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第一話 赤村剛

 キンコーン、と我が家のインターホンが鳴り響いた。

 週に一度きりの日曜。

 テレビの前の八時半。

 俺は吐息を漏らした。

「誰だよ、こんな朝っぱらから」

 荒んだ世界に荒んで生きる我が傷心を癒すオアシス――この日この時間このチャンネルの女児向けアニメ。

 そんな娯楽の邪魔をする輩は、誰であろうと許すつもりは無い。

 大方、新聞勧誘か宗教勧誘かのどちらかだろう。勧誘ばっかだな。

 我が家には録画機なんて洒落たアイテムは無い。

 故にここは、人類が生み出した叡智の極みを発動させるしかあるまい。

 それは、

「居留守だな」

 ぱりぽり、と朝食の漬け物を噛みながら呟いた。

 視線はテレビ画面に釘付け。

 聴覚もヘッドホンに釘付け。

 思考もこのアニメに釘付け。

 故に、早朝訪問の無礼者に関わっている暇なんて無いのだよ。

「もしもーし、生きてますかー?」

 キンコーン。

 ……もうすぐ最終回、と思うと感慨深いものがあるなぁ。

「って言うかまず、ちゃんと生きてますよねー?」

 キンコーン。

 ……この約一年間、彼女達の成長を見守ってきた訳だしなぁ。

「もしかしなくても居留守、使ってますよねー?」

 キンコーン。

 ……娘を嫁として送り出す父親の気分ってこんな感じかなぁ。

「おーい、赤村剛あかむら つよしさーん?」

 キンコーン。

 ……いや、どちらかと言うと――

「もしや家間違えたかな? いや、ここだよね?」

 キンコーン。

 ……まぁ、このシリーズが終わったら、また次のシリーズを見るだけなんですけどね。

「doorの修繕費、ってお幾らなか知ってますー?」

「知るかああああぁぁぁぁぁぁッ!」

 ダンッ、と勢いよく廊下を駆けて。

 バンッ、と勢いよくドアを開けて。

 視線を外に向けてみれば、そこには高校生くらいであろう美少女が立っていた。

 ファッションとか美容とかに詳しくない俺でも分かる位に、この訪問者は整っていた。

 下手な糸よりも細そうな黄金の長髪。

 恐らく地毛だろうに長い漆黒の睫毛。

 宝石のごとく澄んでいる紺碧の双眸。

 シミ一つ存在していない純白の皮膚。

 恐らく地色だろうに輝く緋色の口唇。

 群青が眩しくも懐かしいセーラー服。

 その下から自己主張する巨大な双丘。

 その上で小さく主張する紅のリボン。

 短すぎず長すぎぬ妙な丈のスカート。

 その中から伸びている細く長い両脚。

 その上を皺もなく覆う漆黒のニーソ。

 地に足付いて落ち着いた茶色の革靴。

「あ、やっぱり居留守だった」

 そんな存在が、今、我が家の前に立っていた。

 ついうっかり頭頂から爪先までじっくりゆっくりどっぷり拝んでしまう程度には魅力的な存在だった。

「もしもーし?」

 ふらふら、と俺の目の前で力無く振られる訪問者の右手。

 見てみると、その手の人差し指と中指は一枚の紙片が挟まっている。

 名刺――にしては少し大きいか、トランプくらいのサイズな紙片が。

「叫びながら出てきたと思ったら突然黙っちゃって……、もしかしてtoiletでした? って、あっ」

 ぴっ、とそれを抜き取らんとすると、抵抗される事もなく紙片は俺の手中に収まる。

 ぴっ、とそれを自分の目の前に持ち運び、見てみれば。

「!?」

「あ、自己紹介が遅れました!」

 ざさっ、と訪問者が佇まいを正しながら、

「私、失恋した人間をsupportする、恋の病専門のdoctor! 人呼んで――」

 英語の部分だけを意味無く無駄に流暢に、

「シツレンさんです☆」

 きゃぴっ、なんて擬音を思わせる笑顔で、

「……は?」

 口にした。

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