超難度の打開策
透徹を魔界に届かせる実験を終え、私は魔術統合機構四号結界出張所に連れて来られていた。同行しているのはメリナ・マークエインと珠貴、師匠だけ。他のエルダーや先生と先輩は特戦隊とともに『穴』の警戒にあたっている。
こちらの世界と魔界とでは時間の流れ方が違う。数十倍の差があれば”刺激された魔族が出てくるかもしれない”という最悪の事態が発生するとしても即座の事ではない。装備を整えて人数が揃うのを待ってとやって五分もかかればこっちでは二時間とか三時間にもなる。しばらくは警戒態勢のまま貼り付いている必要があった。
出張所の片隅にある応接セット。
テーブルを挟んでこちら側に私と師匠、あちら側に珠貴とメリナが座る。
柊さんが淹れてくれたお茶を飲んで一息。師匠がほう、と息を吐く。
「桜ちゃんの透徹が魔界に届いた。これで一歩前進ね」
「ええ。透徹という技の性質上五分五分だったけれど、上手くいってなによりだわ」
一安心、とばかりにほっこりしている師匠とメリナに私は「え?」となった。
「五分五分って、見積もりが随分と低いような? 昨日の言い方だと八二とか九一とか、それくらいなのかと」
「”多核結界を越えた透徹には世界を越える力もある”という部分についてはそのとおり。でも透徹本来の性質はあくまでも透過でしょう? 天音の透徹を『穴』に撃った場合にどちらが優先されるのかはやってみなければ判らない。まさに五分五分」
「どちらが優先されるか……ですか?」
「『穴』そのものを透過してしまうかもしれないじゃない」
「……あ」
これは盲点だった。
黒い霧の中に二メートルほど踏み込むと魔界への転移が行われる。『穴』の外見からその二メートルを差し引いた球体を指して”転移面”と呼ぶのだが、防具や障壁を透過する透徹には転移面をも透過してしまう可能性があったのだ。
いや……可能性と言うよりも……。
「言われてみると、どうして『穴』だけ透過しないのか……不思議ですね。どうしてなんでしょうか」
「それは判らない。第二次世界大戦から調べ続けて殆どなにも判らず、三次を終えて向こう側が見えるようになって、それでも『穴』の仕様には不明な部分が多過ぎる。加えて天音の透徹自体が本人にも”良く判らない”ときてはね。判らないものと判らないものがどう組み合わさってこういう結果になったかなんて、それこそ誰にも判らないわ」
「う……」
「メリナ、そこまで。桜ちゃんをイジメちゃ駄目よ」
「べ、別にイジメている訳では」
「師匠……」
「桜ちゃんは難しい事は考えなくて良いのよ。判らない事は判らない。それが良い結果を生むなら無理に理屈を付ける必要なんてないのだから」
「気功スキルはアバウト、ね」
メリナは「本当に気功スキルはなんでもありね」と疲れとも諦めとも取れる溜め息を吐いた。
いや、「なんでもあり」なんていうのは『神産み』みたいなスキルにこそ相応しい言葉であって気功スキルはそこまでじゃないと思う。
「桜……そんなことはない、と思ってるみたいだけど、私達から見れば相当なんでもありな感じなのよ? アバウトと言えばもっともらしいけれど、要は気の持ちようで大概の事はできちゃう訳だから。今日の実験だってそう。もしも透徹が世界を越えるかも知れないってメリナが言わなかったら……もしも透徹が『穴』を透過してしまう可能性を桜も考えていたら……逆の結果になっていたかも知れない」
「それってもしかして先入観がーってやつ?」
「そうよ。障壁と結界の違いを知らなかったから多核結界を破れたのかも知れない。世界を越えられるとメリナが言って、桜が”その気”になった時から透徹にその力が備わったのかも知れない。『穴』を透過しちゃう可能性に桜が思い至っていなかったから上手くいったのかも知れない。もちろん全部”かも知れない”だし、逆の条件でやり直すなんてできないから本当はどうだったかなんて確かめられないのだけどね」
呪文に記述した通りの現象しか引き起こせない魔術とは全然違う、と珠貴は言う。
「むう……」
「まあ、それはこの際どうでも良いわ。天音の透徹は『穴』を越えて魔界に届くと確定したのだから。取り敢えずアリアンには早急にこっちに来てもらうとして、到着までにどうやって天音の透徹で核式障壁を破るか、そこを詰めましょう」
どうやって?
