一人遊びの放課後
本小説はPixiv上3次創作交流企画のその後を舞台にしております。企画・原作の特徴を前面に出した内容のため、残酷描写があります。また、企画の内容を知らない方でも読めるよう配慮しておりますが、苦手な方はご注意ください。
傾いた西日の屋上。本当は生徒の立ち入りは禁止で、でも鍵は開いている。もしかして閉め忘れなのか、見回りの対象から外れているのか。生徒にとって都合のよい隠れ家みたいなものだ。それでも、夕方にはみんなそのお気に入りの場所には近づかない。
『夕方の屋上には人喰い幽霊が出る』
らしいので、みんないたって消えてしまうそうなのだ。
わたしは、夕方の屋上が好きだ。好きと言うか、『あること』をするのに屋上を使って遊んでいる。
「いち、にぃ、さん、し、ごぉ、ろく、しち、はち、きゅう、じゅう、じゅういち、じゅうに、じゅうさん、じゅうし……」
一人きりの屋上、誰もいやしないのに目を手で覆って小さくしゃがみこんで数を数える。いくつまででもいい。一人ぼっちで聞く人は誰もいないのだから。
「……きゅじゅうさん、きゅうじゅうよん、きゅうじゅうご、きゅうじゅうろく、きゅうじゅうしち、きゅうじゅうはち、きゅうじゅうきゅう、ひゃく」
わたしは百まで数えてから、あの言葉を大きな声で言う。
「もーいーかーい」
「もーいーよー」
背後からの、甘く響く男子の声。手の覆いを解く。このとき、うしろを見てはいけない。儀式によって幽霊に質問を出来るが、振り向いて幽霊を見たら……食べられてしまうから。
「あれぇ? またツインテちゃん?」
「うん…… またきたよ」
「そっかー、今日の質問は?」
「えっとね……」
この遊びはどこから伝わってきたのかは分からない。こっくりさんのような、一人かくれんぼのような、怖いものと新しいものが好きな生徒には大流行した。けれど、反応は半々だ。「質問をした」と言うもの、「何も聞こえなかった」と言うもの、そして……噂ではあるが、食べられてしまったものがいる。
とはいえ、この学校はその手の噂がとことん多い。きっと家出をしたなどの理由で学校へ来なくなった生徒をあてはめて楽しんでいるのだろう。けれどこの遊びも、大流行したのちに下火となり、もう誰も……、わたし以外は、していないに近い。
「この遊びのこと、教えてくれる?」
「遊び、遊びねぇ? やってるのに聞きたいんだぁ?」
「……いいじゃない、やり過ぎてネタが尽きてんの」
背後で、幽霊がヒッヒッヒ、と笑う。いつも思うけれどこの幽霊、割といい声してるのに笑い方と性格が残念だ。
「イイよぉ、教えてア・ゲ・ル」
「なんかその言い方やらしい……」
「えーだってツインテちゃんが おしえて っていうから」
「声真似キモ……」
「傷つく! いくら己でも傷ついちゃうよ!」
そう、この遊びをする上で、大切なこと。『幽霊には絶対に名前を教えてはいけない。特に女子生徒は、下の名前だけでも呪われる』というもの。かたくなに名前を教えないわたしに、幽霊は「ツインテちゃん」という見た目まんまなあだ名をつけた。たしかに赤いツインテールはわたしのチャームポイントだけれど、こうもからかわれるように言われるとムカつく。
「ま、いーよ この遊びのことだっけ?」
「そう。誰が広めたのかなー って」
「ツインテちゃん、この遊び上級者なんだから分かってるでしょー?」
「『イエスかノーでしか答えられる質問にしか答えてくれない』……」
「ご明察ゥ」
幽霊が茶化す。こういう場合は、と質問文を作る。
「じゃあ、『この遊びを広めたのは女の子』?」
「『イエス』。」
「へーっ じゃ、次ね?『この遊びを広めたのは二年生』?」
「なんで二年生?」
「いいから答えてよ…… べつに、一番遊んでそうなのって二年目じゃない」
「フヒヒ ご明答だよぉ 『イエス』。」
「じゃあ、『その子はうちの学校の生徒』?」
「うぅん、『イエス』であり『ノー』かなぁ」
「どういうことよ、それ……」
というか、なぜこの幽霊がそこまで知っているのか、疑問に思えてきた。もしかしてこの幽霊は生身の人間で、『振り向かない』のをいいことに好き勝手答えているのでは、と。実のところ、わたしがこの幽霊のことで知っていると言えば声のみなのだ。
「……もしかして幽霊って全知全能とか?」
「んなわけねーじゃん」
ですよねぇ。自分が幽霊になったとしても人の思ってることとか分かる気もしないし、過去を覗いてくる、なんて芸当も出来ないと思う。
「あ、もしかしてその子が知り合い……とか?」
「……『イエス』」
当たった、けれども、だからといってどうということは、ない。
「……この遊びが流行ったのは、去年の九月。わたしは一年生だった」
「そうだねぇ」
「遊びをやる時は一人じゃないといけなくて、一年生は優先順位が低かったの。だからきっといつも人がいて、できないって思ってた。その割には噂なんてその時だけで一年経った今じゃ『喰われる』なんて肝試しにしか使われないわ」
「そうだねー 今はツインテちゃんぐらいしか来ないなァ」
「だから、今の二年生がよくやってた遊びとは思えないの…… きっと三年生もくるだろうし。受験の息抜きとか、ハマっちゃう人も多いんじゃない?
