さきっぽ?(仮)
後城に導かれて入ったのは緩い階段状の教室だった。
一方の壁に黒板と教壇、教卓があり、反対側の壁に向かって階段状になった床に机が造り付けになっている。机は二人分が連結されていて、それが三列かける七段。
クラスの定員は上限四十二人ということだ。
空席は幾つかあり、遅刻や欠席でもなければ上限以下の人数でクラスが編成されている事になる。
上限一杯だったら転入生の受け入れなどできなのだから、当然ではあるのだが。
男女の比率は半々くらいで、この中途半端な時期の転入生を興味深く見つめている。
注目されるのはあまり好きではないので、居心地が悪い。
「先週予告しておいた転入生だ。天音、こっちに」
教卓に陣取った後城に手招かれ、教卓の脇に進む。
すると「でかいな」という声が聞こえた。
声の主を睨みつけてやりたい衝動を抑え込むのに苦労する。
女子の転入生を迎えての第一声が「でかいな」はどうなのだろう。
自分が可愛いといわれるようなタイプでないのは承知しているけれど。
後城が黒板に「天音桜」と大きく書き、「ほら」と促してくる。
私は一歩前に出て姿勢を正す。
「天音桜です。よろしくお願いします」
丁寧に礼をすると、そこかしこの席から「ほう」とか「へえ」とか溜め息めいた声が聞こえた。
女子の声が多かったのは気のせいだろうか。
「天音は両親の仕事の都合で転入して来た。判らないことだらけだろうからな、みんなフォローしてやってくれ」
後城の言葉に生徒達がばらばらに了解の意の返事をする。音が混ざって「うぇーい」と聞こえた。
私の感覚からすれば、ここは「はい!」と声を揃えて返事をするべき場面なのだけど。
どうも後城という教師は、自身は礼儀を重んじる価値観ながらも、それを生徒に押しつけるようなことはしていないようだ。
偉ぶるところのない後城の態度からすれば、それだけ生徒に親しまれている証でもあるのだろう。
「で、だ。天音はSコース選択なんだが、しばらくは実習その他で案内が必要だろう。誰かSコース選択の女子で……」
「はいはい! そういうことなら私が!」
後城の言葉を食い気味に一人の女生徒が勢い良く手を上げた。
途端に後城が苦い顔になる。
「霧嶋……お前か」
「そうですよ、先生。霧嶋です! 転入生のお世話ならこの霧嶋に!」
このテンションの高さは何だろうか。
校内に不案内な私を積極的にお世話してくれようというのだから、本来なら感謝すべきところなのに、妙な不安がある。後城の態度も不審だ。
そんな私の内心の疑問に気付いたか、後城が言った。
「さっき言った着衣データをいじった馬鹿があいつだ」
「あー! 先生、生徒に向かって馬鹿は酷いでしょー!」
憤慨した(ような演技をしながら)女生徒が立ち上がった。
その勢いで大きく胸が揺れる。
あれ、どうした事だろう?
昨日からの流れでどうしても胸に注目してしまう。
霧嶋の胸は私の基準からすればそれほどに大きくはない。
ところが身長も含めて体の作り全体が小さいから、相対的に胸が大きく見えてしまっている。
幼さの残る容貌と小さな体は可愛らしいのだが、それで胸がああだと。
こういうのはなんと言っただろうか?
ロリ巨乳?
