大透徹
予備観測実行中のアリアンから報告が上がり、芳蘭の誘爆式雷撃仙術の効果が明らかになった。多数の魔物を討ち倒したものの残念ながら石柱や魔族は無事であるようだ。柱が無事なのは、どうやら誘爆直前に全ての障壁が再展開されたかららしい。リアルタイムの観測ではないので推測含みになるが、内側の障壁を境にして魔物の被害状況が綺麗に分かれているそうなのでまず間違いない。魔族に関しては単純にレジストされたのだろう。範囲が広がれば威力も薄く引き伸ばされるのが道理なのでこれは仕方ない。
その後二度の応酬を経て、とうとう待ち望んでいた報せがやって来た。
あまり聞きたくなかったオマケ付きで。
『有力な攻撃ポイントを発見しました。なお魔族が突入を敢行する模様』
直後に『穴』が発光し始め、珠貴と森上君の顔色が変わっていた。
「私達が絶対に守るからあなた達はダイトウテツに集中しなさい」
「俺達もいる。心配するな」
「天音さん達に手は出させないよ」
メリナとイリスだけでなく後城先生と乾先輩も頼もしく請け合ってくれる。
珠貴と森上君は四号結界防衛戦の経験者であり”魔族殺し”でもある。しかしこれが魔族との初遭遇になる乾先輩のほうがかえって落ち着いている様子なのは、珠貴や森上君が臆病なのではなく、前衛と後衛の差が影響しているのだろう。CODやKODでの活躍を見ても判るように、珠貴も森上君も近接職相手に近い間合いでの戦闘もこなせるのだが、それはあくまでも人間相手の事だ。魔族ほどの強力な相手に同じ事ができるかとなれば正直キツイ。胆力の有無とは関係無く危機感を覚えるだろうし、その点近接職の乾先輩はまだ余裕があるという感じだ。餓狼を神装した狼顔なので表情が判り難いが、少なくとも乾先輩の声に恐れの色は窺えない。
『ターゲットを表示します』
アリアンの声と共に『穴』の表面に白い点が見えるようになった。ヘッドギアは正常に作動していてAR表示に問題は無い。
「……」
同じものを見ているだろう森上君は無言で『穴』を凝視している。ターゲットの未来位置を予測するために黒い霧の流れとの関連付けを行っているのだ。
「……っし! 読めたっす!」
「じゃあ、始めましょう!」
いよいよだ。
私の開始宣言に「了解」と簡潔に応じた珠貴は魔導端末に魔術陣を描かせ、竜胆のレバーを操作した。カートリッジから解放された魔力を直接魔術陣に送り込む高速チャージにより見る間に魔術陣に魔力が満たされていく。
「天音先輩、こっちも」
「うん」
カモンカモンウェルカムと言っている様に見える森上君の背中に胸を押し付けるようにして抱き着き、仙導力を流す前準備として気の循環を開始する。
「あんまりこっちに集中しないで欲しいのだけど……」
合体中だからこそ、森上君の全神経が私のおっぱいとの接触面に集中しているのが判る。”気が向く”というのだろうか。止水を発動していなくてもそういうのが感じられるのだ。むず痒いような感覚もあるし、なにより恥ずかしい。だから頼んでみたのに森上君から返ってきたのはただ一言――「無理っす」である。
まあおっぱい大好き森上君には無理なのだろうと半ば諦めの溜め息を心中で零しつつ、表面上は平静を装って大透徹の準備をこなしていく。仙技版の『炎の刃』で矢を覆い、火力を集中させて『火種』を生成。それを三本分。
「『火種』OK」
「チャージ完了」
私と珠貴の準備が終わったら森上君が弓を構え、その前方に魔術陣が配置される。森上君が矢を番えた瞬間、背中に集中していた気がすうっと引いていく。射撃体勢になると見事なまでに切り替わる。私のが男前モード、水無瀬君のが医師モードなら、森上君のこれは射手モードとでも言おうか。多分、今の森上君は私のおっぱいが背中に押し付けられていることなんて忘れているに違いない。それほどに、ただ一点、”射る”という行為に没入している。魔族が転移してきて、こちらの布陣を見るや即座に『穴』に飛び込んで魔界に帰っていくという珍事の発生にも微塵も揺らがない。
その間、私は循環させている気から森上君の状態を読み取っている。
いつ撃つのかは森上君に委ねられているのだが、ターゲットの動きが高速かつ不規則なので、例えば撃つ前に声で合図しようとすればタイミングがずれてしまって的中は難しくなる。
そして透徹の射程延長のために放たれた矢は直後に物凄い加速をする。高速剣術に鍛えられた私の目でさえ視認できないスピードは、悠長に構えていては透徹を撃つ前に『穴』に到達してしまう程だ。
そこで考えたのが止水を応用したこの方法。
攻撃実行の直前に発生する”意”を読み取って射撃タイミングを計るのだ。
――今だ! 透徹ッ!