もしかして、その人って…… 『うちの生徒だけどうちの生徒じゃない』って、死んじゃってるんじゃない…… のかな……」
幽霊からの返事はない。そう、知り合いなわけだし、やっぱり気まずいのだろうか。静寂が痛い。わたしの背中の向こうで、確かに彼の存在を感じた。けれど、この世のものじゃない。それは分かってる。けれど、ここにいて、辛いことも感じているのだ……。
「そ、その、答えにくかったらいいから…… ねっ わたしの独り言なわけだし、気にしないで……」
ふと、言い訳のように捲し立てている間に、何かが変わった。もうすぐ陽が落ちる。この遊びは夕方限定だ。もしかして時間切れなのかと思うより先に、わたしは後ろを振り向いてしまっていた。
「ゆ、幽霊……?」
そこにはなにもいなかった。呼びかけても返事がない。暗くなってしまったからなのか、学校はいつもと違う表情を見せていた。合宿の時や、学祭の居残り準備の時とも違う。まるで命あるものを飲み込んでしまうかのような、気味の悪い閉塞感を漂わせていた。ここはひらけた屋上なのに、圧迫感しか感じない。
「寒い……」
カーディガンの前をしっかり留めて、速足でここから抜け出すことにした。幽霊はわたしの質問に答えず消えてしまった。そしてわたしは、『遊び』の最後のルールを忘れていた。幽霊と慣れあって、お喋りが楽しくなって、『危険な遊び』だということをすこんと頭から落としてきてしまったようだった。そう、あの屋上に。
遊びをやめる時は、『みつけた』と言わなければいけないのだ。
荷物を取りに二年の教室に戻らないといけない。屋上から降りる階段を下り、廊下へ出ようとした時、誰かが横切った気がした。まだ部活の生徒が残っているのだろうか。しかし、屋上から階段を下ってから廊下を歩く間、人影はおろか、部活終了後のあの気だるげな気配さえ感じさせてはもらえなかった。とてつもなく暗い。別に、電気がついていないわけではないのだ。この闇の箱の中に閉じ込められた感覚に胸がつぶれそうだった。
訳もわからず歩みが速まる。それは自分の意志なのか、何かに急き立てられているのか、肩を上下させてやっと息をしていた。
「2のB、2のB……!」
全く知らない別の学校に来てしまったようだった。必死で自分のクラスを呟きながら、最短距離を歩もうとした。が、なにかが脚に引っ掛かり、勢い余って前へつんのめり転倒した。
「何よ、もう……」
痛いじゃないのよちょっと誰よまるでコントじゃない、と文句を言ってやろうとした刹那、背筋が凍った。引っ掛かったのではなく掴まれたのであり、それは血塗れの右手だった。
ひ、と声が詰まって息も止まった。あわてて振り解いたが腰が抜けて、尻を滑らせて移動するしかなかった。
「な、なに……? なんなの!」
膝ががくがくと頼りなく脚の下を蹴った力を伝える。なんとか立ち上がると今来た方向とは逆へと進もうとする、が、下を向いて走ろうとしたからか何かにぶつかって移動を止められた。さほど勢いはなかったのでさっきのように転倒はしなかった。ぶつかった壁はやや軟らかかった。反射的に顔をあげると、栗色の髪の毛をした小柄な男子がそこにいた。一気に安堵の吐息が熱く出る。
