あれから一年
前話での脱字のご指摘を頂きました。
×「一枚のメリーカード」
↓
○「一枚のメモリーカード」
・前話の後書きに書いた件について
思案の結果、これが最終章になりました。
六月も半ばを過ぎたとある日曜日、お昼御飯を食べ終えて部屋に戻ろうとした私を師匠が呼び止めた。いつになく真面目な雰囲気を醸し出している師匠。自然と私も居住まいを正していた。
「これは大事な話だからそのつもりで聞いてね。私の桜ちゃんへの指導は今朝の稽古で終了よ」
「……はい? ええと、それはどういうことでしょうか?」
「どういうもこういうもないわ。私が教えられる事は、もう全部教えちゃったってこと。今朝の稽古でそれが判ったから」
そう言えば今朝の稽古はいつもと様子が違った。
普段なら師匠もある程度一緒に体を動かすのが普通なのに、今朝は縁側に腰かけたままだった。そうして基本の動作や上位の技などを指定して私がこなせるかどうかを一つ一つチェックしてるようだった。
「つまり、あれは試験だったんですね」
「ええ。桜ちゃんはもうこの剣術の全てをマスターしている。と言っても私が教えられる限りの話だけれど」
そう言って師匠は少し寂しそうに笑みを浮かべた。
以前聞いたところでは、師匠は自身が教えている剣術を正式には学んでいない。昔お世話になったという剣術家が使っているのを見覚えただけだ。多少は話も聞いていたお陰で指導はできるにしても完全とは言い難い。
……あれで不完全なら、完全だとどんな事になってしまうんだろう。
知った時にはそう思ったものだ。師匠の鬼のような、人間離れした強さを知っている身としては。師匠の恩人が使っていた完全な状態の剣術を知りたいような、知るのが怖いような。
ともあれ師匠が知る全てを私は身に付けたらしい。
「だとすると、あの件は……?」
「ああ、あれは残念ながらまだだわね」
「やはりそうですか」
あの件、というのは私が使っている剣術の流派名についてだ。
師匠は私が恩人と同じようにこの剣術を使えるようになれたら、流派の名前を教えてくれると言っていた。師匠はそれはまだだと判断しているようで、私もそれは予想していた。
今の私の状態は、自動車に例えるなら教習所を卒業したての新米ドライバーみたいなものだ。教習所で教えられる内容は全て知っていても、熟練ドライバーとの間には天と地ほどの差がある。
師匠の恩人はもちろん熟練ドライバーの域だろう。
そんな人を基準にしているのだから、師匠の目が厳しくなるのは当然だ。
「そんなわけで私の稽古はもうお終い。後は自分で考えて、自分が納得できるように練り上げていって。もちろん助言が欲しければ言ってくれて良いし、手合わせを希望ならいつでも受けるから。そこは遠慮しないでね」
「判りました。師匠、ありがとうございました」
深々と頭を下げると、はたぱたと手を振る気配と「お礼はまだ早いわよ」との声。
でもここはお礼を言うべき場面だと思った。
まだ師匠の求めるレベルに達していないとはいえ、私は失われようとしていた日本文化の一つを師匠から受け継いだのだから。
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《登録名....sakura》
《身体走査データ確認.....アバター作成》
《登録スキル確認....気功Lv16 剣術Lv15 格闘術Lv8 魔術Lv4》
《総合レベル算出....総合Lv14》
《登録装備確認....黒刀+1 針*12 猫の鉢金 サラシ 猫の胸当て 猫の手甲 猫の脚甲》
師匠の話が終わってから間を置かず、私はCODにログインしようとしていた。
実は午後からは成美達とCODの闘技場で待ち合わせをしていた。時間は少し過ぎてしまっているけど、事情を話せば友人二人は許してくれるだろうとの確信があった。
仮想世界のエントリースペースで表示されるアバターデータが、先ほどの師匠との会話を思い出させる。剣術のレベル15という数字。この一年で7もレベルが上がっている。
師匠の指導を受けるようになってから僅か一年。
それで終了となれば早過ぎると思われるかもしれない。
でも私の場合、もともと長い時間をかけて天音流剣術を学んでいた。
そしてその天音流剣術はと言えば、師匠に「もしかしたらこの二人でいけるんじゃ?」と思わせた程の私の両親が教えてくれた。つまり完遂一歩手前までは両親から得ていたわけで、加えた一年間で残りを師匠から受け継いだ事になる。
おっと、危ない。
思わず自分のレベルに見入ってしまった。
ただでさえ待ち合わせの時間に遅れているのに、これ以上成美と沙織を待たせるのは悪い。
日本サーバーへのログインボタンを押すと《ようこそ、決闘者の闘技場へ》とお馴染みのメッセージが出て、一瞬の喪失感の後には闘技場のエントランスホールに立っていた。
日曜の午後とあってホールには沢山の人がいた。
NPCが立つ受付カウンター奥の対戦表スクリーンも表示限界いっぱいまで埋まっている。
「桜ー、こっちこっち!」
喧騒の中でも成美の声は良く通る。
見れば奥の方の丸テーブルに成美と沙織が陣取っていた。
「遅れてごめん。出がけにちょっとあって」
「いいよー。桜が理由も無く時間に遅れるわけないもんね」
「まあ退屈はしてなかったから気にしなくても良いわ」
挨拶がてらの軽い謝罪だけで許されてしまった。まだ事情の内容も話していないのに。