「あれは結構評判良かったのにー」
私は霧嶋の体型をもとに、モザイクが入らないぎりぎりの着衣データを想像してみた。
かなりインパクトのある映像が浮かんできた。
そう言えば後城も「酷い」と言う前に「すごい」と言いかけていたっけ。
うん、これは規制されて当然だ。
ふと気付くと、男子生徒の多くはちょっとだらしない表情を浮かべている。
霧嶋が披露したという着衣データ姿を思い出しているに違いない。
対して女子の大半は苦笑いといった状態だ。
騒がしい霧嶋だが、クラスの中では普通に受け入れられているようだった。
「Sコース選択はともかく学科全切りしてるのは霧嶋だけだからな。適任と言えば適任なんだが……」
「ならいいじゃないですかー」
「ふむ、まあ仕方ないか。天音、あいつに付き合ってられなくなったら言え、チェンジしてやる」
「は、はあ」
曖昧に頷くことしかできない。
「よろしくねー」と手を振ってくる霧嶋にも軽く会釈を返すだけで精いっぱいだ。
とてもではないが手を振り返すなんてできない。
「それから三条」
「はい」
後城に指名されて起立したのは中央最前列に座っていた女生徒だった。
霧嶋のインパクトの後ではごく普通に見えてしまう、真面目そうな女生徒だった。
「三条がクラス委員だ。Mコース選択だからあまり実習では会わないが憶えておいてくれ」
「よろしくね、天音さん」
「こちらこそよろしく」
微かな笑みとともに会釈を送ってくる三条。
ごく普通の対応がとても安心できる。
「天音の席は、と」
後城が示したのは後ろの方の空いている席だった。
机の間の通路を歩いていくと、「大きい」とか「でかい」という囁きが。
それはもういいから。
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授業の選択によって生徒がばらばらに行動することの多い宇美月学園だが、登校時と放課前には担任からの伝達事項などの為にクラスでのホームルームがある。その都合からか朝のホームルーム後と放課前のホームルームの前にはクラス教室での学科授業が割り当てられている。
移動や集合の手間を考えての時間割だ。
二限目以降は実習だ。
実習と言っても技術的な何かばかりではなく、一般には「体育」と呼ばれる体を動かす類の授業も多く含まれていて、Sコース選択ではそれが多めになる。
トレーニングウェアに着替えてから集合ということで、早速霧嶋が更衣室まで案内してくれることになった。
とは言え他にも同じ選択をしている生徒はいるので、何人もで連れだって歩くことになる。
それでも世話役を任じている霧嶋は私の隣を歩いているのだが……これはちょっと困った。
霧嶋は胸を除けば全体的に小さいので、彼女が比較対象として隣にいると、私の身長が事の他目立ってしまうのだった。
すれ違う他のクラスの生徒が、すれ違った後に振りかえって「大きい」とか言っているのがまる聞こえだ。
でもそれを理由に「離れて歩いて」とは言えない。
善意で案内役を申し出てくれたのに申し訳なさすぎる。
ここは適当に会話をして雰囲気を変えよう。
「ところで霧嶋さんは……」
「あー、私のことは成美でいいよー」
いきなり被せられた。
それはそれとして霧嶋の下の名前が「成美」だと分かった。フルネームで「霧嶋成美」か。
と、思ったら。
「ちなみに私のフルネームは霧嶋楓成美ねー」
「え? ミドルネーム?」
「家の伝統で『楓』っていう名前が代々襲名されているの」
伝統で襲名とか、あまり霧嶋には似合わないような……。
「ところで成美……は、どうしてその、着衣データを?」
初めて相手を呼び捨てにする時というのはちょっと緊張する。
その緊張のせいだろうか、内心で思っていた事がぽろりと出てしまった。
「もしかして露出癖が?」
周りを歩いていたクラスメートが一斉に吹きだした。
一瞬呆気に取られたような霧嶋が、けたたましく笑いだす。
「いやー意外だなー。桜ってそういうこと訊けちゃうタイプなんだー」
それは誤解だ。
今のはちょっと口が滑ってしまっただけで。
というか霧嶋は緊張した様子もなく普通に私の事を下の名前で呼び捨てにしている。
私ももう成美としておこう。
「やー、ちょっとCODでいろいろあって。データいじり始めたら止まらなくなって、どこまで面積削れるか挑戦しちゃったのよねー。ちなみに胸はさきっぽさえ見えなければコードクリアできたよー」
「さ、さきっぽ?」
「うん、さきっぽ」
成美は自分の胸の頂に指で小さな輪を作ってみせた。
「これくらい隠せばOKだった」
教室でした想像はまだ甘かったらしい。
というかこの話題を続けるのは不味い気がする。
周りの男子クラスメートの歩き方が不自然になってきているのだ。
私が想像した通りのものを見たのだとしたら、男子には刺激が強すぎるだろう。
「今は普通のデータでプレイしてるから大丈夫。ちなみにCODでは楓って名乗ってるからね」
成美のその発言をきっかけにクラスメートたちもCODでのアバターネームを教えてくれた。
さすがにCODアカウント取得が義務付けられているだけある。
それにしても、と思う。
シシルといい、成美といい、こうもクセの強い人物と続けざまに知り合うことになるとは。
そのクセの強さのお陰で新しい環境にも比較的容易に馴染めているので文句も言えないが、朱に交われば赤くなるとも言うし、ちょっと心配だった。