「あ…… あの、ごめんね? 前見てなかったからぶつかっちゃって」
「……大丈夫」
ひゅ、となにかが頬をかすった。腕の動きを一瞬捉え、膝がかくんと折れたことがよかった。でなければ、男子生徒が指の間に挟んだ剃刀は頬でなく頸動脈を捕らえていたのだから。
「な、なんなの!」
「……残念」
男子生徒が剃刀についたわずかな血を舐めあげる。その異常な行動に嫌悪感が込み上げた。
「血、もっといっぱいだしてくれると嬉しいんだけど」
「いやよ死んじゃうじゃない!」
この変態! と、言える雰囲気ではなかったから踵を返してもと来た順路を折り返す。これでも脚には自信があるのだ……。
と、自慢するまでもなく先ほどの腕を踏んでまた転んだ。またこれも幸運だった。先ほどとは別の、髪をくくった男子が顔に向かってナイフを突き出していたのだ。もう少し腕の位置がずれていれば、一歩踏み出すのが遅れていれば…… 相当悲惨なことになっていたはずだ。
「あーあ、おしい!」
ほんとにね! と言いたいところだけれどそんな暇はない。現実とは程遠い事態に体がうまく動かない。なんとか脚を畳んで飛び出して抜ける機会を窺う。
「どうしてあなたたちこんなことするの! 十分犯罪だよ」
髪をくくった方の男子が楽しそうに言う。
「どうして? どうしてって何のこと? ここはそういうところなんだよ、おねーさん?」
わたしの常識とはかけ離れて、なにもそぐわない答えだった。期待した自分が馬鹿だったと後悔する。つまりここは、そう言うところなのだ。
「狂ってる!」
「そう? そうかも、ね!」
ナイフをすれ違いざまによけて走りだす。中学時代のトップスプリンターを舐めてはいけない。クラウチングスタートから廊下をダッシュする。走る、走る、走る。南側の階段にたどりつく。2‐Bの教室はこの二階下。じつは階段と言うものは登るより下る方が危険なのだ。わたしはそのことをすっかり忘れて滑り落ちるように暗い階段を下へ下へと走る。
階段もあと一階分の半分で終わる、と思ったその時、上から何かが降ってきた。わたしはそれに巻き込まれ、本当に階段を滑り落ちる。
「きゃああああああ!」
とても重いものだった。なぜ、降ってきたのか。上は階段の裏だ。そこから物が落ちるなんてことは。
「なんなのよ!」
それは重くて、冷たくて、ぐにゃりとしていて……。死体?
「いやっ!」
あわてて跳ねのけて駆け出す。もういや。もういや。お家に帰りたい。ごはん食べたい。お風呂に入りたい。一刻も早く安心したい。カバン。カバンを取りに行かなくちゃ。だから教室に―――
また、誰かとぶつかる。今度は衝撃が軽く、受け止められたような気がした。
「大丈夫?」
優しそうな、カチューシャをした女の子だった。わたしよりいくらか背が高く、まるでお姉さんみたい、と思った。この人も、この狂った世界に招かれてしまったのだろうか。
「あのっ、いまさっき、男の子に襲われて! 階段から死体みたいなものが降ってきて……! 逃げなきゃ! あなたも一緒に!」
その女の子はにっこりと笑った。
「逃げる? なんで?」
「なんでって……」
もしかして、わたしはもとのちゃんとした世界に戻ってこれたのだろうか?
