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近接戦では剣士タイプの方が強いですよ?(仮)&(真)  作者: 墨人
第十六章 秋 ―『神産み』とKOD―
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若林舞弥 vs 霧嶋楓睦美2

 迫りくる『突撃』を前にして睦美さんがとった行動は……回避だった。

 素早く横っ飛びして『突撃』の進路から退避する。


「……誰でもそうしますよね」


 ぽそりと巴先輩が言うのには、灯を除いた近接職全員が思わず頷いていた。

 舞弥さんの『突撃』は速い。『浮遊』によって重装鎧の重さはそのままに本人にはその重量が余りかからないようになっているとか、鎧そのものに『推進』の呪紋が仕込まれているとか、そういう仕掛けがあってのことだけど直線でのトップスピードは速度特化の私をさえ上回るほどだ。

 とはいえ、いくら速いと言っても“人間一人まるごとの移動速度”としては速いのであって、“遠くから迫ってくる攻撃手段”として見た場合は特筆するほどの速度ではない。ぶっちゃけ、大抵の攻撃魔術の弾速は『突撃』よりも速いだろう。


「あれなら私だって受け止めずに回避するわ。……後ろに誰もいなければ、だけど」


 盾での防御に特化した沙織が回避を選択する辺りで『突撃』の長所と短所が良く判る。攻撃力はダントツ、しかしながら鍛えられた近接職の動体視力と反応速度なら重戦士であっても回避は難しくない。

 まあ、本来は密集した敵の大軍に突入したり、四号結界でやったように敵陣を貫き通すような技だ。個人に向けて使うのには向いていない。舞弥さんも攻撃手段としてより、睦美さんからの迎撃を防ぎつつ間合いを詰めるための移動手段として用いたのだろうと思う。


 回避した睦美さんの横を舞弥さんが走り抜ける。

 そうすると、当然睦美さんは舞弥さんの背後を取る形になる。自身の重量と速度が災いして舞弥さんは急に止まれないし方向転換もままならない。無防備な背中に向けて睦美さんが再びの炎蛇を放つ。

 舞弥さんピンチ?

 いや、舞弥さんは回避された後のことも考えていたようだ。

 傘を形成していた魔導端末が大剣もどきから分離して舞弥さんの前方を塞ぐ壁となり、重鎧腰の花弁状パーツの裏面に描かれた『推進』の呪紋を左右互い違いに発動させ、大回転斬りの要領で百八十度ターンを敢行。背中から『光盾』の壁に突っ込む。


「危なっ……くないのか。障壁じゃないんだった」


 悲鳴になりかけた声を沙織が飲み込む。

 あの速度で壁に突っ込めば激突死しかねないが、『光盾』は『障壁』と違って発生場所に固定されない。魔導端末四基では舞弥さんの突進を受け止めきれずに押し込まれており、この動きが丁度クッションのように作用していた。

 結果、行き過ぎた距離は最小限となり、手甲の『光盾』を拡大して炎蛇も無事に防いでいた。


『豪快に突っ込んできたと思ったら随分と小器用な事を』


 驚きと呆れと賞賛が混じったような睦美さんの声に、しかし舞弥さんは答えない。

 答えられないと言うべきか。

 ここで喋ったら、たぶん練気の調息ができなくなる。

 無言のまま睦美さんに詰め寄って行った。


『……ふん?』


 答えがないのに一瞬残念そうな顔をしたものに、睦美さんもすぐさま舞弥さんを迎え撃った。

 蛇神鞭が鋭い風切り音を発して舞弥さんに襲い掛かる。


 重戦士に対して鞭は相性の良い武器とは言えない。全身を守る頑強な装甲を砕く打撃力も斬り裂く切断力も鞭には望めないからだ。しかし蛇神鞭を操る睦美さんの左手には『破神』が宿っている。

 一撃。鞭を払った舞弥さんの大剣もどきから『光刃』が消失した。

 二撃。剥き出しの顔面狙いを防ぐのと引き換えに左手甲の『光盾』が失われる。


「バフを剥がそうっていうのか……キツイな、これ」

「舞弥さんも補助魔術ありきで重量装備使ってる。解除されたら重量ペナがヤバいわよ」


 竹上先輩と沙織の呟きが重なった。

 睦美さんの狙いはバフ――ステータスアップ効果を奪うことで間違いない。重戦士に対して相性の悪い鞭を使っているのはそういう事だ。そして、もしもステータスアップが失われてしまったら、舞弥さんは自分の装備品の重量に潰される。いくらなんでもあれだけの重装備を素の身体能力で支えられる訳が無い。普段の運搬ですら大剣と大盾に重量操作を使っている沙織の声には身につまされるような実感がこもっていた。