合体しているので読み取りの精度は高い。
おかげで森上君の三連射に合わせて三回、しっかりと透徹が発動する感触を感じられた。
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魔界にとんぼ返りした魔族は偵察だったようで、次に魔族が転移してきたのは守備隊が布陣していない『穴』の裏側だった。特戦隊が急行するも、そこにいた魔族はライアのような重装鎧と大盾を装備した重戦士。防御に専念されれば特戦隊と謂えども短時間での討伐は難しい。そうして時間を稼いでいる間に後続の魔族が転移してくる。
師匠達エルダーチームは私達の守りを優先するため裏側に回る事ができずにいる。芳蘭が誘爆式雷撃仙術を繰り返し撃ち込んでいるが牽制にしかなっていないようだ。
私達が大透徹を撃ち、アリアンが結果を確認するという工程の繰り返しが四回を数え、
『一層目の障壁を突破しました。ダイトウテツを二層目用に切り替えて下さい』
相変わらず平坦で棒読みなアリアンの声が通信に流れると同時、そこら中から歓声が上がった。大半は直球な賞賛や喜びの声だが中には「マジだったのか!」なとどいうのも混じっていたりする。
と言うか、私自身内心で安堵している部分があるし、メリナも僅かながらそういうのが表情に現れている。私の透徹が世界を越えて作用するというところからして「まず間違いないだろう」と言われつつ具体的に確認する術が無かった。透徹の射程だって3Dモデルをもとにして計算したものでちゃんと合っているのかは定かでなかった。『次の世代へ作戦』を決行したは良いものの、全く見当外れで無為な行いである可能性は残っていたのである。
でも障壁の一層目を突破したことで大透徹の有効性は実証された。
あとはもう何の憂いも無くガンガンいくのみである。
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こちらの作戦に合わせて行動を起こした魔族も作戦内容までは知らなかった。知りようが無かったとも言う。”なにかヤバいような気がする”くらいの察知だろうと師匠やメリナが言っていた。それですら、世界を隔てて働くとなれば凄まじいものである。世界と障壁を越えて石柱を破壊できる攻撃手段があるなんて想定できる筈も無い。
故に、ここまでの魔族はじっくりと攻める体勢をとっていた。砲爆撃で露払いをした後に先鋒として送り込んだ重戦士は防御に専念して時間を稼ぎ、後続が転移して数が揃うのを待ってから本格的な攻勢に出る、といった具合だろう。
これが一層目の障壁突破を境にして変わった。
その後に転移して来た魔族から障壁突破の事実が伝わり、「こりゃマズい」となったのだろう。一転して積極的な攻勢に出て来た。またリザードマンを中心とした上位の魔物の投入も始まる。魔族は一度に一人しか転移できない。魔物なら複数を纏めて送り込めるから、それで飽和を狙っているのかも知れない。
『ようやく私達が動けるわね』
魔族が『穴』を迂回してきた事で師匠達も戦闘に加わった。
……いや、これは凄い。
第三次世界大戦の記録動画は幾つも見ているけれど、生で見るエルダーの全力戦闘は迫力がまるで違う。例えば音。ライアが魔族の重戦士と互いの大盾を激突させた際に鳴り響いた轟音はびりびりと待機を震わせる衝撃波すら伴っていた。