そんな甘い考えが頭をよぎる。
「逃がさないわ? だってあなた、わたしたちの獲物だもの」
その女の子が、ナイフを振りかぶって。それを見た瞬間、わたしの体は横に吹っ飛んでいた。床にスライディングして廊下の真ん中で止まる。その上から軽い調子の声が降る。
「せんぱぁーい、エモノ一人占めしないでくださいよー」
「早い者勝ちって言葉、知ってるかしら。それに上級生のものを横取りする気?」
「そしたら己のほうが先でーす。いぇーい」
まあ、憎たらしい子、と女の子が言う。軽い調子で笑う男の子は肩掛けカバンをぶら下げていた。あれで殴られたのだ。人を一人吹き飛ばせるほどの重量を持ったカバンなど、なにが入っているのか考えるだけでも恐ろしい。とくに、持ち歩きについてだとか。
「まあいいわ…… お嬢さん、逃げるなんて言わないでね? そもそも逃げられやしないだろうけれど」
本格的に暗くなってきた廊下には、いつのまにか無数の気配が蠢いていた。二人とわたしにむかって詰めよってくる。こんなに多くの殺人鬼がいる。きっともう幸運は続かない。膝が折れたりこけたり吹っ飛ばされたり、あまり幸運とはいえない。さしずめ悪運と言ったところだろうが。
後ずさるが、やはり黒い群れはこちらへと歩み寄ってくる。廊下の横幅なんて狭いもので、すぐに扉に腕が当たって音を立てた。扉? 反射的に引き戸を開いて転がり込み、すぐさま締めようとする。
「ぎゃっ」
「足引っ込めなさいよぉ!」
あの群れの誰かが扉に足を挟まれ鈍い悲鳴をあげた。このまま足を引っ込めさせようと手を離したら終わりだ。とっさに、その挟まれた爪先を思い切り踏みつけた。
ばん! と先生に怒られそうな勢いで引き戸が閉まる。震える指先に力を入れて、なんとか鍵を閉めた。これでやつらは入って来られない。そのまま腰が抜けてへたりこんだ。
「いったい何なの…… わたしが知ってる学校はどこ行っちゃったの……」
ここに篭城と言うのも限界がある。そう言えばここはどの教室なのだろう。教壇側の黒板の上にかの学祖が書いたと言う額がかかっている。自分と隣のクラスくらいしか分からないが、それでも判別の手掛かりには、なる。暗闇の中目を凝らした。
「やだ…… わたしのクラス!」
そこには毎日見慣れた言葉が書いてあった。けれど、わたしの席であるはずの机の上にもまわりにも、学生カバンは見当たらない。
「うそでしょぉ……」
涙ぐみながら他の机だとかゴミ箱の中も探す。けれどまるで煙と消え失せたように何も見つからなかった。あれには定期も財布も家のカギだって入ってるのに。
この状況を脱しない限り命の危険だって差し迫っているのにカバン一つに執着してとても滑稽だった。べつに学校を脱出して交番に駆け込んでお金を貸してもらって帰ればいいじゃない。
「バカみたい……」
言ってしまった事で涙がこぼれおちた。鼻水もとめどなくあふれてきてカーディガンの袖をぐしょぐしょに濡らした。急にうずくまったことで机に引っ掛かり、何かがバサバサを音を立てて落下したが気にせず泣いた。子供みたいに。
袖が水分で重みを増して冷たくなったところで、なんとかあの群れを突破してなんとか帰る方法を考えようとしたところで、さっき落ちたものに気が向いた。冊子のようなものだが、随分と幅がある。
「これ…… 文化祭の写真じゃない」
けれど並ぶのは見知らぬ顔ばかりだ。表紙が可愛く飾り付けられたフォトアルバムは、女子のものだろうか? なんだか勝手に見るのは悪いと思い、閉じようとした。
「あれ、これって……」
体育館で行われた有志によるバンドの写真。六人が汗を散らして楽しそうに各々の楽器を奏でている。一人トライアングルがいるのだが、それはそれでよかったのだろうか……。涙が出そうになる。そしてこの写真がありえないことにも、気づいた。また鼻水とともに涙があふれそうになるが、こらえて立ち上がった。
「聞いてるんでしょ…… かくれんぼの幽霊! さっきはありがと! わたし、あなたが吹き飛ばしてくれなかったら死んでたわ」
そう、あの軽い調子の声には聞きおぼえがあった。状況が状況だけにその時は気付かなかったのだが。一度目と二度目の死の危険には偶然、幸運……にも回避できたが、三度目だけは人為的で、作為的な脱却だった。
