大きいということは
再開した荷解きは順調に進んだ。
当面の着替えや身の回りの品、明日から通うことになる学校のための準備。
まだビニールに包まれたままだった新しい制服を取り出してハンガーに掛ける。
私が転入するのは私立宇美月学園という、近隣数県で最大規模を誇る学園だ。
廃校になった大学の敷地を転用しており、一般的な高校とは敷地面積からして違う。
もちろん広いだけでなく学内の施設も充実している。
と、学校案内のパンフレットには書いてあった。
私が転入先として宇美月学園を選んだのにはいくつかの理由がある。
まず第一に下宿から近い。
電車で一駅の距離は、私なら自転車でも楽に通学できる。
第二に授業が選択制で、最低限の学科さえ履修すれば他は自由にできるという点。学園は職業訓練校的な側面も持っており、選択コースによってはかなり専門的な実習なども受けられる。
将来は両親のように剣術に関する仕事に就くつもりの私としては、学科は最低限でよいというのが魅力的だった。
敷地が広いからこそ、多彩な選択制授業を実施できるわけだ。
新しい学校へのもの思いは、控え目に襖をノックする音で破られた。
また師匠だろうかと思いつつ「はい、どうぞ」と答えると、開いた襖の向こうに美女がいた。
「初めまして。シシルから聞いていると思いますけど、ライア・ネズベットといいます」
「はい、聞いています。天音桜です」
もう一人の同居人の存在は予め知らされていた。
師匠は海外に知り合いが多く、日本滞在の折には自宅を逗留先として提供している。
現在はこのライア・ネズベットという女性が長期滞在中とのことなのだが。
反射的に挨拶を返した後、私はしばらく絶句してしまった。
初見での表現が「美女」だったことからもわかるとおり、ライアはとても美しい。
透けるような白い肌と輝くような金髪、あまり主張は激しくないが出るところは出て引っ込むところは引っ込んだメリハリのある体。同性であっても、羨むより先に見惚れてしまいそうだ。
が、それはとりあえずどうでも良かった。
問題なのは、彼女と視線を合わせるために、僅かながら私の目線が上向いているという事実。
咄嗟にライアの足元を確認してしまった。
もちろん日本家屋の中だから、彼女は靴など履いていない。
彼女が私より背が高いことが確定。
いやいや、分かっていますよ。
彼女の方が大きいからといって、女子の平均を大きく上回る私の背が縮むわけじゃないなんてことは、言われるまでも分かっているのですよ。
でも昔からちょっとだけ周囲よりも高い身長についてからかわれてきた私は、自分より背が高い女性がいてくれることに、言いようのない安心感を得てしまったのだ。
そんな私の態度は相当に挙動不審だったのだろう。
困ったように曖昧な笑みを浮かべていたライアもまた、私と合わせている視線の角度が浅いことから気付いたようだった。
「ああ、わかりました。あなたは自分の身長にコンプレックスを持っているのですね」
どストレートに突っ込まれた。
穏やかな声と柔らかな笑顔と丁寧な言葉遣いでありながら、その言葉は私の胸に突き刺さった。
自分のコンプレックスを他者から指摘されるのはダメージが大きい。
「あらあらごめんなさい。でもその様子ですと昔はデカ女とからかわれた経験が?」
それもまたダメージの大きい言葉だが、そんな単語がさらりと出てくるとなると。
私の「もしかして?」という問いかけの視線に、ライアは無言の頷きを返してきた。
私が日本人女子の平均を上回っているように、ライアも彼女が生まれた国の女子平均を上回っていたのだろう。国は違っても経験して来た過去に共通する部分は多いらしい。
「同志!」
衝動的に抱擁を交わしてしまった。
ライアも嫌がらずに付き合ったくれたので、ますます同志だった。
我に返って、慌てて身を離す。
「申し訳ありませんでした。初対面の方にとんだ失礼を」
私は深々と頭を下げる。
抑えきれない衝動に突き動かされたとはいえ、会ったばかりの相手にいきなり抱きついてしまうなんて。
冷静になってみれば顔から火が出るようだ。
「いいえ、構いません。これから一緒に住むのですから仲良くしたいと思っていました。二人の距離は一気に縮まりましたよ」
ん?
