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近接戦では剣士タイプの方が強いですよ?(仮)&(真)  作者: 墨人
(仮)プロローグ 桜とsakura
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本日二度目

「それでさっそくなんだけど、庭に出てちょうだい」


 唐突にシシルが言った。

 なんとなく雰囲気が変わっている。


「あの、私荷物の片づけがあるんですけど」

「今日中に終わる量でもないし、とりあえず最低限の荷解きだけすればいいでしょう?」

「それはそうですけど、庭で何をするんです?」


 荷解きが今日中に終わるとは私も思っていなかったから別に不都合は無いけれど、シシルの意図が掴めない。


「もちろん、桜ちゃんの腕前を見せてもらうのよ。ご両親に桜ちゃんの事は任されているから、今後の参考に今の時点でどれくらいかを見ておきたいの」

「なるほど、そう言うことでしたら。では着替えて行きますので」


 なるほど剣術の師匠らしいことも言うと思い了解した私は、さて道着はどの段ボールに入っているかと思案した。


「あ、そのままで良いわよ。というか、そのままじゃなきゃ駄目」

「駄目と言いますと?」

「常在戦場よ。いざという時に着替えてくるから待ってくれなんて言えないでしょう? やるとなったらどんな状況でも即応できるようでないと駄目」


 おっと、これは真面目な話だ。

 いざという時というのが、いったいどんな状況を想定しているかは皆目分からないけれど、剣術を学ぶ身としては「なるほど、そのとおりです」と頷ける内容だった。


 だったのだが、続いたシシルの言葉が全てを台無しにした。


「だから就寝中でも! 食事中でも! そしてそう、お風呂に入っている時でも! 私がやると言ったらそのままの格好でやるのよ」

「……すみません、お風呂の時はやめてください」

「女同士なんだし、別に恥ずかしがることはないのに」


 いやいや、恥ずかしいですから。

 女同士どかどうでもよくて、全裸で剣の修行なんてもう罰ゲームとか、羞恥プレイとか、そういうレベルですから。


「どうしても嫌ならやめておくけど……」


 何故そこで残念そうな顔をするのだろうか。

 というか、拒否しなかったら本当にやるつもりだったのか?

 ますますシシルという女性の事が分からなくなってくる。


「まあいいわ、行きましょう」


 シシルに手を引かれて連れて行かれる私。

 小柄な割に、私を引く手の力は意外と強かった。


    ・

    ・

    ・


 で、結果どうなったかというと。

 コテンパンにやられました。


 腕前を見るというので、シシルと軽い模擬試合をしたのだが、もうまるで歯が立たない。

 コテンパンなどという言葉を使う日が来るとは思わなかったが、試合を終えた私はまさにそんな状態だった。


 シシルは十分に手加減していてくれた。

 それでさえ私の打ち込みは全てかわされ、受け流される。最初こそ寸止めしようという意識もあったが、途中からはもう本気で打ち込んでいた。

 それを楽々と防いで返される一撃を私は避けも受けもできない。

 試合は私の息が上がるまで続いたのに、シシルの呼吸は乱れず、汗の一つもかいていない。


 私の剣術の師は両親であり、シシルは両親の師匠だ。

 侮っていたつもりなど微塵もない。

 私に比べて小柄で華奢に見えても、セクハラまがいの言動が目につくとしても。

 断じて侮ったりはしていない、はずだ。


「良く鍛えてるわね。その歳でその腕前なら将来有望だわ」


 庭にへたり込んだ私に、縁側に腰かけたシシルが言う。


「……いえ、すいません。有望とか言われても信じられないです」


 この状況では慢心と言われても仕方ないが、こと剣術については多少の自信を持っていた。

 ひそかに両親よりももう強くなっているのではないかとすら思っていたのだが。

 どうやら思い違いだったらしい。


「もうご両親よりも強くなってるんじゃないかしらね」


 あら?

 内心での自省が間髪いれずにひっくり返された。


「実戦勘も養われてるみたい。あのゲームのおかげなのかしら」


 ゲームとは言え限りなく現実に近い戦いの経験は、確かに現実の私にもフィードバックされている。

 シシルには全然敵わなかったけれど。


「これから私が鍛えてあげる。桜ちゃんはもっと強くなれるわよ」

「……はい、よろしくお願いします」


 私は震える足を叱咤して立ちあがり、深々と頭を下げた。

 剣術においてシシルは偉大な先達だと身をもって知ったのだから、尽くすべき礼は尽くす。


「ところで桜ちゃん、誤解しないで聞いてほしいのだけど、試合中ちょっと気になったことがあって」

「はい、なんでしょう」

「胸が凄い揺れてたわよ」


 本日二度目。

 私は胸を守るように両手で抱いて、一歩後ずさっていた。


 さっそく指導してもらえるのかと傾聴する姿勢になっていたのに。

 また胸の話題ですよ、この人は。


「だから誤解しないでってば。もちろん見ていて楽しいのだけど、そういうことではなくてね。はっきり言って邪魔じゃない? サラシでも巻いて抑えたほうがいいと思うけど」


 これは真面目な話のはずだ。

 途中の一部分は聞こえなかったことにして、言われたことを考えてみる。


 邪魔とまでは思っていなかったが、多少気になっていたのは事実だ。

 それとも邪魔と感じるほどには動けていないという、分かり難い指摘なのだろうか。

 うん、剣術の師匠としてはまっとうな指摘だ。


「分かりました。シシルさんの……いえ、もう師匠と呼ばせてもらいます。師匠のおっしゃる通りにします」


 師匠と呼ばれたのが嬉しかったのか、シシルがにっこりとほほ笑んで頷いた。

 不覚にもかわいらしいと思ってしまった。


「でも家にいるときは巻かなくてもいいわよ。せっかく大きいのにもったいないから」


 もったいないって何が? 

 そして常在戦場はどうしたのだろう。


   ・

   ・

   ・


 部屋に戻って荷解きを再開して、私はさっきの模擬試合を思い出す。

 シシルは……いや、師匠はこちらの動きを全て読んでいるようだった。

 両親を間に挟んで、私は師匠の孫弟子にあたるのだし、同門の上位者として私の動きを読むのは容易かったのだろうか。


 今日まで持っていた自信は師匠によって打ち砕かれた。

 だが新たな自信、というか確信がある。


 師匠について修行を行えば、私は確実に今まで以上に強くなれる。

 現実でも、そして『決闘者の闘技場』でも。


 現実世界で剣術などの武道を身につけているというのは、仮想世界の戦いにおいて大きなアドバンテージとなる。

 数世代前のレバーとボタンで操作するゲームとは違って、仮想世界でのアバター操作は脳から出る運動信号による。つまり現実で上手に体を操れる方が、仮想世界でもアバターを上手に操れる事になる。

 これは一般的なVRMMORPGでも言われているが、これが『決闘者の闘技場』のリアルモードにおいてはさらに顕著になる。武道で鍛えていれば身体走査データから作られるアバターが高性能になるという単純な理由も加わり、現実世界で鍛えれば鍛えただけ、仮想世界でも強くなれるのだ。

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