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作戦名は『次の世代へ』

今回少し長めです。

 一夜明けて『穴』への攻撃決行日となった。

 戦闘域には一昨日の”透徹が魔界に届くか?”を実験した時と同じく特戦隊クラスの守備隊員が万一の場合に備えて待機している。合体攻撃をする私達と師匠やメリナらのエルダー陣、協力者として見学許可を貰っている後城先生と乾先輩、そして作戦の中で重要な役割を担うアリアン・エムエルフが加わってフルメンバーとなる。

 後方、作戦エリアから外れたあたりにたむろしているのは非番の守備隊員だ。四号結界守備隊ルールでは非番時でもフル装備であれば戦闘域に立ち入っても良い事になっている。昔はそうしてスキル使用有りのスポーツなどに興じていたという話もある。


「五十年近くどうにもできなかった『穴』が塞がるとなればまさに世紀のイベントだ。生で見ときたいって奴がいるのも当然だろう」


 などと後城先生は言うけれど、私はちょっとこまる。

 作戦の概要は守備隊内には周知されていて、一昨年の防衛戦で”魔族殺し”になった三人が揃って行う合体攻撃という物珍しさもあり注目されるのは覚悟していた。しかしながら、本来なら珠貴や森上君にも分散するべき視線の多くが私に集中してしまっているのだ。私が合体攻撃のために胸甲とサラシを外しているのが影響しているのだろうと思う。守備隊員は男性の比率が高いから……まあ、そういうことだ。


 あまりの注目され具合に「い、乾先輩!」と助けを求めれば、先輩は「はいはい、招来『犬神・鋼鉄丸』『犬神・岩石丸』」と二体の犬神を産みだしてくれた。もふもふで緊張をほぐして癒されつつ、ついでに鋼鉄丸たちをブラインドにして胸元への視線も遮っておく。


「桜、大丈夫なの?」


 ミアが微妙な顔で犬神を見つつ、そう言ってくる。

 ……ミアは例によって目を閉じたままなので断言できないが、表情からして犬神を見ていると思う。ミアは乾先輩の名前”鼓音子”から猫繋がりで親近感を抱いていたらしく、ところが先輩の能力は犬神を主とした犬狼のもの。一昨日は先輩が犬神を出した際に「犬? 猫じゃないんだ……」と呆然とした呟きを漏らしていたものだ。裏切られた感があったらしい。


「私は透徹を撃つだけですから」

「そんなこと言ってタイミングが合わないなんて事にはならないでしょうね」

「桜ちゃんは本番に強いから心配いらないわよ」


 そう言ってきたのはメリナと師匠だ。

 メリナは布製の肩掛け鞄を珠貴に渡す。


「私とシシルの魔力を込めたカートリッジよ」

「こ、こんなに!?」


 鞄の中を覗いた珠貴が驚愕の声を上げ、どれどれと私も見てみるとスピードローダーにセットされた魔力カートリッジが四セットも入っていた。二十四個のカートリッジ――増幅魔術陣を十二回使える量だ。

 と、思ったら、


「魔力結晶を珠貴のカートリッジの倍量詰めてあるから、魔力供給は一回一つで済むからね」


 だそうで、つまり二十四回分だった。とんでもない魔力量に思えるが、どうやらメリナと師匠にとって魔力の量についてはまだまだ込める余裕があったらしい。魔力結晶を封じ込めるカートリッジ作成の方が追い付かなったためにこの数になった、と。特殊な加工を必要とするカートリッジを、専用の設備も無い中でミア一人が手作業で作ったのだから二十四個は凄い、さすがミアさん、とは珠貴の言。


「それからこれ、珠貴と天音の分もアリアンが作ったから渡しておくわ」


 メリナが出してきたのはAR用のヘッドセットだ。既に渡されていた森上君の物と同じく急造感ある代物だが、どういう訳か私のだけ少し形が違う。


「あ、桜のは鉢金を装備したままでも使えるようにしておいたよ」

「本当だ、ぴったりです」

「ボクが作った物はだいたい憶えてるからね」


 ARヘッドセットは鉢金の上から装着して全く違和感無くぴったりとマッチしている。胸甲を外しているだけでも防御力の低下が心細い今、鉢金はそのままで良いのは非常に助かるのだが、カートリッジ作りで大変な中わざわざ手間を掛けてくれたのだとすると申し訳なくもある。というのが顔に出たのだろう。ミアは「あ、違う違う」とひらひら手を振って否定した。