なんだか言い回しが妙な感じもする。
もっとも外国人がこれほど流暢に日本語を話しているのだから、多少の違和感に目くじらを立てるのは贅沢過ぎるだろうか。
「私の事はライアと呼んでください。さん、は付けずに呼び捨てで大丈夫です」
「わかりました。では私は桜で結構です。ところでライア……はどうしてそんなに丁寧な話し方を? もっと普通に話してくれていいですよ」
「最初に覚えた日本語がこうでしたので、私にとってはこれが普通の話し方です。もっと自然に話せるように、少し砕けた表現も勉強中なのですが」
ライアに日本語を教えた人グッジョブ。
ふざけた奴にとんでもない日本語を教えられなくて良かった。
きれいな外国人が間違いだらけの日本語を喋っているのを見ると正直引く。
「桜は剣術を習っているのですよね。であれば身長の事もそう気にする必要はないのではありませんか? 体が大きいということは、剣術においてはそれだけで有利に働くでしょう?」
意外な事にライアは剣術(もしくは武道系)に心得があるようだ。
ライアの言った通り、体の大きさというのは武道においては大きな武器となる。
体が大きければ筋肉量もスタミナも増すし、リーチも長くなる。
剣術使いとしては身長について文句を言うのは罰当たりなのはわかっているのだが。
「まあそれでも気にしてしまうのが女の子ということなのでしょうけれど」
自分では恥ずかしくて言えないセリフを、ライアが代弁してくれていた。
「大きいのがどうしたの?」
そこに師匠がやって来た。
大きなライアの隣に小柄な師匠が並ぶと、大人と子供とまではいかないが、かなりの身長差がある。師匠の顔がちょうどライアの胸の高さだ。
これまでの師匠の言動からすると、あの位置関係はヤバイような?
「桜が大きいのを気にしていたようなので、それは有利な点でしょうと」
ライアの説明に、師匠が私の方を見る。
視線の向く先を感じて、ああまたか、と思った。
「あたりまえじゃないの。大きいのは良い事よ。すごく揺れるし」
やっぱりだ。
サラシはできる限り家でも巻いているべきなのかと思った。
・
・
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「ふう……」
夕食やお風呂を済ませてベッドに腰をおろし、私は大きく息を吐いた。
新しい環境に多少の気疲れを感じているが、それは当初予想していたほどではない。
なにしろ剣術の師である両親のそのまた師匠の家、しかも外国人。
考えて見れば日本古流の剣術を日本人ではない師匠が教えているのも不思議だ。
それはそれとして。
思ったほどに緊張もせずにいられたのは、やはり師匠のおかげなのだろう。妙に胸に拘るのはどうかと思うけれど、あの言動のおかげで必要以上に構えることなく接することができたのも事実だ。
ライアも丁寧な物腰と温和な雰囲気で優しく接してくれるし、私より大きいし。
意外と早くこの家に馴染めそうだった。
さて寝る前にやることが一つ。
PCを立ちあげて、ヘッドギアから抜き取ったメモリーカードを読み込ませる。
画面上に『決闘者の闘技場』で使用しているアバター「sakura」の管理画面が表示された。
明日からサラシを巻くことにしたから、sakuraにもサラシを巻かないといけない。
「って、サラシのデータなんてあるのかしらね」
公式サイトの着衣データダウンロードページを検索してみるが、見当たらない。
無ければ自作するしかないが、あり物の加工ならともかくゼロから作るのは荷が重い。
これは駄目かと思いつつ、試しに防具データダウンロードページも覗いてみると、サラシがあった。
「サラシは防具扱いなのね。確かにあるとないとで大分変るらしいけど」
サラシを装備させるとsakuraの胸が平らになった。
「こ、これはかなり変わるわね」
試しにサラシを外して、表示されている立体モデルに飛び跳ねるサンプルアクションを取らせてみると。
揺れている。師匠の言ではないが、すごく揺れている。
これまで意識して見た事がなかったけれど、いつもこんなに揺らしていたのか。
例えば今日対戦したミハイルも、これを見ていた事になる。
サラシを装備してもう一度アクション。
うん、揺れない。
もうサラシはsakuraの標準装備にしようと決めた。
ついでに髪型も少し変更してみる。
高めの位置でポニーテールにすると、なんだか時代劇に出てくる若侍みたいになった。
意外と良い感じなので、そのまま保存する。
時計を見るといつも寝ている時間にはまだ少し余裕があった。
普段ならログインして一勝負と行くところだが、引っ越しその他で多少疲れてもいる。
今日はこのまま休むことにしよう。
明かりを消して、ベッドに潜り込んだ。
明日から、新しい学校での生活が始まる。
こういう文体で書くのが初めてなもので、読みにくい点などあったかと思いますがご容赦ください。
次から学校編が始まります。