友人たちの心の広さに感謝しつつ、そうも無条件に信頼されるのは少々プレッシャーでもある。
「退屈はしなかったって、何かあったの?」
システムの時刻表示を見れば、待ち合わせの時間から三十分以上過ぎている。
「私達がつるむようになって一年経つんだって話になって。いろいろあったな、と」
「思い出話に花を咲かせていたのだー」
「あー、そう言えばそうだわ」
宇美月学園に転入した初日、校内の案内役を買って出てくれた成美と、最初の選択授業で同志になった沙織。この小さな友人と大きな友人との付き合いも、師匠と同様一年を数えるようになっていた。
その一年は沙織が言うように本当に色々とあった。
イベント目白押しである。
以前に通っていた学校の一年間とは比べ物にならないくらいの密度だ。
「桜が転入してきた所から初めて冬休みくらいまで話が進んでるよ」
空いている椅子に座ったら成美が言ってきた。
もう半分以上終わっている。
これはちょっと残念。
そういう話なら最初から参加したかった。
転入直後、成美達の強烈なキャラのお陰で新しい環境に馴染むための苦労を感じずに済んだ記憶がある。特に鮮明に憶えているのが成美の脱衣データだ。「着衣」データとは名ばかり、ほぼ全裸状態になるので脱衣データと呼んでいるそれは、宇美月学園に仮想空間での着衣データに関する校則を制定する契機になったほどの代物だ。
その後旅行先で一緒にお風呂に入ったりして、本当の全裸も見ているわけだけど、脱衣データを初めて見た時のインパクトは今も鮮烈に残っている。
場所が宇美月サーバーの闘技場だったのもあって、とても破廉恥だった。
「桜が何かエロい事考えてる」
「え? そんな事無いよ?」
すかさず成美が突っ込んでくる。
まさか成美の裸の事を考えていたとは言えないので適当に誤魔化しておいた。
次に思い出すのはクラス代表決定戦だ。
成美の姦計をきっかけに委員長と試合をして、そして負けた。
私にとって近接戦をしながら魔術タイプに負けた初めての経験だ。
続けて夏の海魔迎撃戦。
海産物縛りのお約束を破って登場した陸亀や、結局ザリガニだかロブスターだからはっきりしなかった例のアレとかも印象に残っているけど、一番の思い出としては成美の泡々天国が上げられる。
背中に感じたあの魅惑の双丘の感触は……迂闊に思い出すのは危険だ。
「って、またエロい事考えてるわね?」
「ええ? そんな事無いってば!」
今度は沙織に突っ込まれた。
だから泡々を思い出すのは危険なのに。
秋の学園祭では黒間先輩や森上君と戦った。
二人ともとても強くて苦戦させられた。
森上君はこの頃から残念な言動だったのが思い起こされる。
そしてもちろん沙織との戦いも印象深い。
防火扉投げとか自販機投げとか非常識な攻撃をしていたし。
沙織が強制ログアウトになったあの時、両の掌に感じた慎ましやかな膨らみ。
ちゃんとあるじゃんと思ったのは沙織には秘密だ。
「……」
「なによう? なんで睨むのよう?」
「とても失敬な事を考えていたでしょう」
「何のことかしらね……」
いい加減洒落にならない読心能力だ。
そして冬休み。
年末年始の十日間を温泉宿で過ごし、COD2(仮)のモンスターとの戦闘に明け暮れた。
COD以外のVRゲームをプレイしない私にはモンスターとの戦闘は貴重な体験だった。
私自身の身体データから作られた魔族との戦闘なんていうイベントもあった。
なにより成美達と一緒だったし、ミアとも仲良くなれた。
アルバイトとはいえ楽しい事ばかりで、あれでバイト代まで貰えて、メーカーの人達には感謝している。お陰でミアに新しい防具を作って貰えたのだし。
とにかく温泉三昧、裸の付き合い万歳な毎日だった。
エロいハプニングこそなかったものの、温泉で茹って上気した肌の成美が妙に艶っぽかった。
「間違いない。こいつはエロい事を考えている」
「うん、疑う余地なしだね」
「……すみません。ちょっとだけ考えてました」
そろそろ誤魔化すのも無理っぽいので素直に認めておこう。
というか、そんなにはっきりとわかるなんて、自分がどんな表情をしちゃってるのかが怖い。
怖いけど訊いてみたら、意外というか心外というか、そんな答えが返ってきた。
「小さい子供が憧れの何かを追い求めているような、そんなキラキラした目をしてるかな」
成美の言い様ははっきり言って意味が判らなかった。
が、少なくとも不快感を与えるような顔にはなっていないみたんだから少しだけ安心。
「ぶっちゃけ森上君と似たようなもんよ?」
「ええ!? あれと同じなの!?」
森上君が私の胸を凝視していた時の瞳の輝き。
彼曰く、女子の胸の膨らみには夢と希望が詰まっているそうで、なるほど少年が憧れのナニかを追い求めているようなキラキラした目に通じるところがある。
あるのだけど、彼と同じと言われるのは抵抗がある。
だって彼は男子で、私は女子だし。
またあれだろうか?
男子っぽい視線とか、男前とか。
そんな風に言われていた時期もあったし。
「まあ桜の事は置いといて、年が明けてからならやっぱりバレンタインかなー」
「う゛……」
成美の発言に、私と沙織は異口同音に奇妙な唸り声を上げていた。
二月のバレンタインは私と沙織にとって少々苦い思い出になっている。
「あの時はさあ……」
そんな私達の内心を知ってか知らずか、成美はさらに言葉を紡いでいった。




