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近接戦では剣士タイプの方が強いですよ?(仮)&(真)  作者: 墨人
第十六章 秋 ―『神産み』とKOD―
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日曜の朝

今回投稿分は長すぎたので分割しています。こちらは1/2。

黒間加代子の話がここまで長くなるとは思いませんでした。

 明けて日曜日。

 乾先輩はあのまま灯の部屋に泊まり、今朝は私と一緒に鍛錬を行った。起き出してきた時には昨日のお酒が少し残っているのと、酔った末に寝入ってしまった件を恥じて浮かない顔をしていたが、早朝の爽やかな空気の中で思いきり体を動かしてさっぱりしたようだった。気功スキルの身体活性の効果ももちろんあったのだろう。


 そして昨夜は乾先輩を残して帰るのを申し訳なさそうにしていた竹上先輩達もお昼前には合流してきた。昨日に引き続き皆でKODをテレビ観戦するためだ。こういう集まりに古民家寮はうってつけだ。マンションタイプでは狭いし、シェアハウス形式だと他の住人に気兼ねする。家一軒を丸ごと使える利点がここにあった。

 それはそれとして。

 なんだか竹上先輩がツヤテカしているような気がするが……昨夜の「俺のためのおっぱい」発言からの熱い抱擁、あの続きを帰ってから致していたのだろうか。まさか「ゆうべはおたのしみでしたか?」などとは訊けない。


「竹上先輩、黒間先輩にはメールしておきました。今は折り返しの連絡待ちです」

「そうか、ありがとう姫木さん」


 沙織と竹上先輩の挨拶代わりの遣り取りに昨夜の経緯を知らない乾先輩が首を傾げていた。


「黒間……さん? って、誰?」

「天音さん達の専門校の先輩で、今はここの二年に在籍しているそうだ。それで……どうやら俺よりも強いらしい」


 竹上先輩が昨日のあらましを話し、「それでどうにか試合をできないかと思ってね、紹介してくれるように頼んでいたんだ」と結ぶと、乾先輩は「晶よりも強い? 同年代にそんな人がいるの?」と半信半疑な反応を示している。


「そりゃね、私だって晶が最強だなんて思ってはいないのよ。学生日本一っていうのも、学生の部に出れる資格も持ちながら社会人の部に出てる人もいる訳で、まあ暫定一位みたいなものだし。誰と何回やっても必ず勝てるなんてことはないでしょうね。勝負は時の運とも言うし。なのに天音さん達はほぼ確実に黒間さんが勝つと考えていたんでしょ? 『やってもいない勝負を勝手に負けたことにされるのは大嫌い』な天音さんまでが」


 ここで乾先輩、ちらりと私の顔を見て、「しかもそれを晶に指摘されて反省したはずなのに、内心では今でもそう思ってるみたい」と続けた。


「そんな圧倒的に強い人なんて本当に存在するの?」

「天音さん、きみは……」

「うう、すみません」

「まあね、俺と黒間さんと、両方を知っている君がそう考えるなら相応の根拠があるんだと思うよ。きみが嫌っているのは“実力を知りもしない奴に勝手に判断される”って事だろ? 双方の実力を正確に把握している人が好き嫌い抜きで理性的に分析して出した結論ならそこまで嫌わないんじゃないか? 俺だってそういう分析を受け入れるだけの度量はあるつもりだよ。ただなぁ……ちょっと調べてみた感じじゃそこまででもないんだよなぁ……」

「え? 調べたって、どうやってですか」

「ん? 普通にネットでだけど?」


 ネットで黒間先輩を調べた?

 竹上先輩や私なら判る。竹上先輩の所は去年から一躍有名になっているし、私の実家は道場の門下生を広く募集している。検索すれば簡単に……と竹上先輩の正体に気付けなかった私が言うのもなんだけど、それなりの情報は得られる。個人のではなく家や流派に関する情報が主であっても、そこから大まかな見当を付けるのは可能だろう。

 しかし黒間先輩にはそうした“家”や“流派”といった背景が無い。検索したところで何も引っかからないと思うのだけど……。


「ダメ元でやったら結界守備隊の方から出て来たよ。どうやら黒間さんは防衛戦の時の短期隊員のアルバイトをそのまま続けていて扱いとしては隊員に準じるものになっているようだ」


 へえ、黒間先輩って今はそんなことになっていたんだ。


「そういう立場だから一般公開されてる隊員名簿に名前があった。個人情報やスキルの詳細は無理でも学歴や経歴、公的な記録なんかは載ってるやつ」


 その経歴が問題だ、と竹上先輩。

 宇美月学園在籍中は三年時の学園祭で行われたCOD大会準優勝以外は特筆すべき点は無い。ここ最近は専門校の上位者がこぞって参加している海魔迎撃戦にも不参加。四号結界防衛戦では特戦隊に選抜されながら魔族討伐に貢献したとの記録も無く、ただ選抜されただけで終わっている。

 問題と言うよりも地味だな、と竹上先輩は言い直した。「これだけ見れば天音さんの方が強いと誰でも思うんじゃないか?」とも言う。単独討伐によって“魔族殺し”になった私は特戦隊に選抜された正規隊員に比肩できる。『風・壊』が使える短時間の、瞬間最大風速みたいな強さではあるけれど。

