ヒーロー
さて、二対二の状況になったわけだけど、水無瀬君が回復専門だとすれば実質二対一。ただし森上君の負傷はある程度水無瀬君が回復してしまうだろうから、こちらとしては回復量以上のダメージを素早く与える必要がある。
海魔迎撃戦の時に治癒魔術を見る機会があったけど、さすがに瞬時に全回復とはいかないらしい。負傷の程度にもよるけど相応の時間はかかるはずで、水無瀬君の治癒魔術がどれほどのレベルだろうと、遅れを取ることは無いだろう。
私と森上君の間には何列かのテーブルがあって、直線的に接近するのを妨げている。迂回すれば森上君の攻撃機会を増やしてしまうし、側面からの攻撃を受け続けることになる。
でも委員長が魔術で援護してくれれば森上君の手数も減るはずだ。
「委員長!」
とりあえず何か援護して! というくらいの意味合いで呼びかけたら、心得たもので委員長は既に術の準備を終えていた。真紅の光球が放たれ、それは身構えた森上君を素通りして後方へ生き過ぎ、調理場の中で爆発した。
爆音に交じって「うわあ!」とか悲鳴が聞こえたけど……。
「え……水無瀬!? おい、水無瀬!」
森上君の呼びかけに応える声は無い。
顧みると委員長が会心の笑顔でグッと親指を立てている。
「委員長?」
「待って。念のためにもう一発」
再度の爆発が起こって吹き飛ばされた調理器具などがばらばらと床に散らばった。
もう水無瀬君の悲鳴も聞こえない。
あれ? なんだか予想外の展開になってるような。
回復速度がどうとか、それより速くダメージをとか、そういう展開はどこにも無かった。
「敵に回復役がいるなら真っ先に潰すのが常識よ。隠れてればいいものを自分の位置を明かすなんて不用心すぎたわね」
言ってることは凄くまっとうなんだけども。
確かに水無瀬君は迂闊だったけども。
ヒーラーって結構レアなスキルなのに、水無瀬君の出番はもう終わり?
しかも追い討ちまでかける念の入れ様。
「よ、容赦ないっすね……」
委員長を見る森上君の目は、完全に怖い人を見る目になっていた。
「でも負けないっすよ!」
森上君が弓を引くと同時に三本の予測線が発生する。特殊教室棟の時も三本だったし、どうやら森上君の弓術は三連射を基本にしているらしい。
予測線は発生した順に私、私、委員長を狙っている。
「委員長! 三射目そっち行くわよ!」
「了解!」
狙いを看破された森上君が驚きに目を見開くのが判った。
連射することも狙うところもばれているのだから驚くのも当然だ。
狙いは読めても攻撃力付与なのか推進力付与なのかという矢の種類は読めない。念のために全部推進力付与が来るつもりで対処しようと、予測線から身を避けつつ移動を開始する。
私を狙った一射目と二射目は普通の速度で攻撃魔術も付与されていない素の射撃だった。
その代わりと言うべきか、委員長が隠れていた柱では大爆発が起こった。建材が飛び散り、中の鉄筋が剥き出しになるほど破壊されている。
「委員長、大丈夫!?」
「問題無し! 天音さん、これで行って!」
《加速:敏捷力上昇》
「おお!? なら、これで!」
《気功スキル・モード変更・風:敏捷力上昇》
委員長からの援護魔術で敏捷力が大きく上昇、さらに気功スキルを風モードに移行。
援護魔法と気功スキルの重ねは初めてやったけど、敏捷力のステータスがエライ事になっていた。
神脚と鬼脚を駆使してテーブルを避け、森上君に急接近。予測線を置いてきぼりにするほどのスピードが出ていた。
「速えっす! 速えっすよ!」
言いながらも、最後のコーナーを曲がった私に正面から三連射を放ってくる。三本ともが推進力付与の超高速射撃だったけど、今の私のスピードなら避けられる。身を捻ると胸元を三本の矢が掠め過ぎて行く。胸当てから斬撃エフェクトが発生するけど体には当たって無い。サラシ万歳!