魔術の応酬も凄まじい。師匠は魔術で生み出した魔導端末を使って、珠貴が「ちゃんと呪文詠唱してるの!?」と思わず突っ込んでしまうような速さで攻撃魔術を繰り出し、それに劣らぬ手数で魔族から撃ち返される様々な魔術を障壁で防いだり別の魔術で相殺したり。
「ねえ、あの人、桜の剣術の師匠なのよね?」
「うん」
「あれで”どちらかと言えば後衛”?」
「うん」
「……自信無くすなあ……」
「私達エルダーと自身を比較するのは無益よ? 研鑽に費やした時間が全く違うのだから」
「それはそうなんですけれど」
通常、いわゆる魔術剣士は二兎を追うものは一兎をも得ずと言うか器用貧乏と言おうか……魔術では魔術使いに及ばず、剣においては剣士に及ばないのが普通だ。魔術と剣術の両方を学ぶなら、それぞれを専門にしている者の半分しか時間を使えないのだから、まあ当然そうなる。黒間先輩みたいなのは”一本伸ばしの強み”の極端過ぎる例だとしても、広く浅くよりも狭く深くの方が高みに上れるのが道理だ。この道理を覆せるのはチート染みた才能の持ち主だけだろう。……話を人間に限るなら。
エルダーだと話が違う。
いや……違わないのだろうけれど、人間の視点や基準からすればやっぱり違うとしか言いようが無い。例えエルダーだろうとも剣と魔術の両方を修めようとすればそれぞれの時間は半分になる。でもそもそも時間――生きられる年月が人間の何十倍も何百倍もあるとなれば……専門職だろうとも精々十数年の私や珠貴の遥か上、雲上人の域に到達してしまう。メリナの言う通り、比べて自信を喪失するなんて無益でしかない。
火種を作ったり魔力をチャージしたりというインターバルにそんな雑談を挟みつつ大透徹を撃っていたのだが、
「あれ?」
「え? あれって……」
これまで大透徹を撃った直後に流れていた結果報告が無く、私達が戸惑いの声を上げる眼前でアリアンの魔導端末から砲撃魔術が連射されていた。光線タイプの砲撃が次々に『穴』に吸い込まれていく。その全てがAR表示のターゲットに的中しているのは「さすがアリアン」と言うしかない。AR表示をしている本人だから外しようが無いのかも知れないが。
それよりも。
アリアンが攻撃したという事は?
『二層目の障壁を突破したため攻撃を実行しました。効果確認。目標の石碑を破壊しました』
「あ!? 『穴』が縮んでないっすか!?」
パッと見では判らない。じっと見ていれば判るくらいのした速さだけど、たしかに『穴』が縮んでいっている。再び湧き上がった歓声は戦闘中の魔族を瞬時立ち竦ませるほどの大音量だ。
「……作戦成功、だね」
「……うす」
「そうだね」
第二次世界大戦からこっち人類陣営にはどうする事もできずそこに在り続けた『穴』に現れた初めての変化は『次の世代へ』作戦の成功を意味している。だから私達が大透徹を撃つための時間を稼いでくれた特戦隊の皆さんが沸きに沸くのも判るのだが……当の私達と言えば、合体攻撃の行く末は一切見えないし、耳に聞こえてるのは平坦棒読みのアリアンの声だし……。
「なんだか、盛り上がりが足りないような……」
今一つ、達成感に浸れずにいた。
これ、作戦内容を知らずに記録映像を見せられたら、絶対師匠達の超絶バトルがメインイベントだと思われるに違いない。