核式障壁の破り方なんて一つしかない。障壁越しに核を――この場合は石柱だ――破壊すれば良い。既に魔界側の3Dモデルまで作成されている。石柱の配置は知れているのだから射程距離の調整さえ合えば今すぐにでもできるんじゃないだろうか。
「桜ちゃん、それがそうもいかないのよ。メリナが『穴』の仕様には不明な部分が多いって言ってたでしょ? それは少ないながら判っている事もあるという事ね。その判っている事からして、今日みたいな透徹の撃ち方だと向こう側の障壁を破るのはとっても難しいのよ。一枚目は奇跡的な偶然に恵まれれば破れるかも知れないけれど、二枚目を破るにはとんでもない幸運とまぐれも追加する必要があるかしら」
「え……!?」
私の心の声を正確に読み取ったらしき師匠の説明に絶句せざるを得ない。
どうしてまたそんな難易度に……ん? 難易度じゃない? 必要となるのが奇跡と偶然と幸運とまぐれとなると技術的な問題ではなくなってくる。これまでに判明している『穴』の仕様がそうさせているようだけど……。
「その仕様というのはいったいどういうものなんですか?」
「転移の仕方が厄介なのよね。ちょっと言葉では説明し難いから……メリナ、例のアレ、桜ちゃんに見せてあげてくれる?」
「アレ? ああ、アレね。柊」
「これをどうぞ」
名前を呼ばれただけで用件が判ったらしく、柊さんがタブレットPCをメリナに渡す。メリナは一頻り画面に指を滑らせてから「天音、これを見なさい」と私にパス。一人で見るの? と思えば「あなた以外はみんな知っているから」との事。魔術統合機構やエルダーの間では周知の事柄であるようだ。
さて、画面に映っているのは二つの球体だった。
黒い背景の中、地面を示す灰色の板の上に白のワイヤーフレームで描かれた球が二つ浮かんでいる。
「こちらと向こうの『穴』ですか?」
「その転移面ね。アリアンが3Dモデルを作る為に魔導端末を送り込んだ時の記録をもとにしているわ」
右側の球――『穴』の転移面が上からのアングルに変わり、周囲に六本の矢印が出現する。六色色違いに表示されている矢印は球の赤道に沿い、時計の文字盤に例えると十二時、二時、四時、六時、八時、十時というように等間隔の位置から突入する形だ。3Dモデル作成のために様々な角度から情報を得る必要があったからだろう。
矢印が伸びていき転移面に接触。
同時に左側の球――魔界側の転移面から矢印が出てきたのだが。
「えぇっ!? なんですかこれ!?」
思わずそんな声を上げてしまった。
最初に六時方向から突入した赤い矢印が魔界側では北極に近い位置から四時方向の上空に向けて出現した。それはまだ良い。しかし……二番目以降の矢印がてんでバラバラの位置から出現するとなると……。
世界を越えて存在する二つの球体だ。上下左右の対応が見た目通りでないのは有り得る話だが、その場合でも角度はどうあれ魔界側でも球面を二分する円周に沿って等間隔に出現する筈。
しかしそうはなっていない。
私の混乱を他所に画面は次へと進んでいる。
六本の矢印は、今度はサイコロの六の目のように3×2の配列で突入した。
そしてこれもまたバラバラの位置から飛び出してくる。
次は同じ個所に時間差で順番に。
これもバラバラ……。
「まさかこれ、どこに出るかはランダムなんですか?」
「その要素もあるけれど完全に、ではないわね」
続きを見なさい、とメリナ。
画面に目を戻すと再びサイコロの六の目の配列が試されている。
違うのは間髪入れずに次の一組が少しだけずれた位置に投入されている点だ。
それが何度か繰り返され、
「あ、同じ場所から出ました」
一組目と二組目の内、一本ずつが同じ座標から出現していた。
その後何度か失敗と成功を繰り返し、やがて三回連続、四回連続というように成功回数が伸びていく様子を映して動画は終わった。
「つまり、突入する座標と出現する座標の対応がバラバラで、その上で常に動き続けているという訳」
「なんという不親切な仕様。あ、だから魔物もバラバラに出てきてたんですね」
思い出すのは四号結界防衛戦だ。魔物は『穴』からバラバラと出てきてから改めて隊列を組んでいた。隊列を組む知能があるのなら、予め魔界側で組んでおいてそのまま行進して来れば良いだろうにと思ったものだが、転移の仕様がこれでは……と思いきや。
「あ、桜ちゃん、この仕様は多分こちらからあちらへの転移だけで、あちらからこちらへはもうちょっと使い易くなってるんじゃないかしら」
「そうなんですか?」
「上の方に出ちゃって落ちてくる魔物なんていなかったでしょ?」
「言われてみれば……」
確かに出現と同時に墜落するような間抜けな絵面は見た記憶が無い。
「アリアンが頑張って霧の流れとの関連を割り出してくれたから一旦マークすればある程度は追えるようになったのだけど……それを実際の『穴』に重ねると……」
メリナが手を伸ばしてきてタブレットを操作し、再生したその動画を見て、
「ち、小さい! 速い!」
再びなんだこれはとなってしまった。
「力任せに障壁を打ち破るなら簡単なのよ。ランダムだろうとなんだろうと撃ちまくればいずれ当たるんだから。でも透徹で柱を狙うならピンポイントの照準が必要になる。どのくらいの範囲から同一座標に転移できるのかは定かでは無くて、現状断言できるのは魔導端末と同じ大きさまでね。で、見た通り、かなりの速さで、しかも不規則に動く。天音はこれを狙えるかしら?」
「これは……言いたくありませんが……無理です」
魔導端末の大きさなんて『穴』に比べれば点みたいなものだ。
投擲針で透徹を撃つなら相当『穴』に近寄らなければならず、そんな距離からだと視界に収まるのは『穴』のほんの一部に過ぎない。増幅魔術陣を通過させなくてはならないから射角が更に限定される。対流する霧の流れは速く、唐突に渦巻いたり逆巻いたりもする。これを狙う? そりゃあ奇跡と偶然と幸運とまぐれを総動員しなきゃ無理だこんなの。
ああ、だから珠貴は実験の時に端末の配置に妙な顔をしていたのか……。
「と言うかこれ、仮に魔術に透徹の概念を組み込めたとしたらどう狙うつもりだったんですか?」
「アリアンに任せるわ。既に魔導端末で同じ事をやっていて、それが攻撃魔術に変わるだけだもの」
「ソウデシタ」
「アリアンは計算とか精密な作業が得意だから」と師匠は言うけれど、エルダーのアリアンさん……いったい何者なのか。
「桜ちゃん、さらにハードル上げるみたいで悪いのだけど、それを二回連続、できるだけ短時間で済まさないといけないのよ」
「一枚目を破った後時間をかけると向こうからの反撃があるからですね」
「ええ。一番良いのは障壁二枚分の柱と石碑が一直線に並ぶポイントを見つけて間を置かない三連打で決めてしまう事ね」
それはもうハードルが上がるなんてものじゃありません師匠。
透徹が魔界に届いて一歩前進、か。
なるほど進んだのは僅か一歩分に過ぎない。
そして二歩目を踏み出すのは極めて難しい。
正確無比に、そして素早く連続してピンポイントの投擲を成功させなければならないとは。珠貴との合体攻撃でいけると思ったのが甘すぎたか……。
……。
…………。
………………待てよ?
正確無比に、そして素早く連続してピンポイントの投擲……じゃなくて射撃ならできる人に心当たりがあるじゃない。
「ねえ珠貴、合体攻撃って三人でもイケるよね?」
「三人? 重ねる魔術がちゃんと噛み合うなら……あ、そういう事?」
「うん、そういう事」
自分でできない事はできる人に任せれば良い。
携帯端末を取り出して目的の番号をコール。
ワンコールで出た。速い。
っす! っす! と元気の良い後輩に私は言う。
「森上君! 私と珠貴と、三人で合体しよう!」
「三人で合体!? 3Pっすか!?」
そして即座に通話を切断した。