「わたし、ここにきてからずっと、見慣れた自分の学校とは感じられなかったわ。自分の知ってる学校とは何か違う……。それもそのはずよね、だってここは私の学校じゃなかったんだもの」
人と言うのはいつも暮らしている場所にそっくりなところに連れてこられても、わずかな差異に違和感を感じるらしい。自分の身にも同じことが起こったと考えるのが順当かもしれない。
「そっくりだし、暗いし、気のせいだと思ってた。でも違った。その核心をくれたの……この写真が」
第七十四回の文化祭。それは私が入学する一年前のものだ。けれど、この写真、実際にはありえないものが映っているのだ。
「この年、文化祭直前に体育館で火事があったの。原因はステージのライトが老朽化して落ち、そこから火が上がったって聞いてるわ。その事故で、男子生徒が一人死んだの。……それは、この人」
ステージの真ん中に立つ、ひときわ背が高く長めの茶髪をピンでとめた派手な男の子。ギターとマイクを持ち、観衆は沸きに沸いている。毎年ライブをしていて、とても女子に人気があった。けれど、最後彼女がいなかったらしいと言う情報もあった。
「体育館は全焼。その年、文化祭は大幅に縮小されたの。もちろん、出店もライブもなかった。」
とてもさみしい文化祭。お祭りと言うよりもお葬式のようでなんだか怖かった。それでもわたしがこの学校に入学したのは、ずっとあの人に憧れていたから……。
「だから、この写真、実際はありえないの……。私の世界では」
私が立てた一つの仮説。それをこれから、答え合わせする。
「この『かくれんぼ』、ほんとうは遊びをした人が『鬼』じゃない。数を数えている間に、『隠されて』しまったの……別の世界の、この学校に」
この遊びは、最初に数を多く数えると成功しやすいという噂があった。それは逆に、数を数える時間が短すぎると『隠す』時間がなく、この世界へと連れて来られなかったのだろう。
「殺人鬼が出てきたのは夜になったからなのかわからないけれど…… 『みつけた』を言わないと、もとの世界に帰ってこられないのね?」
遊びをしている人は屋上から出ることはない。結果、違和感が少なく気付く者はいなかったのだろう。『みつけた』という言葉の本当の意味も。
「べつに、振り向いてしまったから鬼に食べられたわけじゃない……。最初から、わたしたちは『神隠し』にあっていたの、それも自分から!」
なにも返事がない。扉の向こうからはまだ、あの無数のおぞましい殺人鬼の気配がした。扉を叩く音。足音。まだ、足りないらしい。
「そして、かくれんぼの幽霊。あなただけがこの世界で特別だった。質問に答えてくれたり、助けてくれたり」
それもあんな乱暴な方法で、とは言わなかった。
「あなたは……写真のこの人の隣にいる、もう一人のギター。そしてたぶん、この世界はあなたが作り出したの。だから質問にも答えられるし、人を引き込むことができる。……『みぃつけた』!」
力の限り叫ぶ。何も起こらない。何も聞こえない。……聞こえない?
気付けば、廊下で沸いていた気配はすでに消えて、静寂だけが周りを取り巻いていた。勇気を出して、扉の鍵を外した。何も起こらない。そろそろと、扉をわずかに開けて確認してみる。……誰もいない。思いきって外に出ると、暗い廊下に一人、うずぼんやりと光りながら一人の男子生徒が立っていた。写真と同じ格好をしている。
……これが、ずっと屋上で話していた、男の子なのだ。
「ねえ…… あたり?」
「『イエス』だよ、ツインテちゃん」
その子は、割と奇麗な顔をしていた。まじまじと見つめていると、なんだかばつの悪そうな顔が一気に赤くなり、照れていることが分かる。ちゃんと男の子だなぁと感じて笑いが込み上げた。
「何笑ってんだよー 己の顔そんなにおかしい?」
「だって……っ 最初なんかしょぼくれてたのに! 一気に照れちゃって……」
「わーるかったなっ 最近まともに女の子と遊んでないんだから!」
「うわぁ遊び人。悪い子だなぁ」
「うっせっ ツインテちゃんが遊んでくれるんならいんだけどォ?」