「形状データだけ渡して作るのはアリアンに丸投げだよ。ボクはそういう機械物を作れないからね」


 それでも、ミアが気を回してくれたのは変わらない。


「ミア、ありがとうございます」


 お礼を言ったら、ミアは照れたように「どうしたしまして」と返してくれた。


 *********************************


 さて、こうして集合を終えつつも雑談などして過ごしているのは、アリアン・エムエルフの準備待ちをしているからなのだが。


「あれで何を準備しているのかってーのは訊いても良いもんなんすかね」

「スキルのネタバレとかあるだろうから訊かない方が良いんじゃないかな。……仮に訊けたとしてもそれを理解できる気が全くしないのだけどね」

「そうっすね……」


 少し離れた場所にいるアリアン・エムエルフを眺めやりつつ森上君とそんな言葉を交わす。


 戦闘域に出るのはフル装備状態という守備隊ルールに従いエルダーの皆さんも各々の装備に身を固めている。師匠は軽戦士風の防具と刀を装備しているし――どこからどう見ても近接職なのに、これで集団戦なら魔術主体だという――、ライアは例の全身を覆う重装鎧と巨大な盾と剣、ミアは鍛冶屋の親方風皮革鎧と長方形の剣といった見覚えのある姿だ。

 ちなみに、世界最高峰の魔術使いであるメリナも手にしているのは魔術使いらしい杖ながら軽装の鎧を身に付けていて、武器だけ持ち替えればすぐにでも前衛が務まりそうな格好だ。――「それ違うから。メリナはあのまま近接戦もできるのよ」――珠貴がお腹の辺りを撫でながら言う。なにかあったのだろうか?

 他、芳蘭はカンフー映画で見るような拳法着と武宝具・雷光扇を、天使のイリスはなんだか神々しさを感じさせる純白の鎧と盾を装備している。武器は持たずに盾だけというのは一瞬「ん?」となるものの、『防御型天使』の異名を思い出せばそういうものなのかと思えてくる。

 それぞれタイプは違えども長い時を生きて来たエルダーに相応しい特徴を備えている……のだが、そんな中で異彩を放っているのがアリアン・エムエルフ。

 武器らしきものを持っていないのは、まあ良いとして。

 彼女が身に付けている防具、種別としては全身鎧になるのだろう。一部の隙も無く全身を覆っている――と言えばライアの重装鎧もそうなのだが、見た目の印象は全く異なる。ミアがライアのために制作した専用の重装鎧は重厚感の中にも女性的な優美さを兼ね備えた特別製だ。それでも一見して”鎧”である。

 アリアンのは……何と言ったら良いのか、あまり”鎧”という感じがしない。「鉄人? いや、ハードスーツの方が近いか?」と森上君が呟いたのの、前者は私も知っている。海外のコミックを原作にした古い映画で、どこかの大企業の社長だか会長だかが作ったパワードスーツが出てくる話だ。アリアンの鎧はそういうメカメカしい雰囲気を漂わせている。

 それだけならまだ「スキルだけじゃなくて装備品もSF染みた人だな」で済むのだが、それで済まないのがアリアンが握っているケーブルだ。結界街の方から延々伸ばしてこられている太い通信ケーブル。アリアンはARヘッドセットに視覚情報を送るために覚醒しながらも半ばCODにログインした状態になるとは聞いている。


「あなた達は動き回るから無線式にしたでしょ? その分をカバーするためにアリアンの方は有線にしたんですって。有線の方が通信速度が安定すると言っていたわ」


 いえ師匠、私も有線信者なのでそれには全面的に同意しますが……。

 ケーブルを辿っていけば四号結界サーバーに繋がっているのだろうけれど、サーバーに繋がるケーブルを端末を経由せず、かといってVR用やAR用のヘッドセットに繋ぐでもなく、直接手で握っているのはどういうことなのでしょうか? あれで通信なんて……。


