十分経過したしな」
「?」
コイツが美少女じゃなかったら通報してるレベルの不審者なんだよ?
いや、でも(自称)精霊についてはどうやって通報すれば良いんだ? うーん。
……突然現れた金髪巨乳美少女を自宅に連れ込んでいる男子高校生、って時点で俺の方がアカンか。
で、だ。
「お前は何者なんだ」
失恋した貴方の心とかを癒す、とかなんとか、この紙片には書いてある。
さあ、ここで疑問点。
どうして俺が失恋した事をコイツは知っている?
クラスや学年で俺の玉砕の噂を聞いた覚えは無い。
俺の耳に入らなかっただけ、っつ訳でも無いだろう。
なら、なんで?
「恋愛の精霊です☆」
きゃはっ☆ なーんて文字が見えてきそうな笑顔だった。
「……確か徒歩五分以内の所に病院があったような、」
「頭は大丈夫ですよ!?」
でもあそこ脳外科あったっけな、とか考えている内にツッコミが入った。
「そもそも! 君をフった当人と君以外は知らない事実――『赤村剛は失恋した』を私は知っているんだよ!?」
「もしかして、あの場に居たり?」
「いや?」
でも、これが本当だとしたら、噂が流れたりはしていない、って事だよなぁ。
それはとてもありがたい。
本当だとしたら、だがなんだがな!
「だーかーらー、私は失恋の気配を感じ取って、そこに現れて失恋者を救うのが使命で仕事でmissionなんですー」
「へぇー」
「信じてる?」
「いや?」
それが本当だとしたら、コイツはハイエナかっての。
「特に、失恋しまくる人の所には現れやすいのよ、私」
「出ていけ」
なんだか今、遠回しに馬鹿にされた気がする。
誰が失恋しまくり野郎だ。いや合ってるけど。
「――故に、私の通称は『童貞の味方』です」
「出ていけ」
なんだか今、遠回しに馬鹿にされた気がする。
誰が魔法使いの候補生だ。いや合ってるけど。
「いやー、我ながら童貞好みな外見だとは思うんですよー」
とか言いながら自らの胸を持ち上げる不審者。
たゆん、と重そうで柔らかそうな印象を与えたり与えたりしてくる。
「まぁ、十八禁な事はさせないんですけどね」
「……『小悪魔』と『小悪党』は一文字違いらしいっすよ」
「なんで今そんな事言ったの!?」
「いや、うん」
自分の体を見せつけておきながら触らせない、って小悪魔やビッチの思考回路なのでは?
しかも、童貞が失恋する度に、そこに現れては見せつけるんだろ?
やはり小悪魔かビッチなのでは。
……つまり俺は、こんな奴を家に上げてしまったのか?
「失恋のショックよりムラムラが上回れば癒されるでしょ?」
「届かないのに!?」
「まーまー」
「俺が理不尽にキレてるみたいに扱わないでくれねぇか!?」
「どーどー」
「落ち着いてられるか!」
「……ティッシュならタダであげますよ?」
「そういう意味でじゃねぇ!」
ぜはーぜはー、と息が切れる。
「そーいう事で、ムラムラから解放されたかったら頑張って彼女作れよ☆」
「そーいう方法かああああぁぁぁぁ!」
日曜日に、童貞の声が響く。