「ごじょーだん。いくら命があっても足りないわ」
ほんとにね、と笑いあう。さっきまで絶体絶命の大ピンチだったのに笑ってるなんて、更におかしくなってしまった。
「ねえ、聞いてもいい? この世界のこと、この遊びのこと。」
彼はやっぱりそう来るかー、と頭を掻いた。
「いいよ。ファイナルステージクリア報酬と言うことで、ルールなしでおしゃべりしてあげるよ」
屋上まで歩こうか、と彼が促した。それについて行くことにする。来たのが屋上からだから、帰るのも屋上からなのだろう。
「ええと、何から話そうかな」
「あなたの名前」
「うわあ楽しいことを聞くね」
「だって、幽霊っていつまでも呼んでたくないんだもん。……こうして顔も見れたことだし」
まあいいよ、特別ね、と教えてもらう。なんだかとても彼らしい名前だった。
「この世界はね、たしかに己が作ったとも言えるけれど、そうでないとも言えるんだ」
「どういうことなの?」
「ツインテちゃんの世界では、あの年の文化祭はしょぼかったんだろ?」
「……うん」
わたしにとって、とても苦い思い出。憧れの人を失った、けして伝聞ではない、初めてのリアルな人の死の象徴だった。
「この世界の場合、文化祭は盛大に行われた。あの人……己の先輩は、高校最後の年に有終の美を飾り、晴々しくこの学校を卒業していった」
「そう……なんだ」
「……うん」
好きな人が、違う世界で生きて、そして去って行った。もしかしたらあったかもしれない可能性に、涙が出そうだった。
「……そうだ、あの殺人鬼はなんだったの? まさかこの世界にはびこってたとか……」
「それが長い説明になる…… 端的にいうと、その『殺人鬼』という要素こそが、己の作りだした世界だ」
彼は語る。
「ここからがややこしくなる。ちゃんとついてこいよ」
「言われ……なくても、聞かないと帰れないわよ!」
「実のことを言うと、己はツインテちゃんの世界の人間だ…… 正確には、『だった』が正しい」
「どういう……こと?」
彼から語られたのは、衝撃的な真実だった。
もともと、彼はこの学校に通う……本当はここじゃないのだけれど……高校生だった。クラスに友達がいて、バンドもやっていて。ただ一つ違ったのは……彼は殺人鬼集団の秘密クラブに入っていたこと。数年前に聞いた学校の七不思議が、そこにはあった。そして、そのクラブは意外な最期を迎えることとなった。……クラブのリーダーによる、世界の改変。『もしもみんなが殺人鬼でなく、クラブもなく、普通の学校生活を送っていたら』。まるで救いのない原作小説に、ファンが二次創作をおこなうような酷い結末。みんな、クラブに関わった人たち、そして被害にあった人間もつつがなく暮らし、クラブの存在さえなかったことにされ、記憶を持つものはいなくなった。……ただ一人を除いては。それが、彼だった。
「最初、すんごく戸惑ったさ。だって昨日まで常識だったことが通じないんだもん。……まるで己だけが取り残された気分だった」
「そう……だよね」
「それから己はあの悲劇の文化祭を経験し…… そして三年生になった。でも、もともと留学を決めててさ、アメリカにわたる予定だった」
留学と言う思いがけない言葉にこけそうになる。軽そうな外見とは裏腹に勉強ができるのだろうか……。
「あ、なにその疑いの目! 一応己、帰国子女だし! 勉強は……そりゃ苦手だったけど」
「やっぱり」
「なんだよやっぱりって!」
「じゃあわたしが入学した時、既に学校にはいなかったのね」
「まーね。
……そして己は、飛行機事故で、死んだ」
その事実に、一番の衝撃を受けた。今私の先に立って歩いている彼は、本当の幽霊なのだ。しかし、透けてもいないし、ちゃんと足がある。
「不思議だろ? けれど、世界の改変と、己がそれを覚えていたこと…… それがこの世界を作る条件だった。己は死に、幽霊になった。世界の改変をおこなったリーダーは、改編後の世界からは存在さえなかったことになっていたんだ。もしかしたら幽霊になったら彼を探せるかもしれない。そう思った」
「……見つかった?」
いや、と彼は残念そうにかぶりを振った。