『最適化終了。仮のターゲットを表示します。異常がないか、確認して下さい』


 アリアンの感情を感じさせない平坦な声が通信機から聞こえると同時に一瞬視界がぶれたような感じになり、


「仮ターゲット出ました」

「出たっす」


 珠貴と森上君の後に私も「異常無しです」と続ける。私の視界の中では『穴』の表面に仮想世界で見たのと同じ白いターゲットマークが映し出されていた。どうやらあれでもちゃんとサーバーと通信できていて”半ばログイン”というのもしているようだ。

 どんなスキルを使えば可能になるのか、まったくもって理解できない。


「アリアンのスキルが気になる?」

「気にはなりますが訊いても良いんですか? ネタバレになるんじゃ……」

「大丈夫。バラしたところで誰にも理解できないから。”広い意味での憑依能力”らしいのだけどね。私達がヘッドセットや端末を使って仮想世界に入る代わりに、その能力を使っていると言われたってなにがどうなってるか想像もできないでしょう? 私もできないし、誰にもできない。判るのはアリアン本人だけ」


 憑依能力?

 確かになにがどうなっているのか想像もできない。わかる? と問い掛けの視線を珠貴と森上君に送るも、二人とも首を横に振るばかり。ならばと乾先輩と後城先生を頼ればこちらも同様。付き合いの長い師匠達ですら理解できないのなら、もういつもどおり「そういうことができる人なんだ」にしておくしかない。


「ところであなた達、合体攻撃に名前は付けていないの?」


 話に区切りが付いたところでメリナがふと思いついたに言ってきた。


「名前ですか? 特に付けていませんが……必要ですか?」

「あった方が良いわね。記録に残さなくてはいけないし、成功すればニュースに流れたり色々なところで記事にもなる。いちいち”天音桜の気功スキルと三条珠貴の魔術スキルと森上真の弓術スキルによる合体攻撃”なんてやっていたら長すぎるでしょう? 一言で済む名前があった方がなにかと都合が良いのよ」

「名は体を表すとも言う。名が付いて初めて存在が明確になるのもある。スムーズに使えるようにするためにも名前はあった方が良いぞ」


 メリナと後城先生が挙げた”名前があった方が良い理由”はどちらももっともなものだった。比べてどちらがしっくりくるかと言えば後城先生の方だけど。

 私は技を使う時に技名を叫んだりはしないが、声に出していないだけで頭の中では「疾風!」とか「透徹!」とか気合を入れている。戦闘の組み立てをする時にも「地滑りから透徹に連携させて」みたいに考えている。名前が無かったらこうはいかない訳で、確かに合体攻撃にも何かしらそれを表す名前を付けた方が良さそうだ。

 そう思い「どうしようか」と珠貴と森上君に訊ねたところ、二人は顔を見合わせ、


「桜に任せる」

「天音先輩が付けて下さい」


 と口を揃えた。


「丸投げ!?」

「だってこれ、どう考えたって桜がメインじゃない」

「そうっす。自分や三条先輩のポジションは誰か他の人に代わっても大丈夫っすけど、魔界に届く透徹を撃てるのは天音先輩だけっす。誰にも代われない、天音先輩にしかできないことなんすよ」

「だから私に名前を付けろって言われても……森上君、私のネーミングセンス知ってるよね?」

「や、まあ知ってるっすけど……大丈夫っす! こういうのは若干ベタなほうが良いんすよ。変に格好良くしようとして滑るよりはベタな方が良いっす」

「それならまあ」


 さんざんベタだベタだと言われてきたが、それで良いなら気が楽だ。

 透徹が主軸になる合体攻撃。これまで透徹のバリエーションは後ろに『斬』『炎』『爆』と付けてきたからその流れで……駄目だ、何を付けるべきか浮かんでこない。魔界に届く点を強調して『跳』だと後城先生や乾先輩の透徹っぽくなってしまうし合体攻撃らしさがない。魔術陣で増幅する方を強調するなら……。