「森上君、覚悟!」
「うわ! っとっと!」
駆け寄りざまの斬撃を森上君は弓で受けていた。今の私の速度に対応してくるあたりは流石に武道系だけのことはあるけど、一撃を防いだ代償として森上君の弓は破壊エフェクトを撒き散らしながら消滅していた。
弓使いが弓を失ったら終わりでしょう。
なんて思っていたら、森上君が手にしていた矢から心臓めがけて予測線が伸びてきた。矢で突いてくるかと思ったら、なんと手から直接発射してきた。
矢に推進力を付与すれば弓無しでも矢を飛ばせるとは驚きだ。
驚かされはしたけど、こんなタイミングでしかけられた予想外の攻撃すらも今の私には避けられる。踏み込みながら上体を前に倒せば、矢は背中側を飛び過ぎて行く。
「今度こそ覚悟しなさい」
黒刀が森上君の胸を貫いた。
「くっ……」
森上君の顔が悔しげに歪む。
「射程を活かしてスナイプに徹していればこうはならなかったでしょうに。意気は買うけど馬鹿なことをしたわね」
「後悔はして無いっすよ。自分は……」
その時、私の胸元で防具破壊エフェクトが発生した。数度に渡って受けた矢での斬撃ダメージが蓄積してとうとう胸当ての耐久値が尽きたのだ。
森上君がくわっと目を見開いた。
「自分は! 自分は全く後悔してないっす! スナイプなんかしてしてたらこれは見れなかったすから!」
「うわ、急になに……ああっ!」
急に興奮し始めた森上君に不審を感じ、彼の視線を追ってみると。
「サ、サラシまで!?」
さっきの破壊エフェクトは胸当てだけでなくサラシも一緒に壊れていた。
そうなるとこれまでサラシで押さえていたアレが解放されてしまうわけで。
しかもこのメイド服は、そもそもその部分を必要以上に強調するデザインでもあり。
狼狽えて身じろぎすれば必要も無いのに揺れてしまったりもして。
「せ、先輩、先輩はやっぱり凄いっすよ!」
森上君は大喜びで私の胸を凝視している。気を遣って目を逸らすとか、そういう発想は全く微塵も無いらしい。本当に残念な子だ。このままだと東原君みたいになっちゃうぞ。
というか、一応刀が胸から背中まで貫通してるんだけど、なんでこんなに元気なのか。
「と……とっとと死に戻りしなさい! バカ!」
黒刀をぐりぐりとしたら、ようやく森上君の体が溶けるように消えて行った。
委員長が笑いを無理に堪えているような表情でやって来て、私の肩をポンポンと叩く。
「結局こうなっちゃったけど、ドンマイ!」
せっかく防具装備を認めさせて絶望を越えてきたというのに……。
今頃現実世界では成美が喜んでそうだ。
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《姫様より音声通信です》
「さっきはごめんねエロメイド。時間制限があるなんて知らなくて」
「それは良いけど呼び方が酷くなってない!?」
前回から十五分が経過して、再びの通信はいきなりのエロメイド呼ばわりから始まった。前回はセクハラメイドで、それすら不本意だったのに、さらに悪化している。
「とりあえずこっちの状況を伝えておくと、森上君がヒーローになってるわよ」
「……あんまり聞きたくないけど一応聞いておくわ。ヒーローになった理由って何?」
「セクハラメイドをエロメイドにクラスチェンジさせたからに決まってるでしょ。いやー、凄かったわよ? 森上君が死に戻りで闘技場に現れた瞬間に大歓声。彼を誉め讃える声で観客席が揺れたわ」
「そこにいる人達ってほとんど教育関係者のはずよね?」
「それは関係無いんじゃない? 男の人が多いし。なによりそれくらいインパクトがあったのよ、クラスチェンジの瞬間は。防具の破壊エフェクトが出ると同時にこう、ぷるんと……」
「ストップ! それ以上言わないで!」
頭を抱えたくなってくる。闘技場にいるのは何人だ? 現実世界で中継を見ているのは?
一体どれだけの人数に恥を晒したことになるんだろう。
「いやまったくたいしたものね。ちょっと揺らすだけで会場をあれだけ湧かすなんて。本当にもう……もげてしまえ」
「だからそれ怖いって!」
もちろん冗談に決まっているのだろうけど、たまに本気なんじゃないかと思える時がある。
「ねえ二人とも。時間制限のこと忘れてない」
「っと、そうだったわ」
委員長の冷静な突っ込みで我に返った。沙織との掛け合いで貴重な通信時間を使ってはいられない。まずは参加者リストを開いて生き残りの選手を確認する。
「黒間先輩の所は二人とも残ってるわね。沙織、黒間先輩の動向は?」
「んー……3-Aの二人は合流してからグラウンドに陣取って動いてないわね。完全に待ちの姿勢みたい」
待ちに徹するのは消極的に思えるけど、バトルロイヤルならそれも立派な作戦だ。3-Aのもう一人の代表は剣士タイプだし、防御魔術専門の黒間先輩との組み合わせでは攻撃力に不安もあるだろう。避けられる戦闘は避けて他の選手が潰し合うのを待つつもりか。
遮蔽物の無い広いグラウンドに陣取っているとなれば、魔術攻撃での不意打ちもできない。通常の魔術の射程ではどうしてもグラウンドに身を晒してからでないと届かないからだ。
他の残った選手についても現在位置と移動方向を聞いておく。
「そろそろ時間かな。それじゃ三条さん頑張ってね。ついでにエロメイドも」
「私はついでか……」
通信が切れると、委員長が首を傾げながら訊いてきた。
「ねえ、姫木さんにいったい何をしたの? 彼女もっとさっぱりした性格だと思うんだけど、やけに引っ張ってるじゃない。倫理コード違反で強制ログアウトって言ってたけど、天音さんが関係しているんでしょ?」
「それ、今話さなきゃ駄目?」
「駄目ってことはないけど、気になるのよね」
仕方ないので移動しながら手短に経緯を説明した。もちろん周囲の警戒は怠っていない。
「それでセクハラメイドか。まったく、姫木さんも良くサポートに付いてくれたわね」
一通り話したら委員長に呆れられてしまった。