「けれど、代わりに世界を渡る方法を知った。パラレルワールド、って知ってるか? 時系列で重大な分岐点に差し掛かると、選択肢によって世界が分岐すると言う理論だ。そして……すべてを理解した。『クラブがあった選択肢』という分岐を、リーダーは根本から破壊していたんだ」
「つまり、世界を渡ったとしても、どこにも『クラブ』はない……?」
「イグザクトリィ。絶望したさ。どこにも己の知ってる世界がないんだから……」
彼の落ち込みようは相当だったのだろう。今も、少しうなだれている。
「その時に、また別のことも発見した。自分のいた世界から他の世界へ渡ると、幽霊も生きている人間も同じ扱いになるんだ。つまり、己は幽霊だけれどツインテちゃんとこうして話していられるのは、己とツインテちゃんの存在がこの世界ではイークオルになるんだ。逆にいうと、もとの世界では己はなんの力も持てないし、こうして話してもいられないんだ」
「……ねえもしかして、もとの世界で、あなたは屋上に……いる?」
「恥ずかしながらね」
いやーほんと屋上でアベックがいちゃいちゃしてるのを見ると殴りたくなるよ、まあ触れないんだけどね。と彼は言った。なんだ、ちゃんと人生(幽霊生?)謳歌してるじゃない。
「夕方は、昔から『たそかれ』とか『逢魔が刻』とかいって境目があやふやになる時間帯なんだ。つまり、世界を渡りやすくなる。たいてい己はその時に渡ってるかな。世界を渡るうち、、信じられないものを見つけた」
「……何?」
「あぶれた魂」
わたしは目を見張った。一気に頭が混乱した。
「さっき、『リーダーが分岐を破壊した』って話しただろ? つまり、己たちが生きているパラレルワールドの約半数がぶっ壊されたと思っていい。世界と言う入れ物がなくなって、世界のはざまに取り残された魂たちがホームレスになっていた」
結構重大な話だと思うんだけど、彼の言い方が笑いを誘った。こらえるのにちょっと必死だった。
「で、確認してみたんだけど、いくら探しても『己』という存在の魂には出会わなかった。そこで仮説を立ててみた。そもそも消えた世界の記憶を持つ『己』とはなんだ? そしてこの世界で自分であるという意識を持っているのはなぜだ? ってね。もともと世界を渡る能力が備わっていたとしたら、世界が消えた瞬間、壊れていない世界で『己』という同質の魂を持つ体に入りこんだんじゃないかってね。魂はひとつにまとまって記憶を共有した。……と考えるのがいいんじゃないかと思った」
「つまりあなたはあなたであってあなたじゃない?」
「いーや。己は己だから自分の体に入れたんだと思うよ? いわばパソコンのOSみたいなもんさ。ちょっと違うソフト持ってるけど問題なく作動したって感じかな?」
「ふーん、で? 続きは?」
「急かすねぇ。で、己はあぶれた魂を集めた。この世界にね」
作業は実際大変だったらしい。一つの世界に魂を多く入れるものだから過多が起きてバランス調整をしなくちゃいけなくて…… と理論を展開してくれたがよく理解できなかった。この人実は超頭がいいのかもしれない。
「ま、簡単にいうと己は幽霊の擬似クラブを作った。リーダーはいないけどね」
あなたが実質リーダーじゃない、と眉根を寄せると、意外にも彼は不本意そうな顔をした。そんなつもりは毛頭なかったらしい。
「だから、最初はべつに屋上の遊びもほんの気まぐれだった。で、実際やってみた時問題が起こってね……」
「もしかして、本当に……」
「ああ、鬼に喰われた、って感じかな。想定外の事態だった」
本当に、神隠しは起きていた。その事実にくらくらする。階段を踏み外しそうになり、彼に支えてもらう。
「……軽蔑した? そうだよ、己はあれからただ自分の目的のために人を招き続けた。人に知られてこその都市伝説だからね。たとえ世界を持たない己達でも、クラブとしての存在を復活させられるんじゃないかと思って……」
重い屋上の扉を開ける。もうすでに空は星が瞬いていた。
「さ、きみは己たちとの勝負に勝ったんだ、もとの世界にお帰りよ」
この扉をくぐれば、もとの世界らしい。わたしはおそるおそる足を踏み出す。
「ごめんね。……さようなら」