 そして竹上先輩は『風・壊』を使った私に勝っている。

 そもそも竹上先輩達が防衛戦に参加しなかったのは血統ユニークスキルを次代に繋げなければならない事情の為だった。一族の中でも優れた使い手で若手、未婚で後継もまだ設けていないのに防衛戦で死なれては堪らない、と。特に武神嫁持ちの竹上先輩は全力でバイト応募に反対されたそうだ。参加していれば特戦隊に選抜されたかもしれないし“魔族殺し”になれたかもしれない。私に勝った竹上先輩ならそう言っても非難する人はいまい。

 で、つまり何が言いたいかといえば、「本当に俺より圧倒的に強いのか?」となる。


「うーん、黒間先輩って知らない人から見るとそう見えちゃうんだ……」

「経歴とか、文字で表現すると確かに桜の方が強そうな感じよね」

「……黒間先輩に聞かれたら洒落にならないわ、それ」


 竹上先輩が語った説明に対して、黒間先輩を知る私達は微妙な反応しか返せない。

 私の方が黒間先輩より強いなんて冗談にしか聞こえない。


「ねえ、ちょっと、そんなに凄いの?」

「記録に表れない強さがあるということでしょうか?」

「乾先輩、巴先輩、これは例えばですが、今の私と、私が知る去年の……いえ、一昨年の黒間先輩で試合をしても勝つのは黒間先輩です。去年はもっと強くなっていてあれから一年、今の先輩とやるならなおさらですね。私が勝つ目はありません」

「天音さんがそこまで言うの?」

「言います。勝負は時の運ですか? 黒間先輩が試合開始直後にいきなり気を失うみたいな、そういうレベルの幸運じゃないと無理です」

「そりゃもう試合じゃないだろう……いったいどんな人なんだ?」

「黒間先輩は防御魔術が専門で」

「いや、ちょっと待った」


 問われるままに黒間先輩がどんな人なのかを話そうとしたところ、問いを発した竹上先輩自身が待ったをかけてきた。森上君の時には徹底して一切の情報を漏らさなかったから、いまの問いにしても思わず口から漏れただけで答えが得られるとは思っていなかったそうだ。

 彼を知り己を知らばというやつで、先輩は戦う前に相手のことを調べるところから試合は始まると考えている。それには私も同意するところであるが、“知っている人から聞く”のだって調べる方法の一つなのである。森上君の時に黙秘したのは、森上君と竹上先輩ならどちらも応援したい気持ちがあって片方に加担する気になれなかったからだ。黒間先輩と竹上先輩なら心情的には竹上先輩を応援する。あの黒間先輩に勝てるものなら勝ってみて欲しいという意味で。

 とは言え黒間先輩への義理もあるのでスキルのネタバレまではできない。本当に“どんな人”なのかという情報だけだ。

 伝えたのは『過去のトラウマが原因で攻撃魔術を一切使えない本当の意味での防御魔術専門であること』、『三年生の学園祭までは攻撃手段を持たずにいたため学校主体で行われるシングル戦は全て不戦敗なので記録に残る形での成績は低いこと』、『ただし非公式に行われていたパーティー戦では不敗神話を築いていたこと』など。


「防御魔術専門でパーティー戦不敗……常勝じゃないってところがミソなのか」

「負けないのと勝つのとでは同じようでいて違いますものね。勝てればそれで良し、劣勢になっても防御に専念して時間切れに持ち込んだのでしょう」


 竹上先輩と巴先輩、正解。


「三年の学園祭以降は攻撃魔術も使えるようになったのね。トラウマを克服したのかな」


 残念ながら乾先輩は不正解だ。


「あ、乾先輩違います。攻撃手段を得たのであって攻撃魔術を使えるようになった訳じゃありません。黒間先輩は今でも……いえ、今は判りませんけど、去年は防御魔術専門のままでした」

「防御魔術専門のままで攻撃手段? まさか体を鍛えて近接系スキルも取得した?」

「それも違いますが、これ以上はネタバレになるのでここまでにして下さい」


 これ以上は教えません。という固い意志を表情から読み取ったらしく、先輩達はそれ以上は食い下がらず引き下がってくれた。そして三人で顔を見合わせて、


「経歴がパッとしない理由は判ったけど……」

「どんな戦い方をするのかは全く判りませんね」

「とにかく硬い、っていうのは確定でしょ」


 話し合いを始めてしまった。

 ……巴先輩もちゃんと会話に参加している。

 以前であれば傍から無表情に眺めているだけだったから、成長に伴って積極性が増したのだろう。竹上先輩が婚約者ほったらかしで他の女性とばかり話しているような絵は見ていて余り宜しくなかったのでこれは良い傾向だと思う。


「ん? 黒間さんが攻撃手段を得たのは三年の学園祭からだよな? それで準優勝ってことは、黒間さんに勝った奴がいるって事だろ? 誰が優勝したんだ?」

「私です」

「……は?」

「いえ、サバイバルルールだったので。黒間先輩一人に私はクラスメートと組んで二人で挑んだんです。そのクラスメートがギリギリ相討ちに持ち込んでくれたお蔭で私が最後の一人に。二人が戦ってるあいだ私は倒れて動けなくなってました。ちなみにクラスメートというのは今日の試合に出る三条珠貴です」

「魔術統合機構の代表か。天音さんが絶対に勝てないという黒間さんと相討ちとなるとこっちも凄いんだろうな」


 むむっと唸る竹上先輩。

 俄然興味を惹かれたようである。

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