「見たところヒットの瞬間で『破神』の効果があるのは二次接触までみたいだから今のところはなんとかなっているけど……巻き付けられたらどうなるかな……」

「二次接触ってなに?」

「触れて効果を及ぼす系の魔術用語です。直接触っているのが一次接触物で、効果を及ぼした一次接触物で間接的に触れるのが二次接触で、以降三次四次と続きます。あれだと鞭が一次で、鞭で打ったところが二次ですね。剣で受ければ手甲が三次で服が四次、舞弥さん本人は五次です。鎧に当てたら一つずれますけど瞬時にそこまで効果を波及させるのは無理みたいですね」

「ふうん? 巻き付けて時間をかければできるって事ね?」

「恐らくは」


 沙織が言ったのは『重量操作』を使う際のルールで、私も以前に説明を受けたことがある。沙織は大盾でカチあげたり大剣で刺したりして相手にも効果を及ぼすが、間に挟まる接触物や接触時間によって効果の有無や効果量が変わるのだった。


 睦美さんは巻き付けを狙って蛇神鞭を振るう。振っている最中にも軌道を変えられるのが蛇神鞭だ。複雑な動きを見せる鞭を舞弥さんが防げているのは大剣もどきの形状に助けられている面もある。面積が大きいから多少ずれても打ち払えるのである。でも、それだけではなかった。


「あ、あれって……」

「おいおい」


「晶、あの動きは」


 私と竹上先輩はほぼ同時、少し遅れて巴先輩が気付いた。

 縦横に振るわれる蛇神鞭を防ぐべく、舞弥さんも大剣もどきを縦横に動かしている。

 その動きが。


「『流水』ですね」

「『流水』だな」

「武器の違いはありますが晶たちの動きに似ています」


 舞弥さんは以前から重装備に似合わない舞を舞うような優雅な立ち回りを見せていたけれど、その実よくよく見てみれば結構力任せな部分も多かった。特に重量武器の切り返しでは一応梃子の原理などを応用しつつも基本は腕力頼み。ここにも『白鳥は~』が当てはまる。

 ところが蛇神鞭を防いでいる大剣もどき捌きは力任せとは程遠く、不完全ながらも円を基調としており、ぎこちなくはあるものの以前より流麗な動きを示していた。そしてその動きは私や竹上先輩、竹上先輩と常に行動を共にしている巴先輩にとっては馴染み深い。『流水』だ。言うまでもなく天音流剣術の防御剣技である。


「まさかの同門、再び」

「やっぱりそういう事になるか」

「竹上先輩とは通信教育仲間になると思います。舞弥さんの家は私の実家とは遠いですから、道場には通えないでしょうし」

「……きみのところは本当に手広くやってるな」


 舞弥さんが気功スキルに興味を持ったのは私を見てのこと。なら最初に天音流を調べても不思議ではないし、そこで通信教育の制度を見つければ利用しようという気にもなるだろう。

 麦野さん、竹上先輩に続いて舞弥さんまで通信教育とは……。これでは手広くやっていると言われて当然だ。それが悪い事だとは思わないが。


「天音流なのに『止水』は使ってないね」

「始めて一年じゃ『止水』は無理ですよ」

「そりゃそうだよね」


『流水』は気功スキルが絡まない一般コースでも教えているような純粋な剣術動作だ。対して『止水』は同じ水系統の技であっても高度な気の操作を必要とする。一年の短期間で『流水』は使えても『止水』までは無理というものだ。


「『止水』無しでここまで的確に対処できることの方を驚くべきだと思う」

「……信じられますか? あれ、見てから反応してるんですよ」

「見てから? え? もしかして『視覚強化』? そういう術だっけ?」

「違います。本人は『相手の動きが良く見えるようになる』とか言ってましたけど、断じて違います。『視覚強化』はそういう術じゃありません」

「だよね。まあ良く見えるようになっても、その“見える”とこの“見える”は全然違うし。見えたとしてもそれに反応できるかは別問題だし。晶、こういうのなんて言ったっけ」

「見てから後出しできるなら『神速のインパルス』だけど……それが本当なら一年で気功とか砲撃魔術とかよりトンデモないな」


 ……竹上先輩が何かそれらしい事を言うとネタ臭を感じてしまうのは偏見だろうか。


「霧嶋もやってるのは似たようなことか。『知覚鋭敏』ってそういうことだよな」


 舞弥さんは防戦一方ではなく魔導端末を使った攻撃もしている。

 行き詰まるような近接戦の最中に呪文詠唱する暇もメモリーオーディオを操作する隙も無く、やっているのは魔導端末そのものを砲弾として飛ばすという、珠貴もやっていたあの手である。が、舞弥さんは珠貴の一歩先を行っている。

 舞弥さんが所有する六基の魔導端末の内、四基は『光盾』用の加工が施さ、残る二つはノーマルな円筒形。この円筒にぴったり嵌るアタッチメントで短剣の刃を装着して飛ばしていた。舞弥さんが魔導端末を扱うようになってからも日が浅く、まだ珠貴みたいな複雑な操作はできないようでまっすぐ飛ばすだけなのが勿体ない。