彼の言葉に、わたしは振り向いた。
「まって、サヨナラって…… わたしまだ、あなたに伝えたいことが……」
どん、と背に軽い衝撃。わたしはよろけるように、屋上へと出ていた。
満天の星空が、広がっていた。
「いち、にぃ、さん、し、ごぉ、ろく、しち、はち、きゅう、じゅう、じゅういち、じゅうに、じゅうさん、じゅうし……」
夕方、一人きりの屋上。誰もいやしないのに目を手で覆って小さくしゃがみこんで数を数える。いくつまででもいい。一人ぼっちで聞く人は誰もいないのだから。
「……きゅじゅうさん、きゅうじゅうよん、きゅうじゅうご、きゅうじゅうろく、きゅうじゅうしち、きゅうじゅうはち、きゅうじゅうきゅう、ひゃく」
わたしは百まで数えてから、あの言葉を大きな声で言う。
「もーいーかーい」
一人遊びの放課後。わたしはまた、彼に攫われたい。
「……もーいーよー」
わたしは振り向かずにしゃべりかけた。
「もう、来てくれないと思った……『サヨナラ』なんて言ったから。」
「思わせぶりだった? ごめんね ……もう呼び出してくれるとも思ってなかったけど」
「もう! そんなの勝手だよ。わたし、あなたとずっと話してて、いつの間にかそれが当たり前になってて…… 自分だけの都合でわたしの日常崩さないでよね!」
「あはは、ごめんごめん…… ところでさ、己、きみの名前聞いてなったな」
たしかに、ずっと『ツインテちゃん』呼ばわりだし、あちらの名前も教えてもらったのに失礼だろうか。いいよ、と小声で自分の名前を告げる。
「かわいー名前だね」
「棒読み! そう思ってないでしょーっ」
「思ってる思ってる。」
「もーっ」
この世界ではたぶん、彼に触れる。わたしは振り向いて一発殴ってやろうとした。けれど―――――――――
「こっちを向いたわね」
わたしと同じくらいの年の、女の子の鈴を転がしたような声。そして、おなかにあつい、なにか、へんなかんしょくが、
「ルールを忘れるなんて、なんてお馬鹿さん。まあ、私としては助かったけど」
でも、でも、すがたは、彼だ。わたしになまえをおしえてくれた、彼だ。階段で手をひいてくれたその手に、にびいろに光る、おおきな裁断ばさみ。
「同じ魂が二つなんて、そんな掟破り、許されるはずがないでしょう? あの子が消えた世界の記憶を持っていたのは、私のしわざ。私があの子の記憶をこの世界のあの子に移植しただけ。あのあぶれた魂だって、本当は魂を持たない世界の記憶のカス。魂を持たないものが本物になれるはずがないわ」
やたらとじょうぜつな、彼? 彼女? は、わたしのおなかではさみをぐりぐりとひらく。やめて、いたい、いたいけれど、きかなくちゃ。
「あなた…… だれ……」
そうぜつにきれいな表情で、彼女はわらった。
「私は、あの子の双子の姉。随分と前に、死んでしまったけれど、こうしていつまでも一緒にいるわ……同じ魂として溶け込んで、ね」
「たましい…… ふたつ……」
「反則だと言いたいのかしら? けどね、世界は私のためにあったはずなのよ? 私に従うのは当然じゃなくて?」
わけが、ぜんぜんわからない。彼は? 彼はどこへいったの?
「やっとあの子とひとつになれたの……。だから、邪魔をするあなたが嫌いよ。大嫌い。ねえ、この顔で言われてショックかしら? ……ああ、別のショックをおこし始めているわね」
どんどんからだがつめたくなって、うごかなくて、でもたおれこめない。彼の頭のたかいところでくくられていた長いかみのけがとかれてひろがった。
ゆうひにてらされて、とてもきれい。
「だから…… 『さようなら』。」
じゃきん、と、わたしのおなかではさみのとじた音がした。
――――そんなわけで、投稿してみました。
Pixiv上ではもう、当該企画は終了しています。小説投稿機能もあるんですが、投稿は控えてくださいとのことですので、こちらに投下。
いやはや、懐かしいです…… しかし、一人称が『己』ってどうなんでしょうね。
「一人称が『己』(笑)」って言われてましたけれども(笑)
なにはともあれ、なかむしゃんお誕生日おめでとうでした!(今年は何もできないと思いますごめんなさい……)