「じゃあ『大透徹』で。……森上君、言いたいことがあるならはっきり言って。珠貴も」

「……大丈夫っす」

「……私も異議なし」

「よろしい。あ、でも透徹の名前使ったら松前式の方で問題になりませんか?」

「うん? ああ、版権やら著作権やらある訳じゃなし、問題無かろう」

「むしろ喜ぶんじゃないかな。松前式の技が世界を救った! みたいに」

「それは有り得るな」


 松前式の方も暫定的ながらOK、と。


「『大透徹』に決まりました」

「ダイトウテツ、ね。魔術統合機構と結界守備隊へ通達。以後、これから行われる合体攻撃はダイトウテツと呼称します」


 メリナが通信機に向けてそう言い、師匠がどういう漢字で書くのかを補足していた。

 こうして私達の合体攻撃は『大透徹』という名に決まった。

 ……名前、か。

 そう言えば、今日の”『穴』を塞ぐための作戦”に名前はあるのだろうか。第三次世界大戦や四号結界防衛戦みたいに、節目になるような戦闘なり作戦には名前が付くものだが。


「作戦名? もちろんあるわよ」


 聞いてみたらちゃんとあるようだった。


「この作戦の名前は『************』」

「……???」


 ところがメリナが口にした作戦名がまったく聞き取れない。

 日本語でないのは判る。多分英語でもない。エルダーの人達は平然としているけれど、私達日本人勢はポカーンだ。あ、珠貴だけは判っているみたい。


「通信機の翻訳機能って固有名詞はそのまま通すからね。メリナが使ったのは呪文記述にも使われている古い言葉で、日本語にするなら……『次の世代へ』かな」

「次の世代へ?」

「『穴』が塞がったら、魔族の脅威が無くなった世界に生まれた人達を第五世代って呼ぶことになるだろうっていうのは前々から言われていたから」


 歴史以前の遠い昔から連綿とスキルを伝えて来た人々を第一世代と呼ぶ。

 第二次世界大戦以前、魔界やスキルなどとは無縁な平和な世界に生きた人々は第二世代。

 第二次世界大戦以後、スキルの存在が明らかとなった世界に生まれた第三世代。

 スキル使いを親に持ち、幼少からスキルに触れて育った第四世代。


 そして次の世代……第五世代。


「だから作戦名が『次の世代へ』なのか……」


 魔族の脅威から解放された平和な世界。

 そこに生まれる新しい世代。


 実現するか否かがこの作戦にかかっている。

 その事実にプレッシャーを感じつつ、しかしふつふつと湧き上がるなにかもまた感じられる。


「桜が男前モードになった」

「良い感じに気合が入ったみたいだな」

「それはもう」


 作戦名一つでこれだ。やはり名前を付けるのは大切。


『各種チェックを終了。これより予備観測を行います』


 丁度良いタイミングでアリアンからの全体通信が入り、直後にはアリアンの周囲に六つの魔導端末が出現した。


「速い!? 無詠唱!?」


 と驚愕の叫びをあげる珠貴はまだアリアンという人を判っていない。

 私なんかはもうなにがあっても「それがアリアン」で済ませようとさっき決めたから。


 それはともかく。

 今作戦では魔界側に存在する二枚の障壁を『大透徹』で破り、その後アリアンの魔術攻撃で石碑を破壊する。これらを迅速に行う為に石柱と石碑が一直線に並ぶポイントを探すのが予備観測だ。見つかるまで繰り返し観測用の魔導端末を送り込むことになる。

 その第一陣が『穴』へと向かい、しかし突入するより先に『穴』が発光を始めていた。


「転移予兆!?」


 転移機能が発動する時、『穴』は発光する。

 その発光が魔導端末突入以前に始まったという事は……来るのだ。

 魔界から、なにかが。

今回は+2600字くらいしています。

普段は4000字目安なので、もう少し足せば二話分となりますが、キリが良いのでここまでで一話としました。


長くなったのはアリアンの話に字数を費やしたせいです。

実はアリアン・エムエルフというキャラ、過去に書いていた練習作の主人公格でして、それだけ思い入れや設定があったりします。それが字数に現れてしまいました。

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