 睦美さんは飛来する刃を的確に避けてしまう。

 その睦美さんも攻撃予測スキルは使っていない。使っているのは『知覚鋭敏』だ。


「『知覚鋭敏』は全部の感覚が強化されるわね。これだと……魔導端末が産み出す風圧とか風を切る音とか、そういうのを感じ取ってるのかな」


 灯がすっかり魔術の解説役になっている。


 と、状況が動いた。

 ちょっとした膠着に陥りかけていたのを破ったのは舞弥さんだ。

 蛇神鞭を打ち払う動きに変化を付け、わざと蛇神鞭を大剣もどきに巻き付かせたのである。

 そして大剣もどきを睦美さんに向けてぶん投げ、後を追うように自分自身も走り出す。

 ……あの加速度、『神脚』だ。


 睦美さんは大剣もどきを避けつつ蛇神鞭を手放していた。

 大剣もどきと共に蛇神鞭がすっ飛んでいく。

 巻き付いた大剣もどきを投げられてしまったせいで鞭にテンションが掛からず解けなかったようだ。蛇神鞭の操作に長けた成美であれば鞭を使って投げ返すくらいはしそうなものだが、睦美さんはそこまでできないらしい。蛇神鞭は『破神』の影響で補助魔術も使えない人向けの補助具という側面もあるから、睦美さんはあまり力を入れていなかったのだろう。


 空いた左手をワキリと動かす睦美さん。

 武器を失った舞弥さんが間合いを詰めるなら、それは睦美さんにとって『破神』を使いやすくなるという事。左手で直接触れられるなら~次接触の条件が緩和されるのである。


 対して、舞弥さんは最後の間合いを詰めるに際して跳んでいた。突進の勢いをそのまま乗せた前方への跳躍には回転が伴う。まるでフィギュアスケートの回転ジャンプであるが、回転の勢いはそれ以上だ。なにしろ花弁状パーツに仕込まれた『推進』の呪紋まで使っている。

 遠心力で大きく広がったパーツにあたらないように睦美さんが飛び退る。スカートのように見えて、あれも金属の塊だ。回転の勢いで叩き付けられれば鈍器で殴られるのと変わらない。


 着地して回転の勢いが緩み、花弁状パーツが下がる。これを見計らって前に出る睦美さん。更に迎え撃つべく残った回転力を利して右のバックハンドブローを繰り出す舞弥さん。

 でもこれは舞弥さんの部が悪い。回転力プラス手甲の重さでブローはかなりの威力になるだろうが、睦美さんはそのリーチを見切ってやり過ごしてしまえば良い。片や舞弥さんは急には回転を止められない。『浮遊』で感じないとはいえ重装鎧は重さを保っているのだ。それだけの重量物に蓄えられた回転力は『推進』の呪紋を逆方向に向けても瞬時に打ち消すには至らない。


『パイル!』


 鋭い声と共にパイルバンカーから杭が発射される。


『っ!?』


 杭を発射してバックハンドブローのリーチが延長されたのが瞬時なら、睦美さんの反応も瞬時だった。仰け反って横殴りの杭を回避する動きからバク転に繋げた身軽さは忍者ならではか。

 ここでようやく回転の止まった舞弥さん、杭を戻しつつ逆の腕を睦美さんに向けた。


『パイル!』


 左腕から再度のパイルバンク。

 そしてこれまた再度のリーチ延長。

 杭が届く距離ではないが、そこは『光刃』を使いこなす舞弥さんだ。魔族戦でもやった『光刃』の伸長を用いたリーチ延長をここでもやった。加えるなら、『光刃』の伸長速度が杭の射出速度にプラスされてもう凄い事になっている。

 ……それにすら反応して『破神』の左手で『光刃』を受け止めた睦美さんはある意味化け物であるが――『パイル!』――悲しいかな、睦美さんの『破神』は左手にしか宿っていない。戻りきるや否や間髪入れずに再発射された右腕からのパイルバンカー(『光刃』付き)を防ぐ術は無かった。


『……成美なら、こうはならなかったでしょうね』


 胸から背中へと光の杭に貫かれた睦美さんは、そう言い残して光の粒子となって散った。


 *********************************


「結局、パイルバンカーを使うまでは練気を維持できた訳か」

「キーワード式でなければ最後までいけそうでしたね」

「危なっかしいなりにギリギリ踏み止まりそうだよなぁ」


 試合後、舞弥さんの練気について私と竹上先輩がそんな合意をしている隣で、


「やっぱりパイルバンカーは良いね! ロマンだね!」

「でも……ああいう使い方はどうなんでしょうか。パイルバンカーのロマンは密着状態からぶちかましてこそです。あれだと飛び道具と変わらないような……」


 乾先輩と沙織の間ではパイルバンカーのロマンについてちょっとした意見の食い違いが発生していた